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    sanmenroppi03

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    sanmenroppi03

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    雷羅の物語です。
    西暦500〜1700年くらいのお話。

    鬼と生贄 鬼の一族が暮らす島があった。この島には全国にいる色んな種類の鬼が立ち寄ったりして大変賑やかに平和に暮らしていた。角が折れた風磨ふうまという鬼が頭領として治め、立派な角を生やした兄の雷羅らいらがあちこちを飛び回って鬼同士の仲を取り持っていた。
     ある日、この島の浜に船がやって来た。鬼たちが警戒しながら見ていると、人間を一人置き去りにして船は帰って行ってしまった。
     雷羅と風磨がやって来ると、鬼たちは一様に人間を取り囲んでどうするか話し合っている。雷羅が覗き込むと、若い女子おなごが震え上がって座り込んでいた。

    「人間の女がなんでここにいんだよ?」

     雷羅が周りの鬼に聞くと、

    「それが、この女がこんなものを持ってて……」

    と一人の鬼が雷羅に文を渡した。

    「……つきましてはどうか、この娘を生贄として捧げますので、畑や家畜を荒らすのはやめてくださいませ。何卒よろしくお願い申し上げます……」

     丁寧な書き文字に冷淡な事実がしたためられている。つまりこの女子おなごは死ぬべくしてここに届けられたのだ。

    「畑や家畜を?我々はそんなことしてないのだが……」

     風磨が首を傾げると、雷羅はジロッと数匹の餓鬼たちを睨んだ。そっと逃げようとしていたようで、ぎくりと立ち止まった。雷羅の雷が轟くような怒号が飛ぶ。

    「またてめぇらだな?めんどくせえことになるから、人間の食いもんに手ぇ出すなっつったろうが‼︎」
    「す、すいません雷羅様……!」
    「どうしても喉が渇いてて、そこに美味そうな果物や牛がいたもんだから我慢できなくなっちまって……!」

     雷羅は言い訳を述べる餓鬼にそれぞれ鉄拳制裁を加える。巨大で怪力な雷羅の拳を受け、一旦は血飛沫を撒きながら潰れるも、またすぐに再生してめそめそと泣き出す。
     他の鬼はやれやれ、とため息をついた。

    「で、風磨様、雷羅様、この人間はどうしますか」

     風磨と雷羅は顔を見合わせた。

    「まったく、人間は何かあれば贄を捧げれば良いと考えてしまうから困ったものだ……送り返せないだろうか」

     風磨が女子おなごを見下ろすと、ガタガタと震えてはいるものの、小さな声で話し始めた。

    「どうか、村に送り返すのはご勘弁ください……私は身寄りのない娘で、村中から疎まれていたのです。生贄として送った者が帰ってきたら、あなた方に許してもらえなかったと勘違いをするでしょうし、私も死ぬ覚悟でここに来ました。煮るなり焼くなり好きにしてください……」

     ふむ、と風磨がぐるりと鬼を見渡した。

    「誰かこの女、いるか?」
    「ああ、それなら久しぶりに料理にしましょうか」

     歳をとった料理番の鬼が提案した。

    「痩せた女でも、骨の髄まで茹でて溶かせば、良い出汁が出ると思いますよ。汁物や鍋の出汁にしましょう」
    「それもそうだな……頼む」

     風磨がそう言い放つと、その場を立ち去ろうとした。料理番の鬼たちが女子おなごを担ぎあげる。

     雷羅はその女子おなごから目が離せなかった。雷羅の角が、女子おなごの心に反応してびきびきと響く。
     雷羅と風磨の一族の角は通常の鬼と違い、触覚のような役割を担う珍しいものだった。その場にいる地形や生き物の気配、相手の心の内まで敏感に感じ取る不思議な角だ。風磨は相手の心の機微がわかってしまう残酷さに耐えられず角を捨てる道を選んだが、雷羅は角を大切に活用した。
     女子おなごは死を覚悟していると言ったものの、心の中で恐怖からくる叫びをずっとあげている。同時に、女子おなごが村でどれほど酷い目に遭って生きてきたかも鮮明に見える。ああなんと運のない人生だっただろう、お父さんお母さんにあの世で会えるだろうか、せめて来世は少しでもマシになれたらいいな……。そんな悲痛な感情が、雷羅の角を弾くかのように打ち寄せ、ズキズキと頭痛のように頭を締め付けてくる。
     咄嗟に声を出してしまった。

