ばか!₪
「えへへ〜、僕かあいいよね〜!」
「わ〜!小さい子だ!かわいいね〜!!」
「でしょ〜っ!お姉さんもかあいい〜!!」
見慣れた風景。僕が小さな状態なら皆が寄ってくる。だって僕は可愛いのだから。みんなみんな僕の本性なんか知らずににこにこと接して来る。脳みそがお花畑で出来ているようでむしろ羨ましい限り。
草原のここに来れば僕はいつだってアイドルになれる。
「あれぇ…どこ行ったんだろう…。」
「どうしたのおちびくん?」
「あのねお姉ちゃん、僕の大事な大事なモノが消えちゃった!」
きょろきょろ辺りを見渡しても、彼の姿が見当たらない。僕が目の前の奴と遊び過ぎたせいだろうか、もしくは嫉妬でもして僕たちが見えない所へ行ってしまったのだろうか…それなら可愛くて堪らないのだが。
「ふぇぇ…、僕のぉ…。」
「だ、大丈夫っ!お姉ちゃんが探して来てあげるからっ!その大事なモノは何かな…?」
「あのね、僕の言うこと聞いてくれる…あっ
!!」
ちらりと見えた白色のケープの裾、絶対彼に間違いがない。きっと2人で会話しているのを保護者的目線で見ていたのだろう。僕は目の前の奴になんて目もくれず、一直線で走り出した。
「イノーッ!!ほら!!抱っこは〜っ!!」
「っとと、二グリ!あいつの遊ばなくてもう大丈夫なのか?」
「うん!僕飽きちゃった!」
両手を大きく広げて 抱っこして のポーズを保ちつつ僕はイノ目掛けて走った。後ろの奴?あぁ、知らない。どうでもいいから。きっと、今頃星の子を「モノ」呼ばわりしていた事に困惑して、僕から少し距離を置いていることだろう。そんなやつのことなんて考えずに、今は僕だけを見ていればいいのにね。
小さな僕は軽々と抱き上げられる。軽く頬に口付けて、イノの顔をまじまじと見つめていた。
「??二グリ、俺の顔に何か付いてるのか…?」
「ううん、な〜んにも付いてない!あっ!でもね〜、もちもちほっぺたが付いてるの!」
「ひゃ、ひょっ、ひょっと、にふりやへろって!」
両手でふにふにと触ると抵抗しつつ言葉を口にするが、出てくる言葉は全てふにゃふにゃで聞き取りにくいもの。そんな些細な事が面白くてついつい笑みが零れる。
「そうだ!今日はお散歩しちゃおうか!」
「へへ、ついでに日向ぼっことかもどうだ〜!」
「そうしようね〜!僕はこのままの身長でいいかな…!」
2人で決めたおやくそく。お散歩の時は手を繋ぐこと。もちろんおんぶは大好きだが、2人で一緒に散歩するなら同じ大地を2人で踏みしめたい、そう僕がおねだりしたから。
抱っこされた体を地面に下ろしてもらい、僕が先導する形でお散歩が始まった。どれもこれも見慣れた風景だけれども、2人で歩くといつも鮮やかで色褪せない風景がそこにある。
「うわ〜!みてちょうちょ!! みてみて!!イノ!!!僕のお鼻の上にとまった!!みて! 」
「ははっ!はしゃぎすぎだろ二グリ〜っ。俺見てるから安心しろって!」
小さくなると子どもになった気分になる。産まれたてのような、そんな感じ。見るもの全てが初めて出会ったモノのように錯覚する。
「っと、うわぁっ!!!」
「二グリ!!!おい!!」
目の前の蝶に夢中になりイノの手を離した途端、すってん と見事に転んでしまった。更にそこは少し急な坂道。幸い植物がクッションとなり打撃はそこまでなかったが、ゴロゴロと下まで転げ落ちる始末となってしまった。
ぎゅぅっと瞑った目を開けるとそこには青くて広い空と青ざめたイノ。何だか対照的な事物がそこにあり、何だかおかしくてケラケラと声を上げて笑ってしまった。
「笑い事じゃねぇんだけど!!怪我してないか…?頭とか打ってない?」
「ふへへ、へーきへーき。だって僕は二グリだもん。」
「そういう問題じゃないんだけど…、まぁ大事にならなくてよかったな!」
「ここで日向ぼっこしちゃおうか!イノおいで〜っ!」
彼の腕を軽く引いてこちらに来させようとした時、僕はある物を見つけてしまった。
心臓がぎゅっと痛くなる。僕の目はたしかにそれを捉えていた。
「ねぇ、イノ。手首見せて。」
「えっと…どうして?」
「いいから見せろ。言う事聞かないと…後で酷いことしちゃうから。」
非力ながらにも無理矢理手首を引き、服の袖を捲りあげた。
「さぁてイノくん。僕に言う事はないかな?」
「ち、違うんだよっ!これには深い理由が…!」
「違う?深い理由?何言ってるの。ごめんなさい は ?」
紛れもない赤い痕。僕はよく知っているのさ、口付けする位置の意味について。手首になんて…僕以外がするなんて許されるはずは無い。無論、イノに手を出すことすらね。
「あーあ、イノの周りの子達が悪さしたのかな。僕ずっと見てたのに。イノが誰とどこで遊んでるのか把握しているんだよ?それなのに隠れてしてたんだ。そっかそっか。あの子かな?それともあの子?まぁいいけど、片っ端から消しておいてあげるから。」
「ちょっと落ち着けよ!違うんだって!」
「何が違うんだよ。手首に痕があるのに落ち着いて日向ぼっこしろってか?意味わかんない。」
「だからっ、俺が俺自身に付けたんだって!!」
「は……?」
予想とは違う回答を頂いた。イノがイノの手首に赤い痕を付ける?いや、これはきっと言い訳なのだろう。そんなもので僕を欺けるとでも思っているのだろうか。
「いや、嘘つくなよ。」
「ほら、前の時…俺、二グリに付けられなかったもん…下手くそだったから。」
「まって、それ本気で言ってるの?」
「本気だけど何か文句でも?!実際、二グリは俺の事監視してただろ?なら分かるじゃん!俺が誰にも手を出されてないって。」
「あ、う、うん。そうだけど。」
「俺の事信じてくれないの…?」
「いや、その、うん。えっと…。」
言葉が詰まって上手く出てこない。こんなにも頭が真っ白になるのは初めてで自分自身よく分からない。ただ分かるのは顔を真っ赤にして自白したイノが可愛いということと、こっそりと練習していたイノが可愛いということ。この2点くらい。
「この…ばか!!!」
「え、えぇ?!」
「僕が見えない部位で練習しろよな!!何見てるところに付けてんだよ!!」
「八つ当たりだろそれ…。」
「僕はおこってるんだぞ!!」
ぷくーっと頬を膨らませてただただそっぽを向く。堪らなく可愛いのだが、この場を〝可愛い〟で丸めるのは何だか気に食わなくて。
「……二グリ?」
「分かったもういいよ。僕おこらない。だってかわいい二グリだもん。日向ぼっこしちゃおっか〜!おこって疲れちゃったよ…。」
「まぁ、ここで寝てもいいかもな〜!」
「そうだね、ゆっくり休んだあとは…僕と遊んでねっ!」
「ああ、もちろんだぜー!!」
「あは、ほんとにいいんだァ…楽しみだねェ。」
何も分かっていないような顔でこちらを見つめてくるイノ。それを横目に僕はふわふわの緑色のクッションの上でもう一度寝転んだ。ポカポカ陽気に包まれて、既に眠気が襲ってくる。
またあとが楽しみだね。イノくん… ♡