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    saruzoou

    @saruzoou

    さるぞうと申します。
    🐉7春趙をゆるゆると。

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    saruzoou

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    仲間とごはんシリーズ、ナンバ編です。ナンバと趙さんのやりとりが死ぬほど好きで、いつかもっと掘り下げたいところも詰め込んでみました。相変わらずほんのり春趙です。

    ナンバの昼飯朝靄の中、ナンバは鼻歌混じりに歩を進め、歩き慣れた道を通って河岸に降りる階段に向かう。
    勝手知ったる様子でホームレスのテントに声をかけ、テントの影からバケツと釣竿を取り出した。
    ここに来る途中のコンビニのゴミ箱で手に入れた新聞をコンクリートの上に置き、その上に腰を下ろす。以前のナンバなら、汚れることなどまるで気にしなかった。だが今は一緒に暮らす仲間がいる手前、多少は気を使うようになった。
    それになにより、朝方のコンクリートは冷えてもいるし、湿ってもいる。
    こんな澱んだ川に釣竿を垂らしても、魚が釣れること自体が稀で、釣れたとしてもドブくさくて食べるのを躊躇うような魚ばかりだ。
    ホームレスを脱し、ぼちぼちと働くようになってからは、この川の魚を取って食べなければならないほど食料事情には窮していない。
    それでもなんとなくこうして時間が出来ると来てしまうのは、己の今後の身の振り方などを考えてしまうからだろう。
    「オニーサン、なんかいいもの釣れるぅ?」
    頭上から気の抜けた声が掛かって、ふり仰ぐとそこには泣く子も黙る横浜の中華マフィア、横浜流氓の元総帥にして現在の同居仲間の趙がいた。
    いつも通りの派手な出立ちで、それでも妙に街の景色に馴染む男は欄干に肘を付いて面白そうにこちらを眺めている。
    「いま始めたばっかだよ。珍しいな、こんな時間に」
    ナンバのその言葉を聞いて、趙は笑いながら軽い足取りで階段を降りてくる。
    マフィアの元総帥なんて絶対的な立場にあったくせに、この男にはこういう相手の了承がないと踏み込んで来ないところがある。
    今もきっと、ナンバが言葉を濁せば「じゃあね」と言って去っていっただろう。
    「うちの子達の相手しててね。片付けとか仕込してたら朝になっちゃった」
    そう言ってナンバの横に置かれたバケツを覗き込んで「ここってなに釣れるの?」と聞いてきた。
    「魚の名前は詳しくねえけど、大物だと鯉かフナだな。あとはよくわからねえ小ぶりなやつだ」
    「おいしい?」
    「まさか。基本的にドブ臭えよ。でも、一番は喜んで食ってたな」
    ナンバが春日の名前を出すと、趙は目をくるりと動かして、続きを聞かせろとばかりに隣にしゃがみ込んだ。
    地面に尻をつけずに長い足を折りたたみ、膝を抱えてこちらを見るのはさすがの体幹だなとナンバは妙なことに感心してしまう。
    「アイツがホームレス街に住み着いて、体が治るまでって面倒みてた頃にな。パン屋の廃棄されたコッペパンに、ここで釣った魚挟んで食わせたんだよ。内蔵抜いて焼いたとこでドブ臭いし、絶対うまいもんじゃねえんだけどな。それでもコッペパンはシャバの味なんだって喜んでよ。…ん?いや、魚にゃ触れてなかったな。まずかったのかもな、やっぱ」
    膝を抱えてじっと話を聞いていた趙が、ゆるく笑う。
    趙は、自分が出会う前の春日の話を、ことのほか喜んだ。
    べろべろに酔うと、よく足立に『美容院に行ってパンチパーマ失敗した時の話聞かせて』とねだっては春日を困らせていたし、仲間はそれを笑っていた。
    「コッペパンがシャバの味って、なに?」
    「ムショじゃ臭い飯ばっかで、たまに出るコッペパンが唯一のシャバを思い出す飯だったって言ってたな」
    「そっかぁ…だから、真っ白いご飯とか、混ぜご飯とかも好きなのかな」
