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    lxievprauJKslu5

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    lxievprauJKslu5

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    同棲今山/マイルドメンヘラ🦊によるパーフェクトメンヘラ教室

     現在の山本冬樹の生活は基本的に、暇とそれに伴うストレスとの戦いがおよそ八割を占めている。
     暇は良くない。暇があると考え事をしてしまう。考え事自体駄目だとは思っていないが、上手くいかない就職活動やら自分のかつての過ちにまつわることを考えていると思考は当然自分の存在意義に向かい、自分が生きる理由に向かい、そも生命が存在する意味に向かい、じゃあ自分死んでも別に良くないか、というゴールに帰結してしまうのだ。
     とはいえ山本は自分を諦めていない。社会に存在意義のない自分をプライドの高さが許さない。自分を取り巻く世界に負けたくない。そういう自己矛盾は基本的に大いなる苦しみしか齎してくれない。こうなってくると、酒やら薬やらに頼る人の気持ちがよく分かる。薬による酩酊は幸い未経験だとはいえ、酒に酔っ払って時間が早回しになる感覚は何となく経験したことのあるものだから。
     それでも山本がアル中にもヤク中にもならずに済んでいる大きな要因は、今井旬その人の存在である。彼は今の山本に必要なものすべてをくれる。丁度いい肯定と本物の愛という恐らくは人工物によるもの以上の快楽を与えてくれる。依存しすぎない程度に。
     故に彼のいない夜は相当しんどい。ただでさえ思考も沈む日没に今井がいないと、自分がどんどん所謂メンヘラに近い思考を生み出していくのをありありと感じる。けど我慢する。依存性のある薬の入手方法は検索しないしアルコールは350缶一本にしているし今井に病みLINEを送り付けたりもしない。それが山本を繋ぎ止める最後のライフラインであった。
     暇つぶしの目的で快活なお仕事ドラマを見ていると、相当序盤で己の身の取り返しつかなさに涙してしまった。俺のネガティブな琴線に触れない番組って何だよ。暗いと駄目だし明るすぎても駄目なんだよな。できるだけ現実離れしていて惰性で観れるやつがいい。DAZNさえあったらサッカー観れるはずなんだけど今井くんサブスクしてないもんな。そういう思考の番組選びは見事難航し、結局この日山本は夕飯を終えた後、きかんしゃトーマスをBGMに少し涙目で寝落ちした。


     ガチャ、という音で目が覚める。視界に入ってきたテレビ画面では自動再生を終えたアマゾンプライムが番組選択画面を映し出していた。ただいまですといういつも通りの声に大袈裟に安堵する自分を本当に情けなく思う。寝起きの掠れた声で労働後の今井を出迎えた。
    「……おかえり」
    「えっ山本さんトーマスとか見るんですか?」
    「見てはない。寝てた……」
    「それはそれは。おはようございます」
     彼はにこりと健全に笑って、少し山本の様子を伺ったと思うとばたばた急いで手を洗いに行き、次にこちらに駆け寄り隣にしゃがんで「ん!」と両腕を広げてくれた。その意図の解釈はきっと自意識過剰ではないだろう。
    「……うぅう」
     彼の腕の中にすっぽりと収まるように頭を押し付ける。今井の指先が髪の毛を潜るだけで涙が浮かぶほど安心して、そんな自分に死にたくなる。
     過剰摂取は良くないから、自分の中で数秒カウントしてから起き上がる。もういいんですか、と笑った今井が自分のリュックサックに手を突っ込んで、すぐさま何かに気づいたらしく「あ」と声を上げた。
    「そういえば、マドレーヌとフィナンシェだと山本さんどっちが好きですか」
    「何急に。まあどっちかというとフィナンシェかな」
    「はい」
     鞄から出てきた彼の手にあったのは、デパ地下等で見たことのあるロゴのついた小袋だ。差し出されるのはリクエスト通りのフィナンシェ。山本はぱちくりと目を瞬く。
