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    412259iwato

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    第35回お題『羅刹』にて、霊感持ちぐだ子と神様(?)な蘆屋のお話です。ぐだ子は大学生くらいの想定、蘆屋の容姿は羅刹王スタイル。最初はぐだ子目線、◆以降は蘆屋目線で話が進みます。

    「はっ、は、………っあ、はぁっ!」

    荒く息を吐きながら、必死の思いで夜道を駆ける。走りっぱなしの足に感覚はなく、強張った指先は死体のようだ。
    それでも、足を止めるわけにはいかない。止めたら本当に死んでしまう。ちらりと後ろを振り返って白濁した化け物の目と目が合って、自分の愚行を後悔した。心が先に折れそうだ。

    初めて幽霊や化け物の姿が見えるようになったのは、七歳くらいのことだったと思う。七五三の帰り道、縁日のように賑わう雑踏の中で、昏い人影に透き通った人影、はたまた人の形をしていない何かの姿を見たのだ。お母さんあれは何?と聞いたら、知らない人を指さしちゃダメと怒られて、子どもながらに納得がいかなかったことを覚えている。あの時指した影は間違いなく人ではない何かだったから。
    それからというもの、ことあるごとに彼らは私に付き纏うようになった。最初の頃は訳も分からずただ怯えて周囲を困らせていたが、今ではすっかり慣れてしまって上手くいなせるようになっていた。……だから、忘れていたのだ。彼らの恐ろしさを、執念深さを。ただ目が合ったという理由だけでどこまでも追いかけて来るのだということを。

    「はっ、はっ、は、ぁ!っと!」

    足が縺れて転びそうになり、いよいよ限界が近いと悟る。もう少し、もう少しだからと心を叱咤して足を動かす。
    と、不意にあたりが暗くなった。等間隔に置かれていた電燈が消え、進む先は闇に包まれている。本来なら忌避すべき状況だが、ここに限ってはそうではない。内心でしめたと喜びつつ、角を曲がって石畳の上を駆けた。
    その後どれくらい走っただろうか。石畳を抜けて階段を上がり、鳥居を何本かくぐったあたりで、突然後ろからのプレッシャーがなくなった。振り返っても何もいない。静けさだけが広がっている。

    「……はぁ~~~~~、助かった…………」

    よろよろと前方にある拝殿へ近づき、ため息をついて腰を下ろす。走り通しで火照った体に当たる夜風が気持ちいい。顔を上げると注連縄と、その先についてる大鈴が目に入った。
    ここは初めて化け物を見た場所、即ち七五三の祝いをした神社である。七歳の年を迎えたあの日、ここの参道には溢れるほどに化け物達の姿があったが、彼らは決して本殿には近づかず、あてどなく辺りを彷徨っていた。異形異物の彼らであっても神という存在は恐ろしいらしい。
    それ以来、幼い頃は駆け込み寺よろしくここを訪れては、化け物を撒いたりお参りをしたり色々とお世話になっていた。まさか再び訪れる日が来るとは夢にも思っていなかったが。これまでのお礼も兼ねてお賽銭を多く入れて、参拝したところで、帰ろうと後ろを向いたその時であった。

    「…………………っ!!!」

    背筋が冷える。呼吸が止まる。言いようのない悪寒に、全身が総毛立つ。無意識に身を翻して本殿の中へと転がり込み、戸を閉めると呼吸を押し殺した。
    果たして、それは正解だった。
    障子戸の向こう、本殿の外に先ほどいなくなったはずの化け物がいる。本殿の周りをうろつく様は何かを探していることに他ならず、私を追ってここまで来たことは明白だった。

    「……っひ、」

    かりかりと爪を立てる音が聞こえる。
    なんで、どうして。恐怖心からその場にへたり込む。疑問が脳裡を巡れども、答えも打開する策も出ない。その内ひっかく音は、どんどんと叩きつける音へと変わっていった。この中へ入ってこようとしている。そして、それはきっと時間の問題だ。