    「かもなあ」
    他人の罪を被って十八年の服役。
    ひたすら、再び荒川の元へ帰ることだけを支えに過ごしたであろうその壮絶な年月は、いまの屈託なく笑う春日からは想像が出来ないほどの辛いものだっただろう。
    「あ、竿引いてる」
    趙に言われてハッとなり、勢いよく竿を上げる。
    しかし、掛かっていたのはビニールのロープだった。
    「あらら」
    「ま、八割こんなもんだな。でもロープはホームレスだと使い道があるから、後で誰かにやるよ」
    そう言って竿に絡んだロープを取って、再び竿を川に放る。
    「…今もよく釣りしてんの?」
    「まあ、気の向いた時にな」
    「その割には魚持って来てくれたことないじゃん」
    少し拗ねたような言い方に笑って、ナンバは竿を揺らす。
    「基本的に釣れねえんだよ。釣れたって、うまいもんじゃないし。昔のホームレス仲間にやって終わりだ」
    「じゃあ今日は釣れたら持って帰ろうよ」
    「だから不味いって言ってんだろ。お前の口に合うかよ」
    「俺別にグルメじゃないよぉ。それに、そんなに不味いならなにがなんでも美味しく料理してやるって気になってきたね」
    「わかったわかった、釣れたらな」
    妙にムキになる趙に苦笑して、ナンバは竿を引いてみるが、相変わらず反応はまるでない。
    近い距離で並んで座りながら、お互いの顔は見ずに、川面ばかりを見つめている。
    少し前なら、あり得ない組み合わせだ。
    弟を探して異人町に辿り着き、ホームレスに身をやつして危ない橋を渡りながら異人三について調べた。最終的に弟と接点がありそうなのはコミジュルだと判断はしたが、横浜流氓じゃなくてよかったと安堵したものだった。
    星龍会は昔気質の日本のヤクザだったので距離の取り方は見当がついたし、コミジュルはそもそもメンバーもアジトも判然としない。けれど、武闘派中華マフィアの横浜流氓は結束が強く、下手に近づけば何をされるかわかったものではなかった。
    その出来れば一番関わりになりたくなかった組織の総帥だった男が、いま隣に座ってドブ臭い川を眺め、魚が釣れるのを待っている。
    ちらりとその表情を窺えば、趙もこちらを向いて小首を傾げた。
    「邪魔?」
    「んなことねえよ」
    「そう?なんか考え事でもあるのかと思ったけど」
    さらりと告げられた、こちらを見通した言葉にナンバは少し驚く。
    基本、他人に無関心とは言わないが、踏み込んでは来ないし、詮索もしない男だ。
    相手に頼られれば面倒をみるけれど、春日のように自分から関わりに行くようなことをしない。
    裏社会で、しかも総帥として長く生きてきた故の性格なのだろうと思っていたのだが、良く考えれば、趙がそんな野暮なことを言うなど、まるで。
    「なんかお前、一番に似てきたな」
    「ええ?どこがあ?」
    眉を顰めて嫌そうに聞き返してくるも、耳が僅かに赤く染まっている。
    「昔のお前だったら、そんな野暮なこと聞かなかったんじゃねえの」
    「そりゃそうかもしれないけど…仲間を心配するのは、当たり前でしょ。まあ、春日くんの受け売りだけど。てことは、え〜、やだなぁ影響されてんのかなぁ」
    「いいことだろ」
    照れくさそうに首筋をガシガシと掻く趙を笑えば、その首の付け根に、大きな青黒いミミズ腫れがあるのが見えた。
    「おいお前それ…!」
    直径で十センチ近くはありそうな楕円形のそれは余りにも痛々しく、元医療従事者の性とでもいうか、思わず襟首を掴んで傷口を確認せずにはいられなかった。
    当の本人はまるで痛みを感じていないのか気づいてないのか、突然慌てだしたナンバをびっくりしたように見ている。
    「え、なに、どしたの急に」
    傷口は生々しくて、裂けた皮膚が乾いてもいない。さすがにこんな汚れた手で触れることは躊躇われて、ナンバは首を巡らせて傷口を確認する。
    「いやなにって、めちゃくちゃミミズ腫れになってるぞ。痛くねえのかよ。傷口汚れてねえけど、これ早く消毒した方がいいだろ」
