ばつ。✘
いつもより視線が低い。それもそのはず、小さくなる魔法の飲み物とやらを摂取したからだ。折角なら誰かに見てもらえるところで と思い、人気の多い草原の広場へとわざわざ足を運んだ。 案の定、たくさんの人と出会えた。そして、みなが口を揃えて俺の事を褒めたでた。というより、可愛がってくれていた。それが嬉しくて嬉しくて。きっと二グリもこんな気持ちなんだろうな だなんて思い、ふと彼のことを思い出し、なんだか寂しくなったのでその広場から離れ、彼の元へと行こうと全てのエリアに通じるゲートのある〝あそこ〟へと向かった。
この魔法の効力がいつまで持つだなんて事は全く知らず、この小さな身長は一向に大きくなる気がしなかった。そうこうしている間に、〝そこ〟に着いた俺は、彼の居そうなエリアをしらみ潰しに足を運ぼうと思ったが、そこには彼らしき人物のシルエットが見えた。
間違いない、そう確信した俺は迷わず駆け寄る。
「おーいっ!二グリ〜っ!!見ろよ俺の姿〜!!」「おやおや、イノじゃん。その格好可愛いなぁ。」
「だろ〜!たまにはこういう姿でもいいのかもな…。」
「で、その姿僕以外の誰かに見せたのかな?」
「え…?そ、それは…。」
にっこりと柔らかな笑みを浮かべていた二グリの顔は、ほんの数秒の間で曇りがかってしまった。この姿を誰かに見せたのは悪いのだろうか、いや、俺は何も悪くはないはず。ただ、今この状況でいえることは、俺は嘘をついてしまうとすぐにバレて殴られてしまう ということ。でも、俺は言葉がつまって何故か言えなかった、本当のことを。
「僕の知らない臭いがするなぁ…。誰といたの?あの子かな、それともあの子かなぁ?」
「疑いすぎだって…!別に俺は…。」
「僕以外の誰かにこの姿見せたんだろ?あーあ、僕だけのイノなのに。可愛いところだなんて僕だけが知ってればいいのに。」
至って普通の口調なのに、表情がたまらなく恐ろしい。にこりとも微笑まず、ただただ俺の事を見下して鋭い目付きでこちらを眺めていた。
そして、ゆっくり、1歩、また1歩と、じりじりと近づいて来て、仕舞いには俺が壁際に追いやられる形となった。着替えるところからは少し見ずらいこの場所。
俺の目線と合わせるように二グリは屈み、互いの吐息が肌に触れるほどに至近距離に顔を近づけた。
「ニグ…、そ、その、ごめん…なさい。」
「イノ。僕はその言葉を求めてないんだけど。他の誰かと居ましたかっていう質問にだけ答えればいいんだよ…?」
「お、俺…その、誰かに、見てもらいたくて。だから、草原の、いっぱい人がいるとこで、…遊んだ…。」
そう答えると、彼の口元が緩んたような、気がしたのだがそれはすぐに消えてしまう。
「…僕に見せればいいのに。最初から僕に見せてから他のやつに見せたら良かったのに。」
「ご、ごめんな"っ…!」
謝罪の言葉を遮るように、彼の手は俺の頬を打った。痛くて、痛くて。じんわりと口の中で鉄のような、そんな気色悪い味が広がり、思わず顔を歪める。
「っぁ"っ!やっ、やめっ…て!」
「小さい体で僕に勝てると思うの?馬鹿だな〜…。」
思わず二グリに手をあげてしまいそうになってしまうも、俺の手は二グリの片手で軽々と押さえつけられてしまう。
「いや ぁ… 、うっ、ご、ごめんなさい…。」
「っは、イノ可愛いね…このまま閉じ込めちゃおうかな。そうすればみんなはいずれイノの事なんて忘れちゃうんだろうね。世界で俺だけがイノの存在を知ってるんだ。嬉しいでしょ、ねぇ嬉しいって言ってよ…。」
「ニグっ…痛いっから!」
「嬉しいって言えって言ってんだろっ!!」
「ぃ、言うから… っく、怒らないでよぉ…。俺は嬉しいぞ…。」
ぼたぼたとただ大粒の涙を流しながら、嗚咽混じりの声を喉から絞り出す。目の前の圧にただ圧倒され、抵抗する力を知らぬ間に失った。
目の前の二グリは荒い呼吸を繰り返し、俺の言葉に恍惚としているように見える。
「っは…!いいなァ…!小さな子を痛ぶる下衆な趣味は無いけど…今のイノは最高に可愛いよ…。」
「もぅ、やァ…、離して…解放してよぉ…。」
「嫌だね。離しちゃえばイノはどこかへ消えちゃうのでしょう?」
「俺はどこにも行かないからっ…!」
「あ、なら、どこにも行けなくなるように躾しちゃえばいいんだ。」
「ぁ……え…?」
躾 という単語に身震いし、手を押さえつけてる方とは違う手で俺の小さな体の喉元をさすられると同時に、呼吸をする行為が難しくなる。首は完全に力を込められているとはいえないものの、このまま居れば俺はじわじわと苦しめられて死んでしまうのだろう。
「あ"か"っ!… に"っ、にく"っ、やめ"っ!!」
「俺さ、イノの細い首を絞めるのだぁい好き。そうやってじたばた藻掻くのもだぁい好き。」
「ふ、ふざけ"っ、んな"っ!しぬ"っ!!」
「いっその事殺してあげよっか…?でもなぁ、今殺しちゃうのは面白くないから…。」
にたり と大きく笑って二グリは続けた。
「イノが殺してくださいって頼み込んで来るまで俺が追い詰めてあげる。そうすれば、望んだ死をイノにとって大好きな俺が与えられる…っ!