    「どう、しよう……。誰か……」
    「はい」

    思わず零れた弱音に、返す声が一つ。幻聴では決してない。本殿の奥、ご神体が祀られている場所から声は聞こえてきていた。

    「誰、ですか……?」
    「……ンンンンン、誰と問われると困りますねェ。拙僧の真名を知るには些か早すぎるかと」

    男の声である。僧などと言う辺り、この神社の関係者かもしれない。震える手と足で這うように声の主の下へと進んでいったが、あるのは祭事の道具ばかりで人影は見当たらない。

    「あの、どこにいるんですか?」
    「目の前にいるではありませぬか。藤で編まれた匣の中。開けてさえいただければ、すぐにでもお逢いできまする」

    目の前には確かに藤細工の箱がある。だが、普通の人間はこんな時間に、こんな場所にはいない。
    ようやく声の主が、ヒトではないことに気づいた。

    「嫌っ……!やめて、助けて!」

    矢も楯もたまらず声を上げる。化け物が本殿に入っていて、しかも警戒せずに近づいてしまった。恐怖で、怒りで、後悔で頭の中がいっぱいになる。外にも内にも味方はいない。一巻の終わりだ。

    「ンンン、つれないことを仰られる。居場所を教えただけで怯えられてしまうとは、拙僧思いもしませなんだ。そも、勝手に上がり込んできたのは立香の方でございましょうや」
    「……え?」

    思いもかけない男の言葉に眉をひそめる。飄々とした態度に、ここが自分の家であるかのような口ぶり。これまで会ってきた化け物達は「嫌だ」「やめて」と拒否をすると激昂してきたが、この男はそんな素振りは見せず、悠々とした姿勢を崩さない。
    神社の本殿の中にいて、そこを自分の居場所と宣う存在なんて一つしか思い浮かばない。

    「もしかして、神様?」
    「そういうことになりましょう。これまで幾度も立香を救ったというのに、拙僧の立つ瀬がないですなァ」

    わざとらしい溜め息が聞こえて、顔が羞恥で真っ赤に染まった。命の恩人、それも神様に対してかなり無礼な態度をとってしまった。頭を下げて謝罪と、これまでの感謝を伝える。

    「失礼なことをしてしまって、すみませんでした。それと、今まで助けてくれて、ありがとうございます」
    「………えぇ、分かれば良いのです。それよりも、蓋の上に載っている物をどかしてはくれませぬか」

    男が歯切れの悪そうな様子で言葉を返す。不思議に思いながらも指示された場所を見ると、小さな箱のようなものが載っていた。中を開けると翡翠の勾玉が二つ入っている。
    勾玉を両方手に取って見るが、何も変わったところはない。少し重いが、蓋の重しになるほどではないだろう。本当にこれをどかすだけで良いのか確かめようとして、藤製の蓋がなくなっていることに気づいた。

    「あれ?」
    「ありがとうございます、立香」

    男の声が後ろからした。弾かれるようにして振り返ると、黒い和服をまとった男がいる。白黒の髪に常人とは思えぬ巨躯、時代を感じさせる服飾から、男がこの世の者ならざる存在だということが一目でわかった。
    作り物のように端正な顔がこちらを向き、黒曜の瞳と目が合う。

    「道満、蘆屋道満。これが此度の拙僧の名です。どうぞお見知りおきを」
    「道満さん?」
    「ンン、敬称はいりませぬ。長い付き合いになるのですから、気兼ねなく道満とお呼び下され」

    有無を言わさぬ口調に、こくりと頷く。道満はそれで気を良くしたのか、ニィと笑って見せた。

    「さて、話もまとまったところで外にいるアレを退治いたしましょう。朝になれば消える程度のものですが、こうも騒がれては耳障りなので」
    「そんなに簡単に倒せるんですか?」
    「ええ。儂の手にかかればあのような羅刹、一息に燃やし尽くせましょう。それと立香、敬語も不要ですよ。貴女と儂の仲ですからねェ」

    それだけ言うと道満は戸口の方へと歩み寄っていく。一メートルほど離れた所に立つと、印を結び何かを呟いた。
    音もなく戸が開くと同時に、化け物が入ってくる。私に狙いを定めるよりまず、道満を殺すことしたらしい。虚ろな目が道満を捉え、口が裂けるほどに大きく開かれる。
    だが、化け物が何かするよりも先に道満の指が動いていた。印を切ると、袖口から黒い符が飛び出していく。化け物の周りを取り囲み、対象を補足した。

