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    おーり

    ゲン/千とゲ/黒千と黒千/千、千/黒千が散らかってます。
    地雷踏み防止に冒頭にカプ名(攻のあと/)入れてます。ご注意ください。
    シリーズと一万字超えた長い物はベッターにあります。https://privatter.net/u/XmGW0hCsfzjyBU3

    ※性癖ごった煮なので、パスついてます。
    ※時々、見直して加筆訂正することがあります。
    ※地味に量が多いらしいので検索避け中。

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    おーり

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    ◆ゲン/千。付き合っている。
    ◇単行本12巻までのネタを含みます。

    ##ゲン千

    いつか大人になる君へ 造船作業は人手も根気も時間も要する。
     計算通りにいかないことなどわかっていたことだが、概ねの誤差を想定して組んでいたスケジュールの日数は天候に加えて圧倒的経験不足でその都度修正を重ねていった。 
     まさか大型帆船の造船作業をするなんて、石化復活の人間も村の人間も誰も一人……千空を除いては思っていなかっただろう。技術不足も経験不足も責めることは到底出来ないことだ。
     むしろつい最近まで敵と味方で分かれて争うおうとしていた関係だったのが、大した諍いも起こらずうまく連携していると褒めてもいいくらいだ。それでもいくら目的があるとはいえ、それが長期間になり、不意の失敗での躓きや天候不良で作業の中断が続くと徐々にやる気が失われ、精神的ストレスや意欲減退にも繋がる。その度にあれこれと知恵を絞り、癒しや娯楽を提供してきた。
    その中でも一役買って出たのはゲンである。

    「みんな大分お疲れみたいなのよ。何せこの石の世界には娯楽らしい娯楽がないからね」

     千空に提案し、物作りチームには技術の見せどころなどと言いくるめてトランプ、タロット、碁盤、チェス、ダーツなどを始め、様々なものを用意させ、群衆から不満が出る前に先に先にと手を尽くしていった。
     食事も長い航海中でも栄養は大切で美味しくて船旅を乗り越えそうな食べ物を持っていきたいと龍水を唆し、フランソワに注文させ、手に入る食材で思いつく限りの食べ物を生み出していった。司帝国との決戦で余裕のなかった頃からは到底想像出来ない。
     それを繰り返しているうちにいつのまにか科学王国は辛い作業だけではなく、楽しみもたくさんあるという考えが定着し、寒くなって造船作業が滞っても勝手にカマクラを作り鍋大会だ、雪合戦にウィンタースポーツだなどと言い出してゲンの思惑通り、自分たちで楽しみを探して行動するようになった。それは大型帆船を作り上げて渡航し、石化の謎を解いて文明を発展させれば今以上に楽しい未来が待っていると雪解け後に再開する作業へのモチベーションを格段に上昇させた。

     そんな中で群衆の度肝を抜いて、一番の驚きを与えたのはバレンタインだろう。科学の技術を知らしめたかったのか、イベントごとには興味なさそうな千空が力ずくで月桂樹からバニラエッセンスを作り、代用品でチョコを作り上げた時にはゲンは想像の斜め上をいかれて最早乾いた笑いしか出てこなかった。
     文字通り最初から最後まで千空の手作りのチョコレート(カカオ使用量ゼロだが)を毒味だと言ってゲンは食べさせられた。それは石化前に食べていた高級チョコとは比べてはいけないが決して悪くない味で食べられたことに安心していたら、千空に悪い顔でお返しは百億倍だと低い声で脅された。おかげで本命チョコをゲンに渡したかったための壮大なプランだったことを悟り、危うく大勢の視線の集まっている場所で素が出てしまいかけた。

    「何はともあれ、食は大事だな。目新しいものがあれば報告してくれ。船の長旅に持っていけるものが増やせるかもしれないからな」

     それは石化前から食事を疎かにしてカップ麺やエナジードリンクで身体を動かしていた(本人と大樹の情報による)らしい、一番食事に関心のなさそうな男からの課題だった。



     本格的に夏の日差しを感じていた日の午後に散歩と息抜きと食材探しを兼ねて、外に出ようと言い出したのはスイカだった。
     うだるような夏の暑さは外での作業には向かない。炎天下の中での仕事を避けるべく、簡易テントや日よけを作ってみたが、焼けた岩肌や土の表面を吹く風がダイレクトに熱を運んできてはたまらない。うちわや扇子、扇風機も登場してみたが日中の作業が落ちるのはどうしようもなかった。
     そこで視点を変えて、蚕の原種探しのための虫取り、海や川遊びと称して海藻や魚獲り、焼き肉のための狩り、岩石の採取に洞窟探検だのと楽しそうな理由をつけて各々楽しみながら出来る作業を行っていた。どれもこれも一見遊びのようだが航海の準備に繋がっている。

