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    saruzoou

    @saruzoou

    さるぞうと申します。
    🐉7春趙をゆるゆると。

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    saruzoou

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    「大掃除と正月」の続きのお話です。ほんのり春趙。

    正月の餅「…やばい、これずっと見ていられるわ」
    「ねえ〜。飽きないよねえ」
    「美しいですねえ…」
    低く唸るようなモーター音を立てて小刻みに震える、年季の入った小さな機械。それを紗栄子と趙、ハン・ジュンギの三人が取り囲んでじっと眺めている。
    三人から熱い視線を向けられているのは、先日の大掃除で春日が見つけた古い餅つき機だ。
    蒸された餅米が機械の中で捏ねられて、白く艶やかな餅になっていく様を三人は食い入るように見つめていた。
    正月の集まり兼、春日の誕生日パーティーという名目で、サバイバーの二階に仲間たちが顔をそろえていた。
    その台所の片隅で身を寄せ合う三人を、離れたところから他の仲間たちが微笑ましく見守っていた。
    「まあ、ハン・ジュンギが餅つき機を見たことねえのはわかるがよ、紗栄子も初めてってのは意外だったなあ」
    「さっちゃん若いからな。古い機械が珍しいんだろ」
    熱心に餅つき機を覗き込む紗栄子を見て足立が意外そうに呟くのに、春日は苦笑して答える。
    以前、紗栄子が話してくれた家族と過ごしていた頃を思えば、餅つき機を囲むような団欒などなかったのだろうと想像はつく。早くから家族のために働いていたという紗栄子は、カタギであってもごく一般的な『幸せな家族像』とは縁遠い人生を送ってきたのだろうとも思う。
    思わぬことではあったが、紗栄子がこれほど楽しんでくれていることを春日も嬉しく思っていた。
    「今はスーパーで気軽に切り餅が買えますから、餅つき機ってお家にあんまり無いんじゃないですかねえ。私のうちは祖母が好きなので、あれよりは新しい機械がありますけど」
    えりがのんびり言うと、足立やナンバも納得したようだった。
    「そうかもなあ…確かに俺も、ばあちゃんちで見たような気がするわ…。ところで一番、お前だって餅つき機見るの初めてだろ?見なくていいのかよ」
    「え?いや、俺は、いいんだよ…。出来上がった餅が食えれば…」
    歯切れ悪く答えた春日を、ナンバは訝しげに見つめるが、すぐに興味をなくして小さなテーブルに所狭しと並べられたご馳走に箸を伸ばした。
    春日は気づかれないようにほっと息を吐き、数日前のことを思い出す。
    大掃除の最後に餅つき機を見つけたものの、下準備に時間が必要で、すぐには餅を作れないことがわかったあの日。
    趙が昼食に焼きそばを作ってくれて、それを仲間たちと食べた後に春日は一人、バーカウンターの中で皿を洗っていた。
    二階から趙が降りてきて、わざとらしく辺りを伺うようにしてから隣に並んだ。
    「ねえ、春日くん。さっきの餅米ってある?」
    「ん?おう、そこにあるぜ」
    手が泡だらけだったので、カウンターの端を顎で示すと、趙はちらっとそちらに目をやった。
    「あのさあ、さっきの機械、本当にちゃんと動くかわかんないじゃない?当日になって、途中で止まっちゃいました〜なんてことになったら、みんなガッカリすると思うんだよね」
    「まあそうだなあ…。どう見ても古い機械だからな」
    洗い物を続けながら春日が同意すると、趙は悪戯を思いついた子供のように目を光らせた。
    「でしょ?だからさぁ、試運転してみた方がいいんじゃないかなって思って」
    「試運転?」
    「そう。これから餅米を水に浸したら夜にはいい状態になるでしょ?だからさ、皆には内緒で、夜中に動かしてみるってのはどう?」