    「…ん?え?え?」
    戸惑いながら、趙が何か記憶を辿るような顔をする。
    「流氓の連中といたんだろ?なんだよ、なんか巻き込まれてねえだろうな。お前、俺じゃあ大して役に立たねえかもしれねえけど、せめて一番には…」
    「ま、待って、わかった。違う、違うから」
    片手に釣竿を持ったまま、傷口に触れないように気をつけながら観察をするナンバに、趙は慌てた様子で否定した。
    それを訝しく思って、ナンバは趙の顔を覗きこむ。
    すると趙は片手で顔を隠し、ナンバを制するように反対の手の平を向けていた。
    隙間から見える顔は心配になるほど真っ赤で、それが傷口のある首筋までみるみる広がっていく。
    「違うって、なにが」
    「いやあの、ちょっと盛り上がっちゃって」
    「は?流氓の連中と?」
    「違う、ごめん、うちの子といたってのは嘘」
    「ああ?じゃあなんだこの怪我…」
    そこまで言って、ナンバはようやく気づいた。
    赤く染まった首筋に、だ円形のミミズ腫れ。良く見ると、その傷口の周りには複数の鬱血痕。
    自分がすっかりご無沙汰だったから、すぐに気づかなかったことが呪わしい。
    これは、歯型だ。
    「あ!ナンバ、竿!引いてる!」
    「ああ?うお、やべ!」
    くいくいと子供が腕を引っ張るくらいの力の引きが、グンと強くなる。
    危うく竿を手放しそうになって、慌てて両手で掴む。
    強弱のある引きにずいぶん大物がかかったなと思いながら、頼りないオモチャのようなリールを慎重に巻く。
    趙はさっと立ち上がり、バケツを片手に河岸を覗き込む。
    「わあ、すご!でっかぁ。頑張ってナンバ、もうちょっとで掬えそうだよ」
    「おう、こえーな糸切れそうで…!」
    そう言いながらなんとか手繰り寄せると、趙が屈んでバケツを川面に通す。
    「オッケー!入ったよぉ」
    へらっと笑って振り返る傍で、バケツからはみ出た尾鰭が跳ねて、水飛沫を掛けられた趙は顔を顰める。
    「ナンバ、針取って」
    「おう」
    差し出されたバケツの中には久々の大物がいて、勢いよく暴れている。
    泥にまみれた頭を探ってナンバが針を抜くと、すかさず趙がどこからか小さなナイフを取り出し、急所を突いてエラの下を切り込み、血抜きまで済ませてしまう。
    その流れるような一連の動きが迷いなく的確に行われて、魚の締め方のうまさより、刃物の扱いに慣れていること、ひとつの無駄もないことに、うすら寒いような怖さを感じた。
    そのナイフはどこから出した。
    なんでそんなもんが、二秒と掛からず飛び出してくるんだ。
    どうしてそんな、感情を殺したような顔をするんだ。
    『趙天佑』として生きてきた時間が、その短い動きの中に見えた気がして、単純な恐怖と、そして悲哀のようなものを感じてしまう。
    「大物かかったねえ」
    当の本人は、ナンバの気持ちも知らず呑気な様子で笑っている。
    「だな。今日はラッキーだ。ところで趙。お前、本当にこれ食うのか?」
    バケツの中の水に血の色が滲んでいくのをぼんやり見ていた趙が、不思議そうに顔を向ける。
    「当たり前じゃん。流石に刺身は無理そうだけど、なんとしてでも美味しくしてやるよぉ」
    「そうか。そりゃ頼もしいな。簡単なやり方で美味くなれば、ここの連中にも教えてやれるしな」
    「優しいねえ、ナンバは」
    「ここの連中には世話になったからな。さてどうやって持って帰るか。バケツごとサバイバーに持ち込むってのも気が引けるしな…」
    「ええ、そんなの。あれで包んじゃえばいいじゃん」
    バケツの水を替えて魚を洗いながら、趙がそれまでナンバが座っていた新聞紙を指差す。
    「お、頭いいな。じゃあそうするか。ところでよ、趙」
    「ん?」
    血抜きの済んだ魚を手早く新聞紙で包んでいた趙が、不思議そうに振り返る。
    「犯人はどこ行ったんだよ」