    「これ、いいやつじゃん。どうしたの」
    「キャストさんが太客にもらったって配ってたので。色々愚痴聞いてたからか俺にだけ二周目来たので二個もらっちゃいました」
    「……ふぅん」
     今井にだけ、二周目。
     少し引っかかる気もしたがすぐに首を横に振った。変な意味ではないだろう、大人数へのお土産配りの時世話になった人間にだけ二周目、というのはどんな状況でも良くあることだ。
     一瞬浮かんだ悪い想像を脳内だけで笑い飛ばす試みを遮るように、今井が取り出したスマホが通知音を立てる。
    「あ、そのコからLINE」
    「…………」
     山本の含みのある沈黙に何か反応するでもなく、今井はスマホのロックを解除してぽちぽちと何かを打ち込んだ。その間に山本は立ち上がり台所に向かう。
    「今井くん、それ今食べちゃう? 俺はコーヒー淹れるけど」
    「あ、じゃあ俺も! いいですか?」
     と答えた彼の手元でまた音を立てるスマートフォン。山本の脳裏で今度こそ注意報が鳴り響いた。心中の波浪を見ないふりしながら極めて冷静に電子ケトルにスイッチを入れる。湯が沸々と煮えたぎっていく間も後ろの今井をチラチラ窺うのは忘れない。彼は特段精神コストを払う様子もなく軽々しく画面を開き、ぽちぽちとこれまた特に考え込むことなく返信しまた携帯をスリープさせた。画面はひっくり返さない。つまり、彼自身に隠し事はなさそうだ。
     いやあるわけないだろ何を心配してんだよ、とぐるぐる考えながら淹れたコーヒーを両手にテーブルの前に戻った。貰ったフィナンシェに変な付加価値が付く前に山本は袋を開封する。
    「こういう焼き菓子のさ。短辺の真ん中あたりにある開け口ってどんな開け方が正解なのか分かんなくない?」
     角っこを齧りながら言うと、今井がたしかに! と嬉しそうに笑う。
    「分かります、あいや、分かんないのが分かります。しかもこれ系の素材って基本厚めのビニールだから……あっすいません、またLINE」
    「……うん」
     注意報が警報に切り替わる。フィナンシェの齧り口があからさまに大きくなる。
     あくまで客観的に考えて、今井は何の理由もなく山本との会話を遮りここにいない人物とのコミュニケーションに精を出すような人間ではない。ということはそれなりの理由があるということで、その最たる可能性は「仕事関係」かつ「急を要すること」。彼の感じからして職場でトラブルがあったわけではなさそう、つまりその今井に気がありそうな嬢の方に「トラブル」がある、ということが推察される。
     今井がスマホに文字を打ち込む間焼き菓子を完食した山本は、組み立てた思考を繰り返しおかしな憶測ではないことを何度も確かめる。返信を終わった今井は今度は画面をオフにしない。
    「ごめんなさい、何の話でしたっ「今井くん。さっきからその通知音はずっと同一人物か」
     彼の言葉を遮ると、丸い瞳がぱちくりと瞬いた。
    「そうですけど……」
     それが何かとでも続けそうだった彼の口の端が、視界の中で徐々に弛んでいく。
    「……妬いてくれてます?」
    「おめでとう」
    「えっほんとに!?」
    「おめでたいねって意味」
    「わ〜い……」
     喜びとも悲しみとも取れない今井の手が緩んだ隙に、スマートフォンをさっと取り上げ立ち上がった。
    「あっ」
    「見せて」
     と言う前から目を通した画面には例の嬢と今井の会話が繰り広げられている。最後のやりとりは「次いつシフト?」「明後日!」で終わってはいるものの。指をスクロールさせていくごと、「わたしにいいところなんてなくない?ないわ笑」「指名どんどん取られる わたしに好きって言ってくれたお客さんも××ちゃんに流れちゃった わたしのことほんとに好きなお客さんなんていないよ、、、」「毎日しんどいだけだしもうお店辞めちゃおうかな」「おふろ屋さんの方が向いてたりしてね」みたいな感じのメッセージが出るわ出るわ。山本は思わず感嘆の息を漏らす。
    「うわー、お手本みてえなメンヘラ……」
    「ちょっと、山本さん!」
    「何」
