悪魔の童話A Certain Devil's Fairy Tale
あるところに、悪魔と人間の血が混じった少女がいました。その子は眠り姫の奇病を持っていましたが、臆することなく、自分が病気を治す薬をつくる!と自信満々に語っていました。少女は父に似て夢見がちで、前向きで人間らしくも悪魔らしくもありました。父から祖先の武勇伝を聞き、悪魔が大好きになった少女は、自分の出自に誇りを持ちます。そして、同時に悪魔らしくあろうと振る舞いました。
何年か経ったあと、飛び級で魔法の学校に入学した彼女は、薬の実験に打ち込みました。実験室に引きこもりがちで友だちのいなかった彼女は、もはや七不思議と化していました。たくさんの実験で傷が増えていた彼女は、ある時、自分で作った薬の副作用で子供の姿に戻ってしまいました。時間が経てばもとに戻るかと思ったのですが、まったく戻る気配がありません。仕方ないので、少女は諦めることにしました。服のサイズと棚の上に手が届かないことのほかには、困ることがなかったからです。母はそんな少女をとてもかわいがったそうです。
学校を出たあとは旅に出て、色んなひとに会いました。
恋する人魚に自分が作った薬を渡したり
イタズラ好きの幽霊と夜が明けるまで遊んだり
山奥に住む人嫌いの吸血鬼を訪ねに行ったり
長生きの魔女から古い魔法を教わったり
ひとりぼっちの狼男を人間と仲良くさせたり
本当にいろんなヒトと出会って、たくさんの別れを繰り返しました。
そのなかでも札書きの妖精は、少女の友だちでした。
花の彼女はピノキオの奇病を持っていました。徐々に人形になってしまうおそろしい病気です。少女は病気を治す薬を作る!と、花の彼女と約束しました。実験と研究。病状と焦り。消える記憶。モノになっていく身体。そして、やっとのことで薬ができた日。とうとう、彼女は綺麗な人形になってしまいました。もう笑うことも泣くこともなく、心は存在しないのでしょう。
少女は彼女を救えなかったのです。
これが、彼女の最初のきずです。抗えなかった、最初の死でした。
それからはだんだんとだんだんと、見た目と反比例するように彼女は大人になっていきます。多くのできごとを見て、多くのきずを負ったのです。
戦争も国が滅びる瞬間も、あらゆる生物の生と死も、魔法の失敗も実験も、残酷で悲惨な運命も。すべて、すべて見てきました。なかには関わって、それでもどうにもできなかったものもあったでしょう。取りこぼしたものもたくさんあったでしょう。それでも彼女は絶望しませんでした。失望しませんでした。なぜなら、彼女は悪魔であり、人間でもあったのです。人間も悪魔と同じくらい大好きでした。その不完全さも愚かさも含めて、寄り添って愛していました。どれだけ悪魔と名乗っても、人間である自分にも誇りを持っていたのです。
時が過ぎ、先生になった彼女には、身体の傷も心のきずも以前に比べてたくさん増えていました。悪魔らしくかわいい衣装を身にまとって、けれど、肌はほとんど見せません。痛々しいからでしょうか。恥ずかしいからでしょうか。いいえ、違います。
彼女にとってそれらは勲章。恥なんてとんでもありません。彼女に刻まれた全てが、彼女の努力の結晶で、生きた証。今、紛いなりにも眠気を噛み殺しながら生きていられるのは、その傷があるからなのです。誇りはしても、恥じることは決してないでしょう。
ならどうして隠してしまうのか。それは、彼女が悪魔だからです。悪魔とは、何者にも汚されないほど強く、見蕩れるほど高貴で、惑わされるほど美しいもの。これが、彼女にとっての悪魔でした。なので、全身の傷を見せびらかすことは、そんな絶大なるものの品を損なってしまうと思ったのです。
だからこそ、彼女は自分から肌を見せることはしません。もしも無理やり服をひっぺがされたとしても、動じることはないでしょう。
彼女は誇り高き悪魔。そして情に溢れる人間。花の彼女の人形はずっと部屋にありますし、得た知識も記憶も経験も、忘れたことはありません。他人から貰ったものは捨てられない質なのです。それは物も記憶も同じでした。
今でも、子供の感性と賢者の知識を持ちながら彼女は生きています。荷物がまた増えたとしても、きっとその小さな足取りは軽いのでしょう。
歳をとっても変わらない、幼い子供の姿のままで。