もったいない話 叩かれた頬は熱かった。叩いた方の春菜ちゃん……母親の方がよほど、傷ついたような顔をしていた。
俺は「間違えたな」と、申し訳なくなった。
道徳の授業がズタボロだったことはない。それなりに先生が求めていそうな回答を、教科書の空欄に書いて赤丸をもらった。だから、人の心を全く推し測ることができない、というわけではなかった。
ただ、それは単純な疑問だった。
「俺がいない方が、楽っしょ」
人の眠るはずの夜に働いて、朝に帰り俺の飯を作って、洗濯をして寝る。シングルマザーの彼女の生活。ガキなりに少しは手伝っては来たけれど、毎月帳簿を付けて苦心するのを助けられることはない。
大黒柱がとうの昔になくなったこの家の日常。
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