或夢見鳥の、よるべない話 これは十年も前のこと。
攘夷四天王がうちの一人、白夜叉こと若き坂田銀時は、同じ年ほどの千吉という者と行動していた。
今日は鶏肉が手に入った。その報に、いくら食しても腹の満ちることのない若人共は浮足立った。人たらしの伝手らしいが詳しいことは知ったことではない。分け前をもらい、飯の準備にとりかかる。
戦場でゲリラなんぞやってるときに、肉が食えるのは幸運中の幸運だ。銀時と千吉、この二人もにわかに心をわきたたせる。煙や匂いを目立たなくさせるために、焼くより煮る方が良い。葉などで火元をこっそり隠し、肉たちを簡易の鍋に放り込んだ。味つけは手持ちの塩のみだ。
いい具合に煮炊ったころに、ぽつり、と千吉がつぶやいた。
「俺、小さい頃からヒヨコ飼っててさあ」
「え」
銀時は千吉を見た。どこかうるんだ目で、鍋を見ている。銀時の、箸が止まった。
「ヒヨコのちびすけでちびって呼んで、あ、今じゃ立派な雄鶏なんだけど」
んぐ。と銀時は喉から音をたてた。聞こえていないのか気にしていないのか、千吉はしみじみと続けた。
「おっとうとおっかあに任せてきたけど、ちび、元気かなぁ……」
「ねえホント止めてくんない? そういうのホント止めてくんない!?」
涙声で空を見上げるさまに、銀時が悲鳴をあげて思わず椀をおく。刹那、千吉の目が光った。銀時が気づけば、いい具合の肉は千吉の箸にあった。
「俺の肉ゥー!?」
「ははは、まだまだだなあ白夜叉さんよ!」
千吉がぱくりと目の前で肉を食らう。銀時は今にも襲いかかりそうな空気になる。千吉は気にせず、悠々とうめぇ、と漏らしてから、しっかと銀時の目を見た。
「俺たちは、食って、生きて帰らねばなんめえよ」
銀時は返事はしなかった。椀に肉を盛ると口にかきこみ、頬張った。ろくに噛まず、ごくんとひとのみにし、続けて箸を伸ばす。銀時と千吉の箸の間で、熾烈な争いがはじまり、鍋はあっというまに空になった。
坂田銀時は、自分から取り戻す戦いに飛び込んだ。そのうち、護るものが増えて、取りこぼすものが増えた。後悔する間もなく剣を振るった。がむしゃらに吠え、倒れ、立ち上がっては斬った。
白夜叉は、跡地で陣羽織を赤く染めていた。今回はひどい負け戦だった。刀を軸にかろうじて立ち上がると、後ろから声がする。
「はは……随分と……やられたなァ。白夜叉さんがよぉ……」
「せんき……」
振り向いた銀時の顔が凍りつく。赤い顔でにい、と笑った千吉がそのまま、どう、とうつぶせに倒れた。銀時は力をふりしぼり、近寄った。見下ろす身体に血に濡れていないところはなく、どこから傷で、どこまでが無事なのかも分からなかった。ただ、命の火は、確実に終わろうとしていた。銀時の目の先で、顔をわずかに上げた千吉のうつろな目が、一度ゆっくりまたたいた。
「……おっとう、おっかあ……」
ごめんなぁ。カクリ、と人形のように千吉はうなだれた。銀時は千吉の目蓋を閉じさせてから、刀を手に、よろめきながら歩きはじめる。
生きて、取り戻して、それから――それから、かえる。
闇の中を、血に染まった白い鬼が歩いてゆく。