    またしても飛び出した『皆に内緒』という言葉に、春日の手が止まる。
    「な…内緒って言ってもよ…。ここで動かしたらバレるに決まってるじゃねえか」
    動揺を隠しきれずに春日が告げると、趙は下から覗き込むようにして顔を近づける。
    「そう、ここじゃバレちゃうから、祐天飯店に持って行って作るっての、どう?」
    「祐天飯店?」
    「そう。あそこなら鍵持ってるからさあ、夜中に忍び込んで作ってみるのにちょうどいいと思うんだよね」
    「…夜中に、餅米と、餅つき機抱えて」
    「そう」
    「こっそり忍び込むと」
    「そうそう」
    趙の唇が、楽しそうにどんどんと弧を描いていく。
    「めちゃくちゃ面白いだろ、それ」
    「でしょ〜?春日くんならそう言ってくれると思ったんだよぉ。ねえ、やってみない?」
    「いいぜ。よしじゃあ、早く洗い物済ませて、餅米を水に漬けちまおう!」
    「こっそりね。見つからないようにね」
    なんだか子供のように目をキラキラとさせて、趙が楽しそうだったのを思い出す。
    その夜、ぐっすり眠る足立とナンバを起こさないようにそうっと餅つき機と水を吸って重たくなった米を抱えて、趙と二人、サバイバーを出た。
    気づかれずに外に出られたことが嬉しくて、二人で笑いながら祐天飯店に向かった。
    結果、餅つき機は問題なく動き、春日と趙は『試食』の名目で、つきたての餅を深夜に食べるという背徳感いっぱいの秘密を共有したのだ。
    蒸された餅米が機械の中で動いて、徐々に粒感のないつるりとした餅に仕上がっていく様を、趙と二人で飽きもせずにずっと眺めた。
    出来上がった餅を熱い熱いと騒ぎながら臼から出して、食べやすい大きさに丸めながら、職人になった気分だと笑い合った。
    店にあった食材や調味料も勝手に使って、色んな味付けを試してはどれが美味しいか言い合ったり、意外性を狙った味付けがどうしようもなく不味くて互いのリアクションを笑ったり。
    足立とナンバが目を覚ます前に、大慌てで餅つき機を抱えて戻って、二人を起こすことなく部屋に帰って来られたことに小さくガッツポーズを取って、そのまま眠りに落ちたこと。
    「…楽しかったなあ…」
    秘密の夜の出来事を思い出して春日が呟くと、ナンバが不審そうな目を向ける。
    「なーんか怪しいな」
    「何がだよ。なんでもねえよ」
    春日が口を尖らせて反論すると、ピーピーと短い電子音がして餅が出来上がったことを知らせる。
    「春日くん、出来たよ〜」
    「おう!」
    趙が声をかけると、春日はこれ幸いとばかりに台所へ駆け寄る。
    「のし台と片栗粉は?」
    「ん?…シンクの上にあるよ」
    趙の返事を聞いてから、春日が腕捲りをして、のし台になる機械の蓋をさっと拭き、その上に片栗粉を満遍なく敷き詰める。
    「熱いからな、臼は俺が持つぜ。趙はのし台に落とした後に、ハネ取ってくれ」
    「りょうかーい」
    布巾を使って臼を持ち上げ、のし台の上にゆっくりと餅を落とす。ぽたんという音と共に餅がのし台に落ちて、湯気を立てながらとろりと広がっていく。その中心に落ちた機械の部品を、趙が箸で拾い上げた。
    「粉より水で丸めていった方がいいよな?」
    「そうだねえ、その方が部屋も汚れないし、手が熱くならなくていいかも」
    春日が手際よく動くのを、趙はにやにやと見ながら会話をし、他の仲間たちはポカンとして見つめていた。
    「おい、一番」
    「あ?」
    今まさに水を張ったボールと皿を並べて、餅を丸めようとしていた春日が、声を掛けたナンバの方を見る。
    「お前、餅つき機見たの、こないだが初めてだったよな?」
    「おう、そうだぜ」
    「じゃあなんでそんなスムーズに準備できるんだよ」
    「えっ」
    しまった!とばかりに硬直する春日に、趙はふいっと顔を背ける。その肩が僅かに震えていて、どうやら笑いを堪えているらしい。
    「蓋をのし台にするとか、機械のハネ取るとか、なんでんなこと知ってんだよ」
