堕落。¿
俺は落ちた、堕ちたのだ。
全てを壊された、だから全てを壊してやろう。
ソレが彼奴らじゃなくていい、赤の他人で良いのだから誰かにこの鬱憤を晴らそうではないか。
目を開けると頭上には鬱蒼とした黒い空。ソレが〝4人〟も浮遊している中で、俺は体を起こす。遠い記憶、外の世界を見た事のなかった幼い俺は、ここが世界の全てだと思っていた。
むくり と立ち上がり、彼奴らに目覚めの挨拶を。
「おはよう、今日もいい天気だね。
さて、今日もめいいっぱい遊ぼうか。」
彼らは会釈をしてくれたような気がした。
唯一無二の家族のような存在、愛おしくて止まない存在。人は皆彼らを疎み憎み嫌うけれども、俺は彼らが大好きだ。
さてさて、今日のお客様はいずこ?
今日の目的は「2人組」。 ここ数日連続で目的は変わらないままだが。
1人の場合は、俺が正義のヒーローになって助けてやる。ただ、2人組なら俺はそれを壊してやる。
やり方はとっても簡単。俺が誘導して2人組を分断させる。1人になった方…どちらかを選ぶかは俺の気まぐれ。
ボロ雑巾のようになった片割れを見て泣き叫ぶのを俺は上から鑑賞する。花の蜜でも吸いながら、その叫び声という素晴らしい音楽に耳を傾けながら楽しもうかな なんて。
「こんにちは、お嬢さん。そちらは危ないよ。
こっちにおいで。」
「やぁ、ごめんね。手を借りたいんだけど…あぁ、1人でいい。もう1人はここの辺りを警戒して見ていてくれない?」
「あれぇ、君の連れ。暗黒竜に襲われちゃったんだ、可哀想に。まだ息はあるようだね、連れて逃げなよ。
あぁ、そうだ。忘れてた。 その子、もう二度と飛べないかもね 。 あはっ、嘘々。冗談さ。 では、またね。」
襲われると飛べなくなるのは本当のこと。彼らに光を奪われるのだから、それ位の後遺症は持つのもね。俺には知らないこと。
それはまだいい方のケース、最悪のケースは、もう二度とその目を開かなくなること。
俺は知らないけど、いつか見てみたいな ~ ってね。
――――――
幾分か月日が経った、日付の感覚が無いのであまり分からないが。
今日も品定めの時間。ふと上の方から地上を眺めていると見た事のある背格好。
その後ろ姿が、その髪が、その瞳が。
その仕草が、その言葉が、その唇が。
愛おしくて止まなかったアイツに似ている。
全身から熱が、湧き上がるような気がした。鼓動が、早くなる。隣にいるのは誰だ。あぁ、あの時の、彼奴か。呼吸がしづらい、目の前がクラクラする。
遠く離れていてもすぐに分かる。
「デモン っ !!!」
隣に居るのを消さなきゃ、早く、彼奴がいるから。
そうだ、彼は誑かされたんだ。
悪いやつを消さなきゃ、はやく、早く。
感情の昂りが手に取って分かる。きっと俺の目は憎悪の炎で赤く染まっていることだろう。
大胆に、そして冷酷で紳士的に。空から彼らの様子を見守る。見ていただけでも吐き気を感じるが、彼奴を痛めつける絶好のチャンスだと言い聞かせて、その機会を伺う。
1人になった所を〝4人〟で襲いにかかろうね。
俺たちなら大丈夫、さて、お客様が割れたようだ。
「あは、お兄さんどこ行くの?」
「お前、どこかで見たような…。」
「俺は貴方を初めて見るような気がしますね。
ところで、お連れの方はどのような関係で?」
「お前に言う筋合いはねぇんだけど。」
「なるほどっ!では、そうですね…。
死ね。」
にっこりと優しく微笑みかけながら俺は片手を挙げる。
ほら、〝3人〟が遊びたがってるよ。
赤い色のサーチライトが彼を一心に照らしあげる。
逃げても無駄だよ、ここは物陰なんて無いのだから。
何かを喚き散らすものの、そんな下衆な声は俺の耳に届くはず無かった。
「〜〜〜〜〜〜!!!」
ちゃんと一部始終を眺めてやった。かっこいい散り具合だったよ。 誰かさん。今は…ボロ雑巾だねぇ。
本命の彼を探しに行こうと くるり と向きを変えると、駆け寄る人影が。
何か名前を叫びながら、ぼろぼろのソレを抱き抱えていた。
「"〜!!!いやだ、いやっ、っあああああぁぁぁ"""!!」
「あれ、デモンどうしたの?俺がそいつに危害加えたの嬉しくなかった?」
「っは、あはははははっ!!
