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    ひぐち

    @ykir_hero

    @ykir_heroにあげたお話(画像)の保管庫兼ワンクッション用。
    同じ内容をpixivにも上げていますので、お好みで見ていただけたら。
    https://www.pixiv.net/users/660342/novels

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    ひぐち

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    12/18のスパークで新刊にお付けした、ペーパー内の新刊後日談です。
    テキストで読みたい方向け。

    ##キスフェイ

    「ゆるりとろとろ」後日談 扉が開く音と共に普段しない気配を感じ取り、ブラッドは部屋の入口へと視線を向け――そして瞠目した。
     自身が担当するサウスセクター研修チームのリビング。そこに置かれたソファから見える光景の中に、予想外の人物が佇んでいた。
    「げ。なんでいるの」
    「……担当セクターの部屋なのだから、いても不思議はないと思うが」
    「それはそうだけど……」
     不服そうに呟きながらも室内へと入ってくるフェイスは、どこか落ち着かなさそうに辺りを見渡している。この部屋にわざわざ来る目的を考え、ブラッドは手にしていた書類へと視線を戻した。
    「ウィルならアキラと出ている。オスカーなら部屋に――」
    「……ほんと、そういうとこだよね」
     呆れた声に続けて耳に入った溜め息に、再び顔を上げる。と、少し大人びた笑みを向けられ、ますます眉根を寄せる。それにさらに溜め息を重ねたフェイスが、その手に掲げた紙袋を差し出した。
    「……何だ?」
    「一応……社会人として、渡しておくだけだから」
     ブラッドが呆けたまま手を出さずにいると、唇を尖らせたフェイスが押しつけるように袋を前へと出す。その空気に圧されて手を伸ばし、彼の目的が自分にあったのだと気づく。
    「あ、あぁ」
     袋を受け取り、そこに書かれた店の名に、キースと共に休暇を与え、温泉宿とそこに向かうためのリニアの手配をしたことを思い出す。それはブラッドにとっては少し前の出来事であり、担当セクターが違うため数日程度の休暇ならば、不在に気づくことも無かった。
    「じゃあね。あ、俺が来たこと、ウィル達には言わなくていいからね」
     居心地悪そうな声が耳に残る中、「ゆっくり出来たのか」と尋ねようとした時には、その背中は入口の向こうへと消えてしまっていた。

    「ただいまーって、なんだよブラッド。良いことでもあったか?」
    「本当ですね。ブラッドさん、何だか嬉しそうです」
     フェイスの姿が見えなくなってから数分後。部屋に戻ってきたルーキー二人にそう尋ねられ、「おかえり」を返しながら瞬きを繰り返す。
    「……そう、か……?」
     自覚は無いものの心当たりはあるため、悟られないよう平常を装ったが、二人の目にどう映ったかはわからなかった。
    「ん? 何だぁ、その袋」
    「差し入れですか? あ、クリスマスプレゼントとか?」
     どこか嬉しそうなウィルの声に、そういえばそんな時期なのかとカレンダーを見やる。ちらりと袋の中を覗けば、デフォルメされた寿司の絵柄が描かれたタオル地が見えた。
    「……そうだな、そういうものかもしれん」
     真意は彼のみぞ知るが、手元に残された事実が、ブラッドには十分この季節の贈り物になり得た。

             * * *

    「おう、おかえり。ちゃんと渡せたか?」
     自身が担当するウエストセクター研修チームのリビングに入るなり聞こえた声に、フェイスは深い溜め息をこぼした。その子ども扱いするような声色が、気に入らない。
    「渡せたに決まってるでしょ。それすら出来ないとか思ってるワケ?」
     感情を隠すことなく棘を生やしてカウンターへ歩み寄れば、キッチンの中のキースが緩く肩を揺らした。ラム酒を小鍋へと傾ける口元から、歯が覗いている。
    「突っかかってくんなよ。あいつがいねぇ可能性だってあるだろ。つーか、いたのか?」
    「いたんだよね、これが。適当にウィルかオスカーに渡して帰ろうと思ってたのに」
     カウンターの席に座り、愚痴とも言える内容をこぼしていると、不意に甘い匂いが鼻に届いた。視線を向ければ、目の前にコトリとマグカップが置かれる。そして、その白く盛り上がったふわふわの生クリームの上に、仕上げとばかりに小瓶に入ったシナモンが振り掛けられる。
    「……エッグノック?」
    「そ。寒ィからな」
    「……ありがと」
     取っ手に指を掛け、もう片方の手を添えれば、底から伝う熱さが心地好い。もっとも、タワーの中もこの部屋も空調は整っており、室内で寒さを感じることはないのだが。
     こういう気遣いが嬉しくて、だから好きなのだと、背中を向けた恋人に対して悔しさすら抱く。
     それでも顔に近づけたそれから漂う香ばしさと甘さが心をほぐし、そっと縁に口づける。いっそう強まった甘い匂い以上の濃厚さが舌へと落ちてきて、口いっぱいに広がる。
    「……おいしい」
    「そいつは何より」
     振り向いたキースが、マグカップ片手に目を細め、キッチンからカウンターを回ってフェイスの隣の席へと歩み寄って来る。先程背を向けていた間に、自身の分のエッグノックを注いでいたようだ。
    「珍しいね」
    「余りだよ。けどまぁ、たまにはな」
     カウンターに置いたマグカップからコトリと、先程よりも軽い音が立つ。それは、幸せな冬の音だった。
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