    「い、いや…それは、説明書によ…」
    「お前説明書なんて見てねえじゃねえか。な〜んかおかしいと思ってたんだよな。いつものお前なら、絶対餅つき機覗いてそうなのに、妙に余裕で眺めてるしよ。なに隠してんだよ」
    じっとりと春日を見つめながらナンバが問い詰めるのを、他の仲間たちも不思議そうに見つめている。趙だけが、面白そうにちらりと上目遣いで春日を見ていた。
    「なんも隠してねえよ!大体、なに隠すことがあるってんだよ」
    「でも確かに一番がテキパキ動くの珍しいわよねえ。趙との呼吸もピッタリだったし」
    紗栄子が追い打ちをかけるように言うと、春日は思わずというように趙を見る。
    趙は口角を上げて、肩をすくめてみせただけでなにも言わない。
    多分、本当のことを言ってもいいということなのだと春日は思ったが、それでも皆に内緒でと、趙とした約束を破りたくはなかった。
    ぐっと春日が口を噤むと、仲間の間に変な空気が流れる。側から見れば春日はなにをそんなに意固地になっているのかと思うだろう。
    「…いや実はさあ、機械が当日動かなかったら困るから、俺が春日くんにお願いして一回動かしてみたんだよねえ」
    趙が呑気な声で事実を告げると、妙な緊張感に包まれていた仲間たちの間にほっとした空気が流れた。
    「なんだよ、そうだったのかよ」
    「そうそう。だから春日くん、お餅丸くするのすごく上手になってるよ。ね?」
    にこりと笑って趙が顔を向けると、春日は一瞬戸惑うような顔をしたが、すぐに笑って「おう!」と明るく返した。
    「せっかくだから格好いいとこ見せたくて内緒にしてたのによぉ。ナンバが余計なこと言いやがって」
    春日が笑いながら悪態を吐くと、仲間たちが笑う。
    「餅を上手に丸められるって格好いいの?」
    「え〜、すごいです社長〜」
    「私もやりたいです!」
    女性陣が好きなことを言う横で、ハン・ジュンギが目をキラキラさせて手を挙げる。
    「ハイハイ、早くしないと固まっちゃうよ」
    趙がのし台を移動させて、春日とハン・ジュンギの前に置く。春日がやり方を教えながら、二人で出来立ての餅を小分けに小さく丸めていった。
    その横で趙と紗栄子がきな粉やあんこ、海苔などの餅に合わせる食材の準備を始める。
    紗栄子が出来上がったものをテーブルに運ぶタイミングを見計らって、春日がシンクの前に立つ趙の横に並んだ。
    「雑煮用の小さい餅もいるよな?」
    「あ、そうそう。ありがとう」
    前に2人で試作をした時に話していたことを春日はちゃんと覚えていて、趙に小さく作った餅を渡した。
    「さっきはごめんね」
    趙は食材を用意しながらちらりと後ろの仲間たちの様子を振り返った後、春日にだけ聞こえるような小さな声で言った。
    「ん?なにがだ?」
    「春日くん、俺が内緒っていったから、約束守ろうとしてくれたんでしょ」
    ネギを刻みながら、春日の顔をちらりと見て趙が笑みを浮かべる。
    はにかむようなその表情が妙に可愛らしく見えて、春日は首筋がそわっとくすぐったくなるのを感じた。
    「…そういうことを口にするのは野暮だって、前に言ってなかったか?」
    揶揄うように言って軽く肩を小突くと、趙はいつものような皮肉な物言いはせずに、ただ照れくさそうに笑った。
    「大体、元を正せば俺が調子に乗ったからバレちまったんだし、趙は悪くねえよ」
    「うん…でも、ありがとうね。…ちょっと嬉しかった」
    ふにゃりと笑ったその顔は、今までに見たことのないような幼い顔だった。
    そもそも春日が本当のことを言いたくなかったのは、二人だけの秘密を、他の誰にも知られたくなかったからだ。
    それでも、趙が素直に気持ちを伝えてくれたことが嬉しくて、春日も嬉しそうに笑い返す。
    「はいはーい、二人の世界はいいから、早くテーブルに並べちゃってよ一番。ていうか趙はそれ、なに作ってるの?」