    「おい、そいつ俺がもらってもいいか?」

     料理番たちや風磨が呆気に取られて動きを止めた。女子おなごは涙でぐちゃぐちゃの顔で雷羅を見つめる。

    「兄貴、なんでこんな人間なんか欲しがるんだ?」
    「別に良いだろ。丁度犬っころとか飼いてえなと思ってたんだよ」

     雷羅が頭を摩りながら言うと、風磨は呆れたようにため息をついて、

    「人間は犬や猫とは違って何十年も生きるんだ。なるべく大切に育ててやれよ」

    と言い残して立ち去った。料理番の鬼たちは残念そうに女子おなごを下ろす。
     雷羅がノシノシと女子おなごに近づいた。女子おなごは今度は何をされるのだろうと怯え切って、今にも気絶しそうだった。



     女子おなごの予想と反して、雷羅や鬼たちは親切にしてくれた。雷羅はあらかじめ周りの鬼に、

    「こいつは俺のものだから、虐めたり食おうとしたらぶっ殺すぞ」

    と言い含めていたので、誰も女子おなごに危害を加えようとする者がいなかった。それどころか生贄としてここに追いやられた女子おなごを不憫がって、鬼たちも女子おなごに気を遣ったり何かと面倒を見たりした。
     雷羅は立ち振る舞いや口調こそ粗野ではあるものの、大変面倒見が良かった。だからこそ周りの鬼も雷羅を慕っていた。その気遣いや優しさに、女子おなごも次第に心を開くようになった。雷羅も女子おなごに懐かれて嬉しそうで、二人仲良く過ごす事が多くなった。
     しかし、やがて種族による寿命の違いで娘と雷羅に別れの時がやってきた。年老いて節くれだってしまった皺だらけの手を握って必死に看病をするも、確実に体力は消耗していった。

    「雷羅様……私は、貴方のおかげで幸せになれました。本当に、本当にありがとう……」

     娘だった老婆は、しわしわな顔に笑顔を浮かべて、静かに息を引き取った。可愛がって育てた人間が死んだ悲しさは相当なものだったようで、明るく豪快な雷羅が珍しく塞ぎ込んでしまった。
     周りの鬼や風磨がどうしたものか、と悩んでいると、再び浜に人の女子おなごが生贄として置き去りにされた。どうやら村の者たちは、四十年に一度生贄を送り込むことに決めたらしい。

    「というわけで……人間の世話に詳しいのは兄貴だけなんだ。頼む……」

     困り果てたような風磨の横に、真っ青な顔をした女子おなごが立っている。雷羅は呆気に取られた後に、渋々受け入れた。そしてその人間をまた大切に育て上げ、最期を看取ってやった。
     こうして生贄は捧げられ続け、その度に雷羅が面倒を見てやるようになった。殺される、不遇な目に遭わされると思って怖がっていた女子おなごたちは皆一様に、最期は雷羅に幸せそうに笑いかけていった。
     人間と直にふれあい、心に寄り添った結果、雷羅の角はより鋭敏になり、ほぼ完璧に相手の心を読むことができるようになった。



     ある年、新しい生贄の女子おなごがやってきた。ほぼ恒例行事なので、鬼たちは船がやってくる浜辺で待ち構え、「よく来た」と女子おなごの旅の疲れを労っていた。
     女子おなごを前にして雷羅は首を傾げた。今まで悲嘆にくれていたか、恐怖に慄いていたかどちらかが多かったが、この女子おなごはやたら肝が据わっているようで、九尺(三メートル)以上ある雷羅を堂々と見据えていた。投げやりになっている訳ではなさそうなので、余計にわからない。

    「で?あなたは私を食べるの?それとも無理矢理組み敷く気?」

     女子おなごが問う。雷羅は、

    「食わねぇし、そんな酷ぇことしねーって!とにかく、波風で冷えたろ。前の奴の着物とかあるから、体を温めとけ。後で飯もらってくるからよ」

    と顔をしかめた。
     女子おなごは訝しげに辺りを見渡す。雷羅の住居は、雷羅の物以外に人間が使っていたであろう椅子や食器、鏡台や布団があった。いくつもの女物の着物や簪、櫛などもある。平安時代のはまぐりの貝合わせや鞠、どこから入手したのか不明だが随筆や物語、和歌集など流行りの品もあった。かつての生贄たちは、村では想像もつかないほど楽しく優雅な生活を送っていたようだ。