    「はんにん?」
    「お前の首に噛み付いた犯人だよ」
    呆れたように言えば、趙はまた先ほどのように動揺し、首筋を赤く染める。
    「やっぱ、バレた?」
    「元看護師なめんなよ。まあ、自分がご無沙汰すぎて、すぐに歯型だって気づかなかったのは情けねえけど。それは別として、一応咬み傷なんだから、早く帰って消毒した方がいいぞ」
    眉間に皺を寄せたナンバに説教をされて、趙は降参とばかりに肩を落として俯く。
    「はあい。じゃあ、俺が頑張って魚美味しくするから、ナンバが消毒してよ」
    「交換条件かよ。ま、いいけどな。じゃあ早く戻るぞ」
    甘えるような言葉に苦笑して、ナンバは竿とバケツをまとめてテントの裏に仕舞い、趙から魚を受け取った。


    「あーあ、お前これ、青紫色通り越してるぞ…」
    「ええ、そんなひどい?ヒリヒリするなあくらいにしか思ってなかったんだけどなあ」
    サバイバーに戻り、とりあえず魚はシンクの中で氷漬けにしてナンバは趙の傷口の消毒に取り掛かる。
    川岸で見たよりも傷は腫れ上がって、内出血もひどくなっている。
    サバイバーの二階、アジトとして使わせてもらっているこの部屋は、怪我をして帰ってくることの多い仲間のために気づけば色々と薬類が揃っていた。
    箱の中から消毒液と脱脂綿、ピンセットを取り出して、大人しく座っている趙の前に腰を落として傷口とその周りを大きく拭う。
    「うわ〜、滲みるぅ…」
    急所の首筋を無防備に曝け出して預けてくれていることが、信頼されている証のようで嬉しい。
    先ほど川岸で傷口を見つけた時も、驚きのあまり襟首を掴むような真似をしてしまったが、趙は反射的な抵抗すらせずにされるがままだった。
    裏社会の組織の長だった男だ。いつ何時だって気を抜けなかっただろうし、それこそ刺客を差し向けられたことだってあっただろう。
    普段のらりくらりとしているようで隙のない身のこなしを知っているからこそ、春日ではない、自分にもここまで心を許してくれていることが当然嬉しくもあったが、不思議でもあった。
    そもそも自分は、弟を探すためとはいえ異人三を敵視して、あろうことか結果的には近江連合に偽札造りの情報を売った人間だ。さらに言えば、趙が馬渕側の連中に拘束され、拷問されるに至った責任の一端だってある。
    「異人三を売った人間を、随分と信用してるんだな」
    思わず呟けば、趙は呆れたような視線をチラリと寄越した。
    「えー、今さらぁ?それ言うんだったら、俺はナンバを始末するのに刺客を出した人間だけどぉ?」
    小さく丸めた脱脂綿に消毒薬を染み込ませ、傷口を丁寧に拭う。その上に、半透明の軟膏をゆっくりと塗りつける。
    「春日に聞いたよ。それだって、高部のカシラも預かってるあの状況で、割ける手勢だって限られてたんだろうに、なんだかんだ言って信用出来る連中を回してたんだろ?俺を殺させないために」
    「うわ〜、さすが春日くんの親友だね。野暮なこと言うとこもそっくり」
    心底嫌そうに言って、べえっと舌を出す子供のような仕草にナンバは笑う。
    「まあ、俺には俺の事情や考えがあったんだよ。そもそも、ソープの店長が殺されたのも、俺が馬渕を野放しにしてたからだしね」
    「それこそお前のせいじゃねえだろ」
    「まあまあ、こういう話は下でお酒飲みながらゆっくりしようよ」
    はぐらかすようなことを言う趙が、語りたくないわけではなくて照れているのだとなんとなく感じ取り、ナンバはわざとらしくため息をつく。
    傷口に大きめのガーゼを当てて、がっちりと固定すると、見えていないながらも趙が「大袈裟じゃない?」と苦笑する。
    「ちょうどいいのがねえんだよ」と言いながら、ナンバは頭の中で『わざとだよ』と呟いた。
    噛み傷をつけた犯人が、気づいて大慌てすればいい。
    「さて、お魚捌こうかぁ」
    趙は呑気な声でそう言って立ち上がり、小さな台所へと向かった。


    頭を切って内臓を取り出す時点で「くさい、ひどい」と趙が何度も呟きながら、それでもなんとか綺麗に三枚におろす。
