火花どれくらい歩いただろうか、朝から行くあてもなくたどり着いた。
陽は傾き始めた頃、見知らぬ学生服を着た同年代も何人か見送った。
少し大きめの学生服を着た男女はそれだけできらきらした存在に思えた。
数週間前、学生たちの入学式を彩った桜も今では道路にへばりついて、そんな桜に目を向ける者はいない。
場地の体は朝から歩き続けた足よりも、腹の音が先に悲鳴を上げた。
住宅街に似つかわしくない轟音に近い排気音はすぐに耳に届いた。
音の矛先である角を曲がると、派手な見た目とバイクの男たちに囲まれる学生服に身を包んだ金髪リーゼントの男がいた。
総長を名乗る男は大声をあげて、敬語と挨拶を覚えさせると言い、
不利な状況であるはずの金髪リーゼントは、先制して頭突きを入れた。
続けて売り言葉に買い言葉を吐くと、だせぇと唾も吐いた。
目を疑ったが一瞬思い出したのは、あの頃の幼馴染の姿で、ふたたび重ねようとしても重ならない。
ただ、男が殴られても蹴られても圧倒的に敵わない人数に立ち向かう姿に目が離せなかった。
的にされている金髪の男のリーゼントは崩れ、学生服にも血が飛んでいた。
ガラガラと武器を持ち出す男を見かけた時、場地の中にあっためんどくせぇし関わらないでおこうと思う気持ちが消えた。
「一人に多数、さらに武器はだせぇだろ」
場地が男たちに割って入ると、標的にされいた男が目を見開いた。
「こっちはイライラしてんだよ!胸糞わりぃもん見せてんじゃねぇよ!」と場地が声を荒げると、武器を持った男を壁に殴りつけた。
場地は久々の喧嘩に血が騒いだ。柔らかく光る金髪に勝てるまで挑んだあの頃と、自由に動けなくなった今。そんな幼馴染を思い出に出来ない奴はバカをして捕まった。ふたりのこと、いやもっといろんな想いを拳の裏に掠めていた。
最後の一人を伸したとき、言葉を失っていた男と目が合った。
今も病院でたくさんの管を体につけている幼馴染と、目の前の元気な男を重ねてしまったことに苦々しい気持ちになった。
「まぁ確かに不良はおもしろくねーな」と助けたはずの男の顔面に一発拳を入れた。
「なんでオレまで」と足元をふらつかせた。
捨鉢に処された好奇心を使い切った場地は、ひとつため息を残して道路に腰を下ろした。
「なんでお前が倒れるんだよ」
「…腹減った」
「へ?」
ふたたび場地の腹の虫が声をあげた。
「オレんちそこだけど…」
「…」
「…なんとか言えよ」
「…行く」
赤く染まった夕焼けと倒れ込む男たちに背を向けて、ふたりは団地まで歩いた。
「ペヤングしかねーけど」と言う松野に返事をしたのは、みたび鳴る場地の腹の音だった。湯気が立つ久々の食事に目を輝かせ、食欲のそそる香りに場地は生唾をごくりと飲み込んだ。
「あ、わりぃオレばっか食ってた」
「そんな腹減ってた?」
「ン、家帰ってねーから」
「ふーん」
「うまいな、ペヤング。お前も食う?」
「いらねぇ、男の食ったあとって」
場地は喋る松野に視線を送ったが、松野の返事よりも久々の食事に無言で箸を進めた。
その様子を見ていた松野が口を開いた。
「やっぱ食う」
「ン」
場地は「一口食ったら返せよ」と一言つけて、ペヤングを松野に手渡した。
「どういうルールだよ」
「腹減ってんだよ」
足元に柔らかい感触が当たる。「にゃーん」と一声鳴くと、場地の腿の上まで飛んできた。
「ネコじゃん」
「あぁ、エクスカリバーな」
「エスカ?なげぇし覚えづれぇ」
「うっせーな、ほらよ」
と一口ペヤングを口にした松野が場地にペヤングを渡した。
「そういえばお前、名前は?」
場地もまた一口食べて手渡した。
「千冬、松野千冬。お前は?」
「場地圭介」
一口食べ進めるごとに、一言会話をするふたりは、食べ終わる頃に互いの名前を知った。
場地の膝の上から動かないエクスカリバーを見て、松野が口を開いた。
「お前いい奴だな」
「ん?」
「エクスカリバーが懐くやつに悪いやつはいねぇ」
「ンだそれ」
ふたりの笑い声が重なった。
松野の家を出る際に「お前、細くて途中で倒れそうだから」とセロハンで包まれたアルファベットの書かれたチョコレートを手のひらいっぱいにもらった。
「腹減ったらとりあえずそれ食えよ」
「またペヤング食いにくる、あとお前に会いに」
場地は松野に腕の中にいるエクスカリバーの頭を撫でた。
帰り道の足取りは心なしか軽かった。食欲が満たされたからか、それとも新しい友人との出会いのせいなのか。
すっかり日が沈み、街頭の回りを虫たちが踊り始める夜の狂った時間。場地は鼻歌交じりに幼馴染の入院している病院の前に来た。
松野にもらったチョコレートをひとつ口に投げ入れた。久々の甘さは辺りの灯りを滲ませる。
ひと息ついても病院には入れる時間ではなく、次に歩き出す目的地を決められず、悩む足元を見つめいていると、街頭に照らされた傷んだ毛先が火花のように光って消えた。
春の夜、当てのない道は果てがないように思えた。
場地は数時間前の笑顔を思い出し、手の中に握ったセロハンをくしゃりと潰した。
おしまい