     その日もど快晴で発達した積乱雲が地上線から積み上がり、寿命最後の年を迎えた蝉が子孫繁栄のために相手を探してやかましく泣き喚いていた。
     千空はラボで一人船の設備についてアイデアを練っていたところ、ルリ、クロム、ゲンと連れ立って出かけるから一緒に来ないかと言われてスイカに誘われたのである。声をかけられ、メンバーを聞いたときにはルリとクロムのデートに自分とゲンはお邪魔だろうと思ったが、千空を呼びに来たゲンの「俺たちもデートだね」との言葉にまんまと釣られてしまった。
     ゲンにしてみれば千空に外の空気を吸わせたかっただけかもしれないが、それをデートと称されると恋愛経験の乏しい千空はこそばゆさと期待感を持ってしまう。
     熱中症対策に竹の水筒に薄い塩水と薄い麻の手ぬぐい、それから杠お作成の帽子を持って出かけた。千空は始め大人しく帽子をかぶっていたものの、髪の収まりが気になったのか毛髪量で暑苦しくなったのか、しばらくするとそのまま手ぬぐいをぐるりと頭に巻きつける格好になっていた。

     食材は意外と簡単に見つけられた。自生しているミントやローズマリー、パクチー、オオバコなど目ぼしいものを摘み取って籠に入れていく。すでに集めたことのあるものばかりで目新しさは欠片もないが、折角来たのだから手ぶらで帰るという選択肢が千空にはない。
     乱雑に入れていく様にゲンが何か言いたそうにしていたので、後で選別すると押し切った。いちいち種類ごとに分けながらなんて籠や袋をいくつ持って来ても足りない。後のことを考えれば整理しての採取も良いだろうが、分けながらの採取は炎天下の作業としては時間がかかり非合理的だ。

    「この花、醤油つけて食べると美味しいんだよ」

     スイカが何かを見つけたと、走って行って花を一輪取ってきて見せた。手のひらに乗せるには大きい黄色い花だった。はしゃぐスイカに差し出されたゲンが花を受け取る。横からゲンの手元を一瞥した千空がその正体に気付いた。

    「あー、花オクラな」
    「え? オクラなの。じゃあ花を摘んじゃったら実が出来ないんじゃない?」

     ゲンが素っ頓狂な声をあげて千空を見た。傍で聞いていたスイカが「大変なことしちゃったんだよ」とばかりに目を丸くして慌てている。そんなスイカの頭を優しく撫でてやりながらさらに千空が補足を続ける。

    「いや、これは良く似ているがオクラと別物だ。オクラは花も実も食べられるが、こっちは花だけを食べるのに特化した品種で実は食用に不向きだ。ちなみに花の大きさが二倍近くあるのがちょっとした見分け方な」

     石化前の人間なら恐れず食べていた野菜だが、ここストーンワールドにはそこまでの知識が伝わっていなかったらしい。百物語で伝えていくのにも口頭で伝えるのにも限界があったのだろう。本来は他の調味料を使って美味しくいただきたいところだが、現代と違って手に入る調味料が限られたこのストーンワールドではあるものを使って食べるしかない。
     
    「花オクラだけか? オクラの方が夏野菜としては有名なんだが」

     石化前に植えられたものが時を経ても自生しているのだとしたら、近くに畑があった可能性が高い。現に石神村の近くには大根やニンジンが自生しており、トマトやネギなども稀に食事の中に出てくることがあった。 キュウリやカボチャなど瓜系の野菜がないところを見ると世話する人間が途切れて野生化して苦くなってしまったのかもしれない。
     百夜たちの遺言でどこからか種を運んできた可能性もゼロではないが花だけを食べる品種を育てているのは合理的ではない。

    「オクラってなんだ?」
    「知らねーのか? こう、緑の鞘が天に向かってつくタイプの野菜で花がこれとよく似ているやつだ」
    「ふーん。この花と同じ植物ならあるがこういう実が育っているものは見たことないぞ」

     だとしたら、この花は村を作った初期の頃に意図的に植えられたもの……栄養が同じだとしても調理法や保存を考えるとオクラの方が使いやすいはず。なのに、わざわざ栽培するのに花を選んだってことは理由があるはずだ。観賞用にするのであればもっと他に美しい花があるはずだ。人よりも知識だけは得ていると思っていたが、今回はさっぱり目的がわからない。
     仕方ない、村で一番知識を保有している人間に訊いてみるしかない。もしかしたらこの花の謎が野菜のくだりとして百物語の中に入っているかもしれない。

    「おい、ルリ。この花、知ってるか? 出来ればこれと同じような花が咲く野菜の方が目当て何だが」
    「あら、この植物は……ちょっと千空あちらに」

     急にルリが眉を下げて話すのを躊躇ったかと思うと、千空の腕をぐいぐいと引っ張ってスイカと一緒に採取しているゲンやクロムから引き離した。

    「一体何なんだ」
     いつもの彼女からは予想できなかった行動に千空がその意味を問う。
    「ちょっと、成人してない者の前では伝えられない決まりになっておりまして」
    「……年齢に一体何の意味が」
    「その花は性交……睦みあいが関係するものでして」
    「まさかのまさかだが、性交についても百物語にあんのか」

     恐る恐る確認すると顔を赤らめたルリがこくんと小さく頷いた。

    「マジか、あの親父」

     そりゃ人前で言えないわけだ。
     確かに子孫繁栄についての知識は必要だろう。だが、そんな生物としての本能をわざわざ百物語にしてまで後世に伝える必要があるだろうか。意図的に残したということは何か考えてのことだ。もしかしたら俺へのメッセージが……いやないな。

    「百物語で教えられていることは、大事に思える相手が出来たらまず好意を告げて相手が受け入れたら、次は手に触れる。もし