なんて素敵なんだろうねイノ……っ!!!」
俺は二グリの嬉しそうに喜ぶ顔は嫌いじゃない。ただ、他人を痛ぶって喜ぶ二グリの顔はどうも好きになれないな… 、だなんて思っても彼には伝わらないことで。
目の前がくらくらしてきた所で二グリはその手に込める力を緩めてきた。それと共に俺を拘束していた手は開放される。
俺は思わず咳き込み、ただ泣きながらうずくまっていた。ただ、彼はそんな俺を見てもなお容赦はしない人物だと その時の俺は分かっていなかった。
「っ"……!ごめんなさいっ、ごめんなさい…ごめんなさい…。」
「はァ。うるさいな、俺その言葉嫌いかも…ねっ!」
「あ"っ!!?」
おもむろに立ち上がり 、何をするのかとびくびくしていると二グリは俺のみぞうちに勢い良く蹴りを入れてくる。1発終われば…と思ってはいたものの、彼の暴力は終わりを告げなかった。
「い"っ、あ"っ…!や"ぁ"っ!ごめんなさい、俺が悪い"っ、からっ!!
ごめんなさい、ごめんなさい…ごめんなさい…。」
「っと、こんなもんかな?いっっぱい痣が出来ちゃうのかなぁ?可哀想だね〜!」
「ごめん…、なさい。俺が悪い…だから、もういや…。」
「これで終わると思ってるの?気絶しても俺が起こしてあげる。」
再び手をあげられそうになったが、その前に俺の体は元通りに大きくなっていた。小さな体が大きくなっても痛みは半減することなく、ただ俺の心身共に痛く蝕んでいた。
「おっきくなったら…、小さい子を痛ぶる時より手加減しなくて済むね!よかった!」
「あ、あれが手加減だって…?も、もう痛いのいや…もうやめてよ二グリぃ…。」
「っ…!
違う…俺は、僕は…、過去の僕は捨てたんだ。だから、こんな事していいわけない。また怒られちゃう…いや、いや…僕は二グリだ、そうだ…僕…は、。」
涙で視界が悪く、よく二グリの様子は見えないか、明らかに先程の威勢のいい二グリなんていなくなっている事が分かる。
地べたに這いつくばっていた体をゆっくりと起こし、ズキズキする痛みに抗いながら不思議と怯える二グリに近付く。ぺたり と呆気なく膝から崩れ落ちた二グリは、何故か涙を流していた。
「泣きたいのは俺の方なんだが…、もう、痛いのしない…?」
「…、ぁ…、ぃや。あ…、違う…お、おれ…ぼく…。」
ただ一点を見つめて目の前の俺の事なんて視界に入れない二グリ。俺はそんな様子を見るのが初めてで、何をすればいいのか分からず、ただ痛々しい腕を伸ばして二グリの頭を撫でた。
さっきとは違う、そんな彼に対して俺は憎しみの感情を抱き、ただ罵倒するのではなく、そっと隣に座る。
きっと二グリには俺より大変な過去を背負うのだろう。俺が一緒に背負ってあげるだなんて、おこがましい事なのだろうか なんてね。