     見下ろした今井は山本の行為を咎める感じではない。どころか少し興奮した様子で。
    「旦那の浮気暴く奥さんみたくなってます!」
    「…………」
     そうか。
     言いたいことは山のようにあったがその三文字で飲み込んだ。山本はLINEの画面に視線を戻し、中身も進展もないただ相手の好感度だけが上がっていくやりとりの様子を凝視する。こちらの心中をどう思ってか、今井が謎に言い訳じみた声を上げた。
    「いやメンヘラって言いますけど話すと普通ですよ? お客さんにすごく気遣いできるし嬢の中の関係もうまく取り持ってくれるし」
    「手首は?」
    「見たことない」
     じゃあメンヘラだ。まず普段普通なのに今井とのLINEとだけこうなるのなんてメンヘラに決まっている。
     溜息混じりに視線を戻した山本は、ツッコミどころ満載のLINEの中でも特に看過できない部分を見つけて、今井の前に見せつけた。
    「これさぁ。今井くんごはん誘われてんじゃん。まだ取り付いてないみたいだけど」
    「え、はい。一回クソ客から庇ったことあって、そのお礼がしたいんですって。俺基本山本さんが生活の中心なんで、構いたい日考えると全然日程合わなくて」
     それは初耳の武勇伝だ。山本は頭を押さえながら目を閉じた。
    「君さぁ、嬢に対してかっこ良すぎ。控えて」
    「えっマジですか?」
    「『かっこ良すぎ』より『控えて』の方を重視してほしかった」
    「あ、すいません」
     素直に謝るのにもモヤッとする。山本は自分の中の苛立ちが向かう先もよく分からずに、ただ思い浮かんだ文句をそのまま口から垂れ流す。
    「ていうか仕事後は空いてないとかじゃなくてきっぱり断ってよ俺がいるんだから……うわ今俺普通に彼氏面した! 死にてえ!」
    「俺こそクソ客エピソードより『山本さんが生活の中心』の方拾って欲しかったですよ!?」
     そうか。俺にとって都合良すぎてスルーしてた。
     とか言うと話が進まなくなるのでとりあえずさて置いた山本に、今井がまた言い訳がましく口を尖らせた。
    「だってせっかくお礼って言ってくれてるのに、罪悪感抱かせたままなのなんか悪いし」
    「ハ!? 本ッ気でお礼がメイン目的と思ってんの、んなわけねーだろ下心満々だよ!」
    「えー、けどそもそも恋愛禁止だしごはんってラーメンですよ」
    「どこまで時間取ってくれるか測られてんの! どうしても申し訳ないならコンビニで軽いもの奢ってもらうくらいでチャラにすればいいんだよ。この子だってそれ以上何かって言い出す不自然のリスクを取るほどじゃないはずだから」
    「なるほど……」
     今井は神妙に頷き、どうやら説教は終わりのつもりでいるが。山本は腰に手を当て重い息を吐いた。
    「まだあるよ」
    「まだあるんすか!」
     がっくりと肩を落としながらも声は元気な今井に、先ほどよりも強く携帯の画面を突きつける。
    「これは常識の話だけど、さっきのお風呂屋さんメッセ! 銭湯のつもりで返すんじゃない! 『そうかな、そっち最近ちょっと経営厳しいんじゃない? 俺はあんまり行かないけど』じゃないよ、あっちは今なおごく稀に今井くんがソープ行ってると思ったままみたいだし!」
     ここまで一息に言ってから、一瞬ハッとして。
    「……行ってないよね?」
    「行ってないです!」
    「そりゃよかった」
     山本は気を取り直し、髪の毛をぐしゃりとかき上げる。
    「なんでメンヘラとのLINEですれ違いコントしてるんだよ意味わかんねえ、もしかしてお風呂屋さんの意味知らなかったの夜職のくせに……」
    「知ってますけど! 本当に銭湯のつもりで言ってたら悪いじゃないですか!」
    「ねーから! このメッセは『××ちゃんがそっち行ったらやだな』待ちだから!」
    「え!」
     今井の口を覆った手がぎこちなく落ちる。
    「……今から訂正したらさすがにおかしいですよね?」
    「訂正しなくていい! 何故求められた反応を完璧に返そうとする!? 新たな寄生先を探してるだけだってばこいつは!」
