歪な関係¿
「チッ… 、なんでここに来ちゃったんだろ…。最悪、早く帰ろ。」
頭がズキズキ痛む。遠くから聞こえる暗黒竜の嘶きでさえ、僕の頭を金槌で殴ったかのように、ぐるぐると脳内に渦巻く。1番大嫌いな捨てられた地。どうして来てしまったのだろう、何かに惹かれるように 無意識のままに来てしまった というのが正しいのだろうか。
「… ?気のせい…かな。」
ふと、後ろから暗黒竜とは違う殺気を感じた。よく分からない、恨みと怒りを〝誰か〟にぶつけられたような気がした。
その瞬間、気のせいは気のせいで無かったことを知らしめさせられる。 後ろから首元へ打撃を与えられ、抵抗する間すらなかった。急所に打撃を入れられた僕は、意識を無理矢理に暗闇へと手放させられてしまった。だが、意識を手放す前に見た僕を襲いかかった犯人は、必死で何かを叫んでいるようにも見えた。
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ズキズキと痛む後の首の辺り、ぱちぱちと音を立てて燃える焚き火、どんよりとした重い空。きっとここは捨てられた地でも、安全な場所なのだろう。
意識を取り戻した僕が気付いたのは、それくらいの少ない情報。
「… 大丈夫か?」
意識が朦朧としていたのか、隣に誰か居たことに気付かなかった。感情の籠らない淡白な声色。ぼぅっと炎を見つめる〝誰か〟の瞳は、勘違いでは無いのであれば、落単の色が見えていた。横たわる体を起こし、その人物に声をかけてみた。
「ぁ…、すいません。僕…誰かに襲われて…はは、情けないですよね…。」
「……、俺こそすまない。君を他人と勘違いして…その…。」
「え…、まさかとは思うけど、襲った本人が僕の事をここまで運んで来てくれたの?」
偽物の笑顔を貼り付けて対応していたが、襲った当の本人が僕を救ったと思うと、何だか可笑しくなって、笑い転げてしまった。
心の底からの笑顔、あぁ、いつぶりだろうか。
偽物の笑顔なんて貼り付けずに、ただただ大声をあげて笑った。
襲った人…勘違いしたお兄さんは、きょとんとした顔でこちらを見ていた。
「っはは!!なにそれ…っ!!僕、そんな優しい人見たことないよ…!」
「な…何がだよ…。俺は君を襲ったわるいやつなんだけど。」
「お兄さんが悪人…?僕はそう思わないよ。だって、本当の悪い人なら僕を放って逃げてしまうでしょう…?」
「まぁ…そう…だな。」
笑い過ぎていつの間にか目に涙を浮かばせていた。それと共に腹部が痛くなる。
この人と居れば、自分を偽らなくて済むのだろうか。よく分からない。
「そうだ、お詫びといってはなんだが…君の望みを何でも叶えよう。」
「僕の望み…?なんでも…?」
「あぁ、俺に出来る償いといったらその程度だもんな…。」
申し訳なさそうに眉を下げてあからさまに反省している様子の彼。少しばかり悪戯心がくすぐられたのか、僕は容赦なく〝それ〟を口に出した。
「ならさ、ビジネスで隣に居てくれよ。」
「は…?」
「だーかーら、都合のいい関係でいいから僕の隣にいてよ。」
「それは…その、俺なんかでいいわけ…?」
「君だからお願いしてるんだけど。てか名前は?」
「あ…、藤鼠…。」
〝藤鼠〟と名乗る彼は、顔を隠すような服装と髪型に、不死鳥のケープを羽織っていた。謎めいた人物 とでも言えようか。
「僕の名前はリオル。これから宜しくね、藤鼠。」
「あ、あぁ。」
少々困惑しているのか、返事が頼りなかった。なんせ、襲いかかった奴に何故か感謝され、そして「傍にいろ」だなんて言われているのだから。困惑するのも仕方ない事だろう。
これで僕は自分の居場所を手に入れる事が出来た と優越感に浸る。偽る事をせず、ただありのままの僕を見せる事が出来る。笑うことを必要とせず、都合のいいように… ただ、そう扱うだけ。
「藤鼠は僕に何も期待しないでよね。僕は善人なんかじゃないから。」
「何言ってんの、リオルは変な奴だな。」
「藤鼠には言われたくないんだけど…。そうだ、僕と誰を間違えて襲ったわけ?」
「っ……!!」
一瞬彼から唯ならぬ殺気と怒りを感じた。この話題は彼にとって地雷なのだろうか。自身を落ち着かせるように深く呼吸し、己を制しているようだった。
その光景を目の当たりにした僕は、「やってしまった」と心の中で舌打ちをする。
「あ〜、その。ごめんね、藤鼠のプライベートな話なんてするの良くないよね〜…。」
「いや、俺こそ申し訳ない。またいつか話すから、今は聞かないでくれ。」
頭を抱えながら再び荒く呼吸していた。僕にはどうする事も出来ず、ただただ彼の様子を見守るのみ となってしまった。
少し気まずくなったのか、僕も彼を見るのはやめて、目の前の焚き火に集中する。揺らめく炎は、まるで僕たちのこれからの軌跡を暗示しているようにも思えた。
ただ無言の時間が過ぎる。だが、彼は何も僕に欲しなかった。言葉も行動も。ビジネスな関係だから も割り切っているのだろう、真偽は定かではないが。ただ、この焚き火を囲んでぼぅ っとしているこの無意味な時間は、僕の心の拠り所となる予感がした。
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