どうして、どうしてお前は俺の邪魔ばっか…。」
「んーと、どういう意味…?」
( どうして君は怒っているの? )
俺が話すよりも先に、デモンは俺に襲いかかる。
手加減など知らない拳を俺は右頬にモロに食らった。ジンジンと痛む頬を抑えながら、彼の瞳を見ると案の定ぐるぐるとしているようだった。
「俺のお気に入りのデモンはどこへ行ったのさ。」
「俺はお前のものじゃない、お前が俺を捨てたんだ。」
「はあ?なんの話だよ。デモンが俺の事見捨てたくせに。」
「じゃあ、俺の事〝遊びだ〟って言ったのはどう弁明するんだよ…!!!」
「あれはね〜、あの子を宥める為に仕方なくってだな…。」
実際の所、彼は俺の遊び道具。ただの玩具のひとつに過ぎなかった。
だなんて言えば、俺の目の前から彼は消え去るのだろうか。
「俺がそんなこと言ってたとしてもさぁ、デモンはどうだ。たったり一言で?俺の元から離れてんじゃん。」
「だっ、だってあれは…っ!」
「なんだよ、言い訳言ってみなよ。」
「それは…その…。」
「わかったわかった、俺が言ってやるよ。
『俺にはイヴァンの代替品だなんていくらでもあるから、その方に移動したんだ〜』だろ?」
「違う、違うから!俺は……っ、その…。」
俺だって同じ事をしているような屑なのにも関わらず、デモンは自分の行動を後ろめたく思っているらしい。
俺がデモンにしたように、同じように俺を責めればいいのに。
ぐったりと横たわる モノ を地面に置き、ただ大粒の涙をぼとぼとと落とすデモン。ただ1つ疎みたいのは、仮面を外しているということ。
それだけその雑巾のようなモノに心酔していたのだと思うと、俺は腸が煮えくり返るような気がする。
流石にここに放置するのも悪いと思い、俺は〝紳士〟だから安置へと彼を移動させた。
殺したい気持ちは山々だが、今回ばかりは許してあげる。
「っと、で。
デモンはどうしてこんな事したのかな?」
「俺…、だって…、イヴァンがっ、!」
「俺がなんだよ。言っとくけど、俺はお前みたいに尻軽じゃないんだけどな〜。
お前みたいに、安易に心を他人に開かない。」
「何が言いたいんだよ。」
「俺はお前以外に唇奪わせた事無いんだけどな〜。
デモンはその点、誰彼構わず仮面を取っちゃうもんね。」
嗚咽混じりの声は俺にはよく届かない。何を言っているのかさっぱり ね。
さぁ、許しを乞いてよ。そして、俺だけ見てればいい。
脳内全部俺色に、寝ても覚めても夢の中でも 〝イヴァン〟の単語で脳内を埋め尽くしちゃえばいいのに。
「そうだ、今から女の子ナンパでもして目の前で口付けてあげようか。」
「いや、っ、いやだぁ!!」
「だよね、デモンのいちばん は俺だもんね。」
「うん、イヴァンがっ、いちばん 、…。」
「俺の いちばん もデモンだよ。」
「ほんと、嘘、だと、いやだ…。」
子どものように震える彼が愛おしくて。さっきまで俺以外で脳内一杯だったのが、手のひらを返して俺になる。
ちゃんと縛らなきゃ、じゃないと、俺から離れちゃう。
俺だけしか関わらない環境を作って、俺以外とは口を交えない環境を作ればいいんだ。一種の洗脳、きっと傍から離れられなくなる。
そっと抱き寄せて耳元で囁いてあげる。
「死ぬ時は一緒に死のうね。」
「うん。」
「あ、俺が殺してあげよっか。」
「うん。」
「その後、ちゃぁんと俺が追いかけるから。」
「うん。」
「俺以外と話しちゃだめだよ。」
「うん。」
「デモンのいちばんは誰?」
「イヴァン。」
一言しか発せないのか、ただ幼稚な答えが返ってくる。
デモンが俺に依存しているというより、俺がデモンに依存しているのだ。
彼の呼吸や鼓動、動き、足の先からつま先まで、その表情、その仕草、その言葉、全てを俺に見せなきゃ嫌だな。
俺はきっと、デモン以外に上辺の愛情を注ぐのだろうけど、本心の愛情は彼にだけ。
「デモン、浮気したら殺すから。」
( 俺の浮気は気の迷い、だから許してね
なんつって )