    紗栄子がひょいと後ろから覗き込んできて、驚いて振り返った春日の肩が跳ねる。
    「な、なんで二人の世界だよ…!」
    「いいから一番はこれ運んで!あっちでお餅食べてなさいよ、主役なんだから」
    「そうそう、俺もこれ作ったらそっち行くからさ」
    趙にまでそう言われ、春日は渋々テーブルに向かう。それを見送った紗栄子が趙の手元を覗き込んだ。
    「それなあに?」
    「刻んだネギとおろしニンニクと醤油を餅に混ぜるんだよ。ニラで作っても美味しいけど、匂いが気になるから今日はネギにしてみた」
    「お酒に合いそうね〜」
    「美味しいよ〜。出来たら持ってくから」
    「はーい」
    明るく返事をした紗栄子は軽い足取りで仲間たちの元に戻ると、春日の横に腰を下ろしてその顔を覗き込む。
    「ご機嫌だな、さっちゃん」
    なんとなく嫌な予感がしつつも紗栄子が楽しそうなのが嬉しくて春日が声を掛けると、紗栄子はにっこりと笑った。
    「ねえ一番、趙と餅つき機使ってみたのってここじゃないの?」
    「ん?おう、こっそり祐天飯店持ち込んでやったんだ」
    「なんで?」
    「え?」
    「別にここでも良くない?なんで足立さんとナンちゃんには内緒だったの?」
    「なんでって…」
    そう言われて、春日もはたと思う。
    確かに、足立やナンバも一緒に、餅つき機が動くか試してみてもなんの問題もなかったはずだ。
    餅米だって買ってあったし、わざわざ機械を持ち出すなんて面倒なことをしなくてよかったのだ。
    でも、趙が。
    「んん?」
    「んんん?」
    思わず笑って誤魔化すように春日が紗栄子に対して首を傾げると、紗栄子も同じように首を傾げ、怖いくらいの笑顔を浮かべた。
    助けを求めるように、台所の趙を振り返る。すると、春日と紗栄子の会話が聞こえてしまったらしい趙は、出来上がった餅を手にしたまま硬直していた。
    悪戯が見つかった子供のように目を丸くして焦燥を滲ませながら、その首筋と耳が、鮮やかに朱に染まっていく。
    「なあ、趙…」
    思わず春日が声を掛けると、趙はハッとしたようにいつもの表情を貼り付け、そして春日の声が聞こえなかったふりをして、テーブルに出来立ての餅を置いた。
    「ハイ、春日くん、紗栄子ちゃん、どうぞ。ネギ餅出来たよ〜」
    「いい匂い〜!美味しそう!」
    「お、なんだこれ美味そうだな」
    横から覗き込んできたナンバが目を輝かせてネギ餅を見て、趙の顔を見る。
    「どうした趙、顔赤いぜ?」
    「ええ?ほんと?台所暑かったからかな。ちょっと下に氷取りに行ってくるわ」
    春日の方を見ようとせず、会話にも口を挟ませないまま、趙は言い訳めいたことを言って踵を返した。
    そそくさと靴を履いて、趙が部屋を出て行く。
    春日は、腹の奥に熱の塊が燻るのを感じながらも動けずに、その背中を見送るしか出来なかった。
    「ここで追いかけられないから、一番はダメなのよね」
    「だな」
    趙が出て行った後、紗栄子とナンバがボソッと呟いて、春日はぎくりと体をこわばらせる。
    「どういう意味だよ」
    「別に〜。あ、そうだ、下の冷蔵庫にケーキ入ってるから持っておいでよ」
    「それって俺の誕生日ケーキなんじゃねえのか?なんで主役の俺が取りに行くんだよ」
    「細かいこと言ってんじゃねえよ。いいから早く下行け。どっか行っちまってるかもしれねえぞ」
    誰が、とはさすがに聞き返せなかったし、本当にふらりとどこかへ行ってしまう気もして、春日は苦虫を噛み潰したような顔をして立ち上がる。
    「…ネギ餅残しておけよ!」
    何か言い残さないと悔しかったのか、春日が捨て台詞のように言う。
    仕方ないという風を装いながら、誰がどう見ても慌てた様子で部屋を出て階段に降りて行くのを笑いながら見送った仲間たちは、一斉にネギ餅に手を伸ばした。



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