    「急々如律令」

    言葉とともに火柱が立ち上がり、周囲を昼日中のように照らす。突然の光量に視界が真っ白に染まって、思わずきつく目を瞑った。
    ゆっくりと目を開くと、辺りは真っ赤に燃えていた。悲鳴を上げる暇もなく、化け物は消滅したようである。
    その中で一人、道満は暑がる素振りも見せず涼しげな顔で立っていた。その様があまりにも美しくて、恐ろしくて、近寄ることはおろか言葉をかけることすらも躊躇われる。
    道満が弧を描いた口を開く。赤い口腔の艶かしさに、知らず息が止まっていた。

    「加減を間違えました。急がねば倒壊しますな」
    「………………、は?」

    その、あまりにも場の雰囲気にそぐわない言葉の意味が分からなくて、間の抜けた声を上げてしまった。すると、その言葉を待っていたかのように、あちこちから火の手が上がり始める。

    「わ、ちょっと!?これってかなりまずいんじゃ……」
    「あぁ、それと。御身を守るためにも今後は立香の側に侍らせていただきたく。ちょうど社も焼失するところですし、結果オーライというやつですな!」
    「何言ってるの貴方は!!!!!?」

    哄笑と絶叫が、火のパチパチと爆ぜる音に混ざり合う。煙と熱が辺りを包み始めて、先ほどとは別の意味で命の危機が感じられる。
    早く逃げないといけないのに、足に力が入らない。悪戦苦闘する様子に道満も気づいたのか、こちらに近寄って来ると、そっと手を差しのべてきた。黒くて大きな手である。紅い指先が、まるで燃えているみたいだ。

    「……っ?」

    道満の手をとり立ち上がった時に、立ちくらみでも起こしたのだろうか。一瞬白昼夢が見えた気がした。夕焼け空を背にした黒い影が私に何か話している。二人で小指を絡め合わせる様はまるで──

    「立香?」
    「……、ごめん。ボーッとしてたみたい」

    熱と煙で、意識が朧になっていたのかもしれない。頭をふるふると動かすと、道満の手をしっかりと掴んだ。

    「これからよろしく、道満」
    「えぇ、末永くお願いいたします」

    燃え盛る社を背にして、夜闇の中を進んでいく。
    顔を出した月が参道を青白く照らしていた。





    繋がれた手の温かさに、愛おしさが溢れそうになる。思わず握り潰しそうになって、己をどうにか戒めた。
    10年ほど前のあの日、この少女と自分は約束をした。『貴方が一人にならないように、ずっと一緒にいる』という約束。もっとも、忘却の呪いをかけたから、少女は露ほども覚えていない。約束が守られさえすれば、覚えてなくても問題ない。
    何はともあれ約束通り、少女は幾度となくこの神社を訪れるようになった。羅刹を見させて少女が訪れるように促したから当然ではあるが。
    しかし、少女が化生共を避けるようになったのは想定外のことだった。愛でられ守られる存在と思っていたが、なかなかどうして侮りがたい。だから羅刹をけしかけて、ここへ来るよう仕向けた。

    「そういえば、道満。会った時に何か言ってたよね?真名がどうとか、此度の名とか」

    そういえば、そんな戯れ言も口にした気がする。
    立香の目を覗き込むと、琥珀の瞳が訝しげに揺れていた。……羅刹の王であると言ったら、どんな反応を見せるだろうか。神ではなく、封じられていた者だと。真実を教えたらどうするだろうか。

    「道満?」
    「ンン、失礼。神霊とは顕現した姿毎に呼び名が異なるのです。本地垂迹という思想に聞き覚えは?」

    ……まだ、全てを知るには早すぎる。教えるのは後からでも構わない。
    興味深そうな様子を見せる立香の頭を撫でると、顔を赤くしてむくれたようだった。子ども扱いされたと怒っているのかもしれない。
    昔から変わらない少女の隣を歩く。歩幅を狭くし、彼女に合わせる。
    日を思わせる少女の髪が月光を浴びて、キラキラと美しく輝いていた。
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