    「こうやって見ると刺身でもいけそうだな」
    「無理だよ、見た目は綺麗な白身だけど、臭うもん」
    その後、蒸したり茹でたり、酒や酢を使ったり試行錯誤を繰り返し、最終的に『酒で洗って蒸して揚げる』という、とてもホームレスにはおすすめ出来ない手間の掛かる調理法が一番美味いということになり、趙が残った魚を小さく切ってフライにしていった。
    「もうこれお弁当屋で白身のフライ買った方が安上がりだよね」
    「だな。あの川で獲れた魚を美味しく食べようってのが無謀だってことがわかったぜ…」
    「お腹空いたぁ…。なんだかんだで朝ごはん食べそびれたから、これもう昼ごはんだねぇ」
    趙に言われて時計を見れば、確かに時刻はもう十一時を過ぎている。
    「今からご飯炊く?」
    魚のほとんどを揚げた状況でこれから米を炊くと時間がかかるし、せっかくの揚げ物が冷めてしまう。米はなくてもいいかと思ったところで、ナンバはあっと声をあげた。
    「そうだ、コッペパン!昨日半額になってたの買ったんだった」
    「お、いいじゃん。フィッシュフライサンド作れるよ」
    「マジか!」
    思わず声を弾ませたナンバに、趙は声をあげて笑う。
    ガスのグリルでコッペパンを軽く焼いて、その間に趙がゆで卵なしの即席タルタルソースを作り、ナンバが外のプランターからレタスを取ってくる。
    うっすら焼き目のついたコッペパンにバターを少し塗って、レタスと魚のフライを挟み、タルタルソースを掛ける。
    「出来ました〜」
    「いいね〜。めちゃくちゃ美味そうだな」
    出来立てのフライサンドをテーブルの上に置いて「本当はビールが飲みたいけど」と言いながら、趙が麦茶を用意する。
    「お金かかってるのパンとマヨネーズくらいだよ」
    「お前の手間賃の方が高えよ」
    「あはは、ほんとだね。じゃあ、食べよっか」
    「いただきます!」
    二人でテーブルを囲み、ナンバがフライサンドにかぶりつくとサクリと軽い音がした。
    「うめえ!これ本当にあの川の魚か?めちゃくちゃ美味えよ!」
    「ほんと?匂いしない?大丈夫?」
    「全然わかんねえ。しかも身がプリプリしてて美味え」
    ナンバが美味そうに食べているのを見て、趙は自分で作ったフライに恐る恐るかじりつく。
    「あ、ほんとだ〜。美味しくなったじゃん」
    よかった、と頬を緩める趙に笑って、ナンバは先程はぐらかされたことを再び聞く。
    「ところで一番は朝からどこ行ったんだよ」
    「バイトだか会社だったか、朝野球の助っ人頼まれたって言ってたよ」
    「野球?あいつ野球できんのか?」
    「パワプロやってたから大丈夫だとかわけわかんないこと言ってた。まあでも、運動神経いいし出来るんじゃない?」
    「バットを正しく使う日が来るとはな」
    「確かに〜。アレで殴ってばっかりだったもんね」
    呑気に笑う趙に、ナンバは呆れた気分になる。
    趙の首筋に、傷跡が残りそうな勢いで噛み付くほど盛って、その足で朝野球に行く春日にもその体力にも驚くが、それだけの熱量を受け止めて、朝っぱらからドブ川での釣りに付き合う趙のタフさにも呆れてしまう。
    「応援行かないのか?」
    「なんの?野球の?やだよ、だるいじゃん」
    手に垂れたタルタルをペロリと舐めた趙が眉を顰めると、階下からがたがたと物音が聞こえてきた。
    思わず趙とナンバが顔を見合わせる間に、勢いよく階段を駆け上がる足音が聞こえたと思ったらあっという間に扉が開いて、野球のユニフォームを着た春日が飛び込んで来た。
    「なんかいい匂いするなぁ!俺の分もあるか?めちゃくちゃ腹減ってよぉ」
    「開口一番がそれかよ」
    「おかえり〜。ユニフォームカッコいいじゃん。野球どうだった?」
    呆れるナンバの横で、趙が笑って聞くと、春日は「散々だったぜ!」と言いながら、それでも楽しそうに笑っていた。
    「でも最後の最後にようやくコツ掴んで、ツーベース打ったぜ。しかもタイムリーだ!」