    「き、寄生……」
     つぶやく今井を無視してさらに会話を遡る。恐らくきっかけとなったやりとりが出土して、思わず思い切り顔を顰めた。
    「うーーーっわ……」
    「まだ何か!」
     やけくそ気味の今井が叫ぶ。山本はできるだけ情感込め身振りも交えながら、問題メッセージをつらつらと読み上げた。
    「『今井くん、今日はほんとにありがと。また何かあったら頼っちゃうかもしれないけど、、、』『大丈夫! 俺も役に立てたら嬉しいし! 相談だけならいつでも乗ってあげられるから!』」
    「それの何が悪いんですか! これ以外どう返せばいいと!?」
     逆に笑顔の今井に、山本はこん、と液晶を第二関節で叩いて。
    「”あげる”が駄目」
    「えっ」
    「こういう手合いには一番駄目!」
    「そ、そうなんですか?」
     そんな細かいところ? と目を白黒させる今井に、山本は大仰にジェスチャーを交えて論じる。
    「”あげる”って言葉は今井くんにとってもその譲渡する行いがそれなりの負担であり、かつ少し得であるような言い方だろ。ってことは、わかる? 病んでる人からしたら、自分が、今井くんという健常者がそれなりの負担を感じてくれるだけ価値のある人間なんだっていう思考を持つんだよ。で、その思考を与えてくれる人にロックオンする」
    「は、はぁ……」
     色々通り越して感心した風の今井の手に、恐らくは全ての会話履歴を見終わったスマートフォンを戻す。最後に、私情をできるだけ排しながら統括としてのアドバイス。
    「今井くん、全体的に返信早すぎ。病みアピールされるかもだけど即レスしなくていいよ、急かされたぐらいのタイミングで返して。今ならまだ内容変えなくても徐々に返信間隔開けるだけであっちもフェードアウトする気だって勝手に気づくから。これ以上この感じで付き合ってると完全に依存できると思われるし、思われたらつけこまれるっていうかもう半分思われてるよ。依存されてから剥がすの大変だしそこまで責任持てるの? 持てないよね俺がいる限り」
     また彼氏面だよ死にてえ! と叫びたくなるのをぐっと堪えて。
    「まあ今井くんがその子に依存されたいなら別だけど。そうなっても俺助けてあげないから」
     そこまで言い切りそっぽを向くが、返事はなかなか返ってこない。ゆっくり視線を戻すと、今井はいやに呆けた顔で山本を見上げていた。
    「……なに」
    「いや。山本さん、メンヘラ詳しくないですか……?」
     こ、こいつ。ここまで付き合ってきて、かつ俺の開き直りを受けておいて分からんのか。
     その驚きと苛つきはそのまま自暴自棄と音量に反映される。
    「俺もメンヘラ片足突っ込んでんだよ君のせいで!」
    「えっそうなの!? てか俺のせいですか!?」
     山本は今井の隣、冷めたコーヒーのあるあたりの空間を見つめながら肩を怒らせ彼自身の罪深さを主張する。
    「君は深く考えて言葉選んでないだろうが! して”あげる”って言われると漏れなく嬉しいし肯定は蜜の味、君みたいな健常者が俺に恋してるのが心底気持ちよくて堪らない!」
    「ちょっとさっきからその健常者って」
    「ああ嫉妬してるよ妬いてます、ていうか怖いし不安になる、今井くんが世の中のメンヘラに引っ張りだこなとこ見ると……」
    「えぇ……」
     困惑の声が読み取り不明な笑いを孕む。それを敢えて無視して山本は拳を握り締め声を振り絞った。
    「ほんとは俺だって許されるなら今井くんにメンヘラみたいなLINE送りつけたいし……」
    「えっ」
     視界の端で固まった今井の、動きがたちまち弛緩する。その表情はなぜか見なくても分かった。
    「送られたいです……」
    「ッ……ああもう。またそういうこと言う……」
     山本はずいぶん久しぶりに腰を下ろした。今井と高さを合わせるけれど、彼の目を見る勇気はない。
