『あっっっつ!!』
そんな大声で目が覚めた。が、身体を持ち上げるのが億劫でぼぅっと天井を眺める。
…そういえば今日は家にもう一人居たんだったか、と。
足音が聞こえ、部屋の襖の前でピタリと止まる。かと思えばスパンッと勢いよく襖が開かれた。
おーおー、襖ちゃんが可哀想だ。
『おい!横溝、いい加減起きろって!』
「ん〜…おはよ、レンヤ」
『あぁ、おはよう。ほら、朝飯用意したから。起きろって!ほら!』
「んあ〜堪忍して〜」
ずんずんと部屋に入ってきた男、信濃蓮哉はオレが被っていた布団をひっぺがした。
…日差しをバックにしたレンヤも綺麗だな。
いや、これはただの現実逃避。苛立っている彼を横目に上半身を起こす。起きたくないな、そんな事を考えながらボサボサの髪を搔き撫でる。
『起きたら早く顔洗ってこいよ。布団片付けといてやるからさ。』
「ん〜、ありがと…」
なんとか布団から這い出てレンヤの横を通り、廊下へ出る。随分暖かくなってきた、庭の花も心做しか嬉しそうにしている。
歯を磨いて顔を洗い、髪を整える。
自室へと戻ると布団は綺麗に畳まれていた。有り難さを感じながら、寝巻きの着物から洋服へと着替える。
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居間へ行くといい匂いが鼻腔をくすぐる。
オレが来たことに気づいたレンヤが呆れ顔で話す。
『さっさと食べろ寝坊助。店あんだからさ、どうせお前片付けしないだろ?』
「ん、いただきます」
母親みたいだな、そんな事を思いながらスープに口をつける。あ〜うま…。
「そういやさっき叫んでたけど大丈夫か?」
『んぇ?あー…スープが跳ねたんだよ。どうせ起きてくるの遅いだろうし早めに注いどくかって思ってさ。』
「そしたら思ってた以上に熱くて声が出たのか、ドジだなぁ」
『猫舌のお前に配慮してわざわざ丁度いい温度にしてやってんだよ、もっと感謝しろや!』
「うんうん、ありがと〜♡」
クソ、と暴言を吐きながら片付けをするレンヤ。
照れてるなぁとニヤニヤしながらトーストを齧る。…あ〜、毎日朝飯作ってくれねぇかなぁ。そんな事を考えながら朝食を食べ終えた。
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大人しいBGMとサイフォンの音が心地よい。新聞を読み終えたオレは、注文されたものを準備しているレンヤを眺めながらポツリと呟く。
「な、最近物騒な事件多くないか?」
『ん〜まぁどんなに平和な所でも一定数猟奇的な事件はあるものだろ』
「……それもそうか。ん?どした??」
ふと何かに気を取られて顔を上げたレンヤ。目線の先にはテーブル席の2人組だ。
「…やっぱ無理ですよ、館長。探偵の方はみな頭を振るばかりで、やはり私たちで解決するしか」
「それは、そうだが…」
小声で話しているようだが、如何せん声が通りやすい質なのかカウンター席にいるオレにも内容が聞こえてくる。
彼らの注文した軽食を作り終えたレンヤがカウンターの外へ出ようとするのを制止し、席を立つ。
「オレが届けてくるよ」
『は?…お前、待て』
そんなレンヤの声を無視して皿を手に取り、2人のもとへ進んでいく。どうせオレが変にちょっかい出すと思っているんだろうな、ま、正解だけど。
「お待たせ致しました、オムライスと焼きカレーです。」
「あ、ありがとうございます…」
「どうも」
「……ところで、先程から何かお悩みのようでしたが、何かお困り事でも?」
料理が届いたことで緩んだ彼らの表情も、会話に茶々を入れられた不信感からか強ばっていた。わかるわかる。オレもオレみたいなヘラヘラした奴が会話に入ってきたらこんな顔するんだろな〜って思うもん。
訝しげな眼差しを向ける彼らに構わず、近くのイスを拝借して座る。
「探偵に断られた、と仰ってましたよね?いやぁ奇遇!オレも探偵の真似事のようなものをしてまして。あ、ペンあります?名刺とかないんで借りても?」
「は、え、あぁ…はい」
「いやぁどうもどうも。」
マシンガントークに気圧されおずおずとペンを差し出す中年のオッサン。受け取ったペンで紙ナプキンに名前と電話番号を書き込んだ。
「横溝、斎正…さん。探偵の真似事、とは?」
「奇怪な事件。科学じゃどうも解決できないモノってあるでしょう?まぁ信じる信じないはどうでもいいんです。そういった事件を専門に活動してる、そんな感じです。どうです?話すだけならタダですし、ね?」