その日は、あまりにも暑い夏のただの一日だった。
高校生である僕らにとって、夏は長い。
普段は家でゲリラパフォーマンスをする為の機械を作ったり、その作った機械たちで何をするのかという演出案を練っている。
つまり、理由がなければ好んで外に出ることは無いのだ。
ただその日は、いつもより暑い日だったにも関わらず何故か外に出たくなって、首筋に汗を流しながら理由もなく街をふらついていた。
薄手のシャツを着た大人たちを後目に、社会人は大変そうだと思いながらも、交差点の赤になった信号機を見て立ち止まる。
普段は多い車も時間が時間なのか、あまり通っていない。
ここの信号長いんだよななんて、誰に零す訳でもない愚痴を心の中で呟く。
ふと、横から人が通ったような気がした。
有り得ない。
だってまだ信号機は赤で。
この暑い中、早く渡りたいなんて思っている僕は車道のかなり近くの位置にいて。
つまり、今の僕の位置から横を通り過ぎると、それは車道に出てしまうことを意味するわけで―。
下がりかけていた頭を勢いよくあげる。
熱い太陽の光に照らされ、キラキラと輝く金色の髪に、こんな暑い日に似合うことの無い長い丈のズボンとシャツ。
そして、そこから見える白い肌。
ほんの一瞬、その姿に目を奪われるが、そんな悠長なことを考えている場合ではない。
「ねぇ、君、危ないよ!信号機、赤だから!!」
周囲の目なんて気にせず、その少年に声をかける。
しかし、少年はそんな声が聞こえていないのか車道のど真ん中で立ち止まっている。
「ねぇ!!!聞こえてる!?そこ!危ないって!!!」
僕が更に声をあげると、少年はビクッと肩を震わせ、こちらへと振り返った。
その少年の目は男にしては大きくて、その瞳はアプリコットのような色合いで髪と同じくきらきらとしている。
顔はかなり童顔だが、歳は近いように感じた。
その少年は、声をかけられていること自体が不思議なような顔をして、信じられない言葉を零す。
「オレに話しかけているのか…?」
一体何を言っているんだ、この人は。
今、この状況下に置いて、彼以外にこんな言葉を浴びせるわけがないだろう。
「君以外に誰がいるっていうんだい…!だから早くこっちにきて…!危ないから!」
僕がそう怒りながら声をあげると、少年はおずおずとこちらへと近づいてくる。
あぁ、やってしまった――。
心からそう思い、彼に声をかけたことを後悔する。
近づいてくる彼を見て、気づいてしまったのだ。
少年の足は下にいくにつれ、薄くなっており、その身体はふよふよと浮いている。
人間では決して有り得ない出来事が、目の前にいる彼には起こっている。
つまり、そういうことだ。
僕は図らずも人間ではないものに声をかけてしまった。
あまりにもハッキリと彼の姿が見えていた上に、早く声をかけなければという焦燥感からきちんと彼の様子を見ていなかった。
赤になった信号を渡り、車道に佇んでいたこと。
ただ一歩歩くだけでも、流れるように出る汗が彼には一切ないこと。
またそんな熱い日差しがあるにも関わらず、全く焼けていない肌。
見ているだけでも暑く感じる長い丈のズボンとシャツ。
おかしな点なんていくつもあったのに。
今からでも遅くない。
何も知らないフリをしよう。
そう決め込んだ僕は、こちらへ向かってくる彼を無視し、身体を180度回転させて歩き始める。
何も知らない。
あんな人は知らなかった。
そうだ、そうしよう。
心の中でそう言い聞かせ、出来るだけ彼から距離をとる。
「お、おい!!!何故逃げるんだ!!!」
追いかけてきている人なんていない。
背後からかけられる声なんて聞こえない。
「お前、オレが見えるのだろう!?!?」
見えてないよ。
「おい!!!!何故無視するんだ!!!!!
さっきオレに声をかけただろう!?知らないフリをしようとしても無駄だぞ!!!!」
無視なんてしてない。
だって声が聞こえないんだもの。
「無視をするな!!!!!
お前がそんな調子でくるなら、オレはお前に一生とり憑いてやるからな!!!」
「あ"ぁ…!!!もう!!!!しつこいなぁ!!!
分かったから、とり憑くのだけはやめて。」
「む、やはり聞こえているし、見えているのではないか。」
「見えるし、聞こえるよ。
とりあえずここは目立つから、ちょっと向こうへ行こうか。」
「うむ…それもそうだな!」