    「……私をこんなもので懐柔して、夫婦にでもなる気?」

     女子おなごは困惑したような顔で尋ねる。

    「違ぇって。ほら着ろっつの」

    雷羅が適当に取った着物を着せようとすると、女子おなごから異臭がすることに気付く。似たようなものは嗅いだことがあるのだが、今まで生贄の人間たちからしてこなかったものだ。雷羅が鼻を抑えると、女子おなごが睨みつけてきた。

    「お生憎様。私は永遠にあなたのものにならない。私はもう、彼のものなのよ」

     強い異臭と共に、雷羅の鬼の角が女子おなごの心や思い出を察知した。
     女子おなごには想い人がいた。いつの間にか鬼への生贄は鬼が要求したことになっていて、男と通じたことのない処女を差し出す決まりになっていた。鬼に差し出されたら最期、骨まで食われるか、無理矢理鬼の子を生まされるか……どちらにしても、おぞましい状況になることは想像に難くなかった。女子おなごと想い人はそんな未来を嘆き、離れ離れになってしまう前にと、前夜に深く愛し合ったのだった。

    (そんな事情が勝手に作られていたから、今までやってきた生贄たちは処女だったってことか?だから何も匂いがしなかったんだ……)

     女子おなごの股の間から、異臭を放つ液体が腿を伝う様子まで感じ取り、雷羅は鳥肌が立った。女子おなごは男を知り、愛を知って向かうところ敵なしといった様子だ。目が据わっている。

    「私の体も心も、誰にも渡さないわ。処女じゃなくなって穢れた体を食べれるものなら食べてみな‼︎」

     異臭と凄まじい熱気のような愛の感情に目が眩んでいる隙に、女子おなごは懐に隠し持っていた小刀を取り出し、喉に突き刺した。雷羅は絶句しなんとか止血しようと近寄るが、女子おなごは雷羅にめちゃくちゃに小刀を振り回し、その間も自分の身体中を刺し続けた。やがて力尽き、小さく痙攣してから絶命してしまった。
     騒ぎを聞きつけ風磨がやってきた。凄惨な有様を見て愕然とし、放心状態の雷羅に呼びかけ強く揺さぶる。
     雷羅がボンヤリと辺りを見渡すと、女子おなごの血があちこちに飛び散っていた。雷羅の座布団、金棒、そして生贄たちの着物にも。今まで笑顔で感謝してくれた生贄たちへの思いと、女子おなごの剥き出しの敵意、血と、女子おなごの想い人の体液の臭いが混じり合って、雷羅は思い切り吐瀉した。

    「兄貴、あんたは色んなモノを感じ過ぎる。時には俺のように、あえて見ないことも大切だぞ」

     風磨が背中を優しく撫でるが、雷羅息を切らしながら首を振った。
     雷羅は相手の心にキチンと向き合うことを大切にしてきた。こんな目にあってもなお、変えるつもりはなかった。生贄たちの恐怖や絶望を角が勝手に覗き込んでしまう。ならばせめてその心を受け止めてやろう。
     それが今までの生贄たちへの弔いのつもりだった。


     翌年、生贄を捧げてきた海の向こうの大陸から、大量の鉛玉が飛んできた。

    「人間が攻めて来るぞ!」
    「何故だ⁉︎今まで何もしてねぇよ!」
    「生贄の恨みだと言ってるぞ……差し出してきたのはそっちなのに!」

     人々は島の鬼を殺すために大量の軍隊を組み、船で奇襲をかけてきた。雷羅は沖に総大将の姿を見た。

    (あいつ……最後の生贄の、恋人だった男だ!)