    「試合は?」
    「負けた」
    あっさりとしたその言い方が面白くて、ナンバと趙が笑うと、春日は大急ぎで靴を脱いで、二人の横にやって来てテーブルを覗き込んだ。
    「なんだよ、随分洒落たいいもん食ってんじゃねえかよ。ずるいぞ二人で」
    口を尖らせ拗ねた口調で誤魔化してはいるが、自分のいないところでナンバと趙の二人で何かを作って食べていたことが相当気に入らないらしい。
    目には誤魔化しきれない不満とも嫉妬ともいえない色が浮かんでいて、ナンバは思わず苦笑する。
    「ナンバが魚釣ってくれてさあ。なんとか美味しく食べようとして、結局フライにするのが一番美味しかったんだよね」
    羨ましそうに見つめる春日の前で、趙はあろうことか最後の一口を自分の口に放り込む。
    あっと口を開けたのは春日とナンバで、趙はケロッとして指についたタルタルソースを舐めていた。
    『食べたかった』とありありと顔に書いて、しおしおと肩を落とす春日に、ナンバは三分の一ほど残っていたパンを渡そうかとため息をつく。
    すると趙が小さく笑ってナンバを制し、ゆっくりと立ち上がった。
    「ちゃんと春日くんの分もあるよ。フライはちょっと冷めちゃってるけど、パン焼いて作ってあげるから、その間にシャワー浴びといで」
    泥だらけじゃん、と笑いながら趙が言うと、春日は頬を紅潮させる勢いで頷いて、三歩で風呂場へと飛び込んで行った。
    烏の行水ばりの早さでシャワーを済ませた春日の前に、趙がフライサンドを乗せた皿を置く。
    「ドブ川のお魚フライをコッペパンに挟みました〜」
    「え、あの川で獲れた魚か?」
    「そう。でも大丈夫だよ、臭み消してちゃんと美味しくなってるから」
    「趙が作ってくれたんなら大丈夫だろ。美味えに決まってるよ」
    Tシャツに短パンの、すっかりくつろいだ格好で「いただきます!」といつものように手を合わせた春日が、大口でかぶりつく。
    「うっめえ!マジでこれ本当にあの川の魚か?」
    口の端にタルタルソースをつけて目を丸くする春日に、ナンバは笑う。
    やっぱり、あの時の魚は、美味いものではなかったよな。
    「なあ、一番」
    「ん?」
    「シャバの味はうめえか?」
    「シャバ?」
    きょとん、とする春日に、ナンバは不覚にも胸が熱くなる。
    もう、コッペパンを食べても、懐かしいシャバの味だと思うことはなくなるくらい、当たり前の日常を手に入れたのだ。
    ようやく手に入れたなんてことのない日常。
    想い合う大切な仲間。
    春日が後から帰って来ることを見越して、フライを少し残しておいた趙の気持ち。
    壮絶な半生を経て、幾つもの大切なものや人を取りこぼしながら、やっと手にしたささやかな幸せ。
    趙も同じ思いだったのだろう、ふと見ると慈しむような表情で春日を見つめていた。
    そんな二人の様子を不思議そうに見ていた春日が、ハッとした様子で目を見開き、趙の首筋を覗き込んだ。
    「趙、お前、首どうした?怪我したのか⁉︎」
    その心底驚いたという、まるで自分が付けた傷だと思ってもいない様子に、ナンバと趙は思わず顔を見合わせる。
    一度首筋へと伸ばした手が引っ込めて、おろおろと心配そうにする春日に、ナンバはよくわからないが段々と腹が立って来た。
    「ばぁーか!」
    様々な感情が込み上げて、気づけばナンバはガキのような悪態が口をついていた。
    「はぁ?なんだよ、ナンバ。感じ悪りぃな」
    言われた春日は、あまりに真正面からの罵倒に戸惑って口を尖らせる。
    その一連のやり取りを呆気に取られて見ていた趙が、手を叩いて大笑いをする。
    「アッハッハ!それいいねぇナンバ。春日くんのばぁーか!」
    「なんだよ!趙まで!」
    もはや泣きそうな顔になった春日に、ナンバも声を上げて笑った。




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