人類を滅ぼす理由最古の記憶は大翼を持った仲間たちと共に空を駆ける記憶。
俺はかつて翼竜だった。
大きな身体を持ち、逃げ惑う獲物どもを蹂躙して食い荒らしていた日々……仲間たちと共に生きたあの時代は楽しかった。
やがて絶滅した俺たちは土に埋もれるが、俺のように長い年月を経て掘り出される奴もいた。
それでも現代より何千年も昔の話だが、俺の身体は頭骨のみが掘り起こされ、どうやら俺の遺骨は神と崇められて古代宗教のシンボルとして祀られていたらしい。
これが2つ目の記憶。
そして最新の記憶…現代では、俺は博物館の保管庫という場所で目覚めた。古代宗教の祭事道具として博物館に展示される予定だったようだ。
ただ残念なのは、2つ目の記憶から更に長い年月が経っているため、俺の身体は唯一残っていた頭骨の、更にその一部のみが残るだけとなっていた。
神として崇められた経験が、どうやら俺の意識が小さな骨となってまで残っている理由のようだ。加えて俺にはあの信者たちが信仰する神が持つ、煙の能力が宿っていた。
目覚めてしまった以上、ここにずっと留まるのはつまらない。煙に骨を乗せて運べば自由に移動することもできたので、俺はこの世界を見て回ることにした。
今の世界はどうも蛙が牛耳っているらしい。俺が生きていた時代には影も形も無かった生物だが、奴らが矮小でちっぽけな弱小動物であることは見てすぐに分かる。
大型竜であった俺は当然奴らを舐めた……が、蛙共の世界が素晴らしい事は認めざるを得ない。文明が極度に発達し、食料や天候など生きることに関して困ることが無い世界……文化的尺度では、俺が過ごした生涯よりもこいつらが過ごす今日1日の方が充実している。
ところで、人が集まっている場所を街と呼ぶらしい。街を散策していれば、ふと一対の番いに気がついた。
番い……カップルが手を繋いで仲睦まじそうに歩く姿。お互いを見つめる瞳は慈愛に満ちている。
なんだか羨ましいその姿を見て、俺はあの子のことを思い出す。
俺にも大事な大事な番いがいた。
病弱で、あまり狩りは得意ではないけど、俺のことをいつも思ってくれるかわいいかわいいあの子。俺が獲物を獲ってきて、あの子は家で俺を待っててくれて……
結局俺たちは子を残せなかったけど、俺はあの子と共に日々を過ごすだけで幸せだった。
あの子がいない世界なら、別に生きていても仕方がないな……と考え始めた頃、
俺は神なる力を得ていた事を思い出した。
そうだ、あの子を甦らせればいいんだ。
そこからの俺の決断は早かった。
死人の甦り、覚えは無いが確信はある。
心の臓だ。数多の心臓を食べ、神なる力を増す事が必要だ……
「人類」の事などどうでもいい。この星の生存競走の勝者が蛙共で、奴らが霊長として「人類」の称号を得ようとも、死んだ俺には関係ない。
が、人間があの子に害をなす存在であろう事は容認できない。奴らの歴史を読み解けば、弱いもの・自分たちとは種族が異なるものを迫害してきた歴史に他ならない。
あの子は病弱な個体で、翼竜の間でも除け者にされる存在だった。かつての世界では狩りができて一人前の存在と認められる。病気がちな者など過酷な生存競争の足枷でしかない。
もしあの子を甦らせ、今の人間の世界で生きる事にしたら、きっとまたあの子は虐められてしまう。またあの子が悲しんでしまう。
ならば俺たちの世界を作らなければ……。
「人間」は欲深い。己の益のためなら他者をも殺す。そんな世界に彼女を晒すわけにはいかない。しかし奴らの文明が優れている事は事実。
だったらお前たちの文明を丸ごと奪おう。幸いにも俺には神の力がある。人類がこれまで得た知識すべてを吸収して、その上でお前たち蛙共の一切を鏖殺する。
そしてお前たちが居なくなった後、この世の全てをあの子に捧げよう。
あの子はきっと喜んでくれる。
俺は人間の文明を盗むために、できるだけ奴らに近づくことにした。
俺の身体を覆う煙を蛙の姿形に変え、誰が見てもケロン人に見えるようにした。
言葉巧みに相手に取り入るのは得意だ。
奴らの文明の最先端を知るならば、研究職の人間に近づくのが良いだろうか。
まずは手始めに道行く誰かに話しかけることにした。
「こんにちは、俺ちゃんこの街初めてなんだけどさ…色々教えてくれない?」