     角がまた過敏に反応する。総大将は深く悲しみ、怒り、恨んでいた。女子おなごに手酷いことをしているに違いないと思い込み、鬼たちを殲滅しようとこの戦を起こしたのだ。
     雷羅は島中の鬼を守りながら、共に戦う風磨に叫ぶ。

    「みんなで島を捨てて黄泉へ逃げろ!風磨が黄泉の入り口へ扇動しろ!俺がしんがりを務める‼︎」
    「何を言ってるんだ、兄貴も一緒に…‼︎」

     風磨が怒ったように返事をすると、雷羅が雷のような怒号を飛ばした。

    「馬鹿野郎‼︎島の頭領なら島の鬼を守れ‼︎俺は戻らないものと思え‼︎」

     雷羅は一際大きく山のような鬼の姿に変化へんげし、大きな拳で船を四隻叩き壊した。風磨の呼び声が聞こえた気がしたが、無視してさらに敵に向かって大きな波を立てて巻き込む。ひとしきり暴れ回っていると、大砲で肩やわき腹を撃ち抜かれた。一旦和邇わに変化へんげして海の中から敵を襲い────。
     全ての鬼たちが避難を終えて風磨が黄泉の入り口を閉じたのを確認し、ようやく雷羅もその場から鷹になって逃げようとした。しかし、ヒュンという音が鳴り矢で腹を撃ち抜かれた。激痛と共に視界が大きく傾く。



     そこからどう逃げたか、まるで覚えていない。色んなものに変化へんげして休み休み逃げ続け、とうとう体力が尽きてウサギの姿で道端にひっそり横たわっていた。

    「おっ、ウサギが怪我してらぁ」
    「ちょい待て!コイツ本当にウサギか……?変な角みたいなもんが生えてるぞ」
    「とりあえず、亥狸子いりこ様のところへ連れてってやろう」

     体が持ち上げられどこかへ連れて行かれるが、もう抵抗する力も無く、雷羅はゆっくり目を閉じた。



     様々な薬草の匂いがする。目を開けると、雷羅は元の鬼の姿になっていて、怪我の手当が施されていた。
     辺りを見渡すと、大きな雷羅でも入れるほどの広い部屋に、薬草などが整理されている箪笥や大量の食材が置いてあった。見慣れない小さな刃物やハサミのようなものもある。人でも煮る気なのか、と問いそうになるほど大きな釜の前で薬を砕いている小さな女の子がいた。素朴な顔立ちに似合わない派手な装飾品を身につけ、まるで遊郭にいる禿かむろのような格好をしている。雷羅が目を覚ましたことに気付いて、

    「あっ、起きたね〜。大丈夫?まだどこか痛い所ある〜?」

    とどんぐりまなこで覗き込んできた。雷羅は腹の傷を巻いてる包帯に手をやった。

    「平気だ、どこも痛くねぇ……すげぇな。お前の親父さんか、誰かがやったのか?」
    「治療したの、私なんですけど〜」

     雷羅がポカンとして見ると、女の子は軽くむくれる。

    「失礼しちゃう。こう見えてもう五十歳なんだからね〜」
    「そうだったのか、すまねぇ」
    「ま、いいけど〜。こんなにおっきな鬼を診るなんて機会、めったにないし〜」

     女の子は砕いた薬草を雷羅の腕に塗布し、湿布を貼ってくれた。鬼だらけの島にいたので、女の子から立ち込める甘くて柔らかい匂いがとても心地よかった。
     女の子が釜の蓋を取った。美味しそうな卵粥が大きな釜いっぱいに出来上がっている。雷羅の腹が鳴ると、女の子が匙を取る手を止めた。

    「……お腹空いてるの?」

     雷羅がバツの悪い顔をすると女の子はため息を吐いて、小さなお茶碗を取り出して半分だけ入れた。

    「はいどーぞ」
    「……」

     どう考えても少ないのだが、ありがたく頂戴する。女の子は釜から直接匙で食べ始めた。

    「それ一人で全部食う気かよ……」
    「食べるよ〜」

     女の子は食べる手を止めず、空いてる手で雷羅に薬を包んだ紙袋を手渡す。

    「とりあえず化膿止め三日分、痛みがある時に飲む頓服六回分出しとくから」
    「ありがとよ……」

     雷羅はため息を吐いて受け取った。

    「ちびっ子、名前は?」
    亥狸子いりこだよ〜」
    「俺は雷羅だ」
    「……?」

     亥狸子が匙を持つ手を止めて雷羅を見上げた。

    「ねえ、私の名前聞いて逃げないの?」
    「は?なんでだよ。見かけによらず犯罪者なのか?」
    「私がというよりは……パパとママが犯罪者レベルでヤバい人だからね〜。私の住んでいる街の人だったら裸足で逃げるかもね〜」