    「一回でも許しちゃ駄目なんだよ。一度の許可をその後ずーーっと引き摺るから。緩くなることはあっても厳しくはできないし。今はさ、今井くん俺のこと好きだからいいけど。冷めたら絶対ウザくなるよ。ウザくなるし、俺はそう思われるのが多分耐えられない。ていうかこんな客観視してるっぽいコメント長々としてるのも自分を守るためなのが既に半分耐えられない……」
    「俺は冷めませんよ!」
    「絶対なんてないでしょ、この世って」
     身も蓋もないと分かっている反論に、今井が明らかに返答を窮する。困らせてるのがよくよく分かったから、何かを考える前に口が勝手に予防線を張った。
    「今こいつめんどくせーって思っただろ……」
    「今更ですよ」
    「…………」
     そうですか。
     今井の困ったような笑顔での返答は、「そんなことないですよ」よりは数段ありがたい。こっちが何も知らないまま好感度を下げられるのが一番最悪なのだ。と、いう思考の流れ自体もうメンヘラだ。
     自己嫌悪と不安と後悔とその他諸々ネガティブな感情に振り回されて、意味分からなくなっている自覚はある。山本は唸り声と共に今井の肩にぽすんと額を預けた。困惑の動きが触感で伝わるのを無視して、喉の奥から振り絞るように声を紡ぐ。
    「多分さ。その子には依存しようと思えばいくらでも残機あるけど。俺なんかのこと愛してくれる奇跡なんてこの世に多分今井くんだけなんだよ……」
     今井へのLINEを見ているだけで分かる。件の嬢は、愛される技術を持った子だ。多分山本と違って前科はないし夜職とはいえ働いてるしかつて愛して支えてくれた彼氏だっているだろう。その子にはそうやって生きていく技術がある。手首を切りながらもまだ尊厳を切り売りしていない彼女には。
     ──けど、俺には。
     罪は全国ネットでも、全ての秘密やコンプレックスを開示できる相手は限られていて、かつそれを否定しないでいてくれる人さえごく少数な俺には。
     どうにもならない女々しい感情。上手い発散方法など分かるはずもなく、今井の肩にぐりぐりと額を押し付ける。
    「今井くんは俺のなのに……」
     俺の今井くん取らないで、という子供じみた文句が、おそらく一回り以上は年下の女の子に向かう。唇の端を噛み締めて、込み上げてくる何かを必死に抑えつけた。
    「…………」
    「あれ。今井くん?」
     気分に任せて無茶苦茶なことを言っている自覚はあったし怒られると思っていたから、沈黙しか返ってこなくて不安になる。見上げると今井は呆けた顔で山本の方を見下ろしていた。
    「……今井、くん?」
     もう一度呼ぶと、たちまち両手を強く掴まれた。ソファに背中を押しつけられる。うそうそうそ、と混乱しながらもなすがままになっていると、体をぎゅっと抱きしめられた。
    「ちょっと、今井くん!? 何!?」
     心のゲージの中を困惑と多幸感が2:5くらいで埋め尽くす。今井の目をしかと見た時、残り3割、残った憂いが尻尾を巻いて逃げ出していった。
     平常より少し目つきの悪い据わった目。山本が勝てた例のない本気の目。
     こいつ、やる気だ。
     求められていると分かった瞬間、困惑2割も多幸感に取って代わられてしまった。なんて簡単で単純な思考回路。なんてチョロい俺。
     心中の自虐と共にいっそ涙すら浮かべる山本に、今井が平時よりも低い気のする声で言った。
    「すいません。なんかすっっっっっごいグッとキちゃって……」
     その頭の悪い言葉選びがいよいよ山本を甘やかす。それでも辛うじて残った一厘のプライドが、分かった上で憎まれ口を叩いた。
    「抱いて有耶無耶にする……解としては100点満点……」
    「失敬な。マジですよ」
    「分かってるよ……」
     山本は弱く言い訳する。その声に覇気がある自信など一切ない。今井の唇が首筋に触れ、だんだん唇に近づいてくる気配がした。
     こうなってはお終いだ。コーヒーが冷めてるとか今井くんまず上着くらい脱ぎなよとかメンヘラ嬢がどうとか何がしんどいとか何が鬱だとかどうでも良くなってしまった。
     今井のスマホが音を立てた。返信が行くのは多分明日だ。
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