可愛いって言う話「可愛いですね」
最初は隣にたまたま咲いていた花に言ったんだと思った。
「ふふ、可愛らしい」
今度は側を通りかかった若い女性のことを言ったんだと思った。あぁいう雰囲気の子が好みなのか……と薄ら考えていた。
「今日も可愛いですね、ブートヒルさん」
二人しかいないプライスレス号で真っ直ぐに見つめられて放たれたその言葉は、明確にブートヒルに向けられていた。
***
「本当に貴方は可愛いらし……むぐっ」
「〜〜っ!アンタそれやめろっつってんだろ!」
金属製の冷たい手のひらで口を塞ぐ。
その日ブートヒルは依頼もなかったため昼間から意味もなく街を散策していた。こんな日はいつもであればアルジェンティに連絡して予定が合えば出かけたり、プライスレス号にお邪魔させてもらったりしていた。
これでもお互いがお互いに友人以上の感情を持っていて、その想いは通じあっている。いわゆる恋人関係というやつだ。
だがブートヒルはここ最近アルジェンティから可愛いと言われるのを回避するために、プライスレス号に行くのを避けていた。
当たり前のことのようだが、ブートヒルは可愛いなどと言われて喜ぶような性格ではない。自身の容姿も、やっていることも、全くもって可愛いなどと形容されて良いものではないと認識しているからだ。
そんなブートヒルの気持ちに気づかないはずがないアルジェンティなのだが、付き合ってからは口を開けば可愛い可愛いと零し、ブートヒルとしても羞恥や苛立ちなどがごちゃ混ぜになっているという訳だ。
思い返してみれば、恋人として関係を持つ前からアルジェンティからは何度も可愛いと言われていたようだった。最初こそブートヒルは自身に向けて放っている言葉ではないと認識していたが、それらの言葉はどうやらずっとブートヒルに向けた言葉であったことに気がついたのは付き合い始めてからだった。
気づいてしまえば過剰に意識してしまって、可愛いなんて言葉をアルジェンティからかけられるたびに、どうしていいのか分からなくなってしまう。だから今、ブートヒルはどうにもアルジェンティと会う気にならなかった。否、会いたいという気持ちは確かにあったが、それ以上に戸惑いが大きかったのだ。
だが悲しいかな、二人はそういう運命にあるのかもしれないが、初めて出会った時のようにばったり遭遇してしまうのである。
「あのなぁ、第一オレは『カワイイ』なんて言われたってこれっぽっちも嬉しくねぇ」
ブートヒルはわざと嫌味っぽく、「可愛い」という部分を強調して言い放った。それを聞いたアルジェンティは驚いたような顔をしてから、口を押えていたブートヒルの手から逃れ、顔を下に向けてしまった。髪に隠れて表情が伺えない。返事がない様子を見ると、少しは反省したのだろうか。
少ししてアルジェンティがゆっくり顔を上げる。
「…………んふ、かわいい……」
いつもと凛とした表情はどこに置いてきてしまったのやら、アルジェンティはふにゃりと笑って独り言のようにまた可愛いと言った。
「あ……すみません、つい」
「アンタなぁ……!オレをからかってんのか?」
ブートヒルは眉間に皺を寄せて、アルジェンティの方へ一歩詰め寄る。あえてダンッと足を地面に叩きつけて、怒りの最中いることを見せつけた。もしアルジェンティが鎧を身にまとっていなかったら、間違いなく胸元に掴みかかっていただろう。
泣く子も黙る巡海レンジャーの怒りを隠さない態度に、街ゆく人々が足を止めて注目し始める。
カウボーイの服装をしたサイボーグと、全身鎧で固めた純美の騎士は歩いているだけでもかなり目立つ。それが街中で急に言い争い始めたら、ちょっとした騒ぎになりかねない。カンパニーから指名手配されているブートヒルとしてはここで目立つのは避けたいことであった。
「良ければ、久しぶりにプライスレス号にいらしてください」
「…………言っとくけど、オレは泊まってかねぇからな」