     どんな両親だ?と雷羅がキョトンとすると、亥狸子は雷羅が逃げないでくれるのが嬉しいらしく、なんともいえない微妙な表情をした。照れているようでかわいい。

    「ハッキリ言って変な親だよ〜。パパもママも私のことなんてどうでもいい癖に、二人とも自分のやりたい事のために私をそばに置いてるだけなの。飾りと一緒だよ〜」

     亥狸子が何でもないように言う。小さな口から発せられるには寂しすぎる事実に雷羅が戸惑っていると、また角が勝手に亥狸子の思い出を感じ取った。
     今までどんなに仲良くなった友達ができても、両親の正体を知った途端に皆逃げてしまったようだ。そのせいで、亥狸子は友達がいなかった。

    「私ね、これでも健康の神様ってことで祀られているの〜。ママが見栄っ張りだから、仕方なくやってたんだけど……日本中のお医者さんのもとへ勉強しに行ったり、黄泉をつたって蘭学も勉強して、色んな人を助けてるうちに、やりがいを見つけたって感じ」

     亥狸子がパクパクとお粥を食べながら言う。

    「早く一人前になって、お家を出たくてね〜。パパとママの相手はもうウンザリなの」

     雷羅は、そういえば黄泉経由で来た西洋の鬼が親をパパ、ママと呼んでいたなと思い至る。やがて匙がカラン、と投げられた。

    「それでも……一人は結構寂しいもんだね。そう思うのは、私が神様としてはまだまだ子供だからかな…?」

     小さくボソリと呟いた。亥狸子は無表情だったが、心は悲しみと寂しさでいっぱいだった。ふと釜を見ると、あれだけタップリ入っていたお粥をペロリと平らげていた。雷羅は仰天した。

    「なんだよその食べ方⁉︎その体のどこに収まったんだ⁉︎」
    「まだまだ食べ足りないかな〜」
    「無茶苦茶だぞ!そんなに食ったら腹壊すって‼︎」
    「大丈夫〜!私特製の胃薬調合してるから〜!」

     亥狸子がケロリと答えるが、口寂しいのか爪を噛んでいる。雷羅は亥狸子の様子に心当たりがあった。慣れない鬼との生活に人恋しくなった生贄が、たくさん物を食べてしまったり指をしゃぶってしまう癖ができたりしたのだ。

    (俺から見ればまだまだ幼い神で、年齢の割に落ち着き過ぎるし、たくさん可愛がられて当然の環境のはずなのに……)

     雷羅は、亥狸子の側にいたくなった。精一杯大人ぶっているがまだまだ幼い可愛らしいこの神様を、なんとなく一人にしてはいけない気がしたのだ。
     亥狸子の腹がぐぅ、と鳴った時、雷羅が体を一振るいすると、立派な黒馬に変化へんげした。亥狸子が目をパチクリしていると、

    「ほら、背中に乗れよ。美味しいもんでも食いに行こうぜ」

    と雷羅が前足を鳴らした。亥狸子はしばらくポカンとしていたが、やがてわぁ!と声をあげて駆け寄った。

    「やった〜!子馬になって!大きいと届かないの」
    「確かにそうだな、ほら」

     亥狸子が乗るのにちょうど良い子馬に変化へんげした。鬼の角は変化へんげしても隠せないので、

    「ユニコーンみたい」

    と亥狸子がクスクス笑った(雷羅はユニコーンが何なのか分からなかったが気にしなかった)。

    「どこまで連れてってくれるの?いつまでいてくれるの?」

     亥狸子が雷羅の背中に乗りながら尋ねた。その言葉の端々に、自分から去ってしまった友人のように雷羅が何処かへ行ってしまうのでは?という不安が見え隠れした。

    「お前には命を助けてもらったからな。お前が望んでくれるなら、いつでもどこでも一緒にいてやろうじゃねーの!」

     雷羅が答えると、亥狸子はやっと笑みを浮かべた。
     雷羅はこの可愛らしい神様に、憐憫だけでなく強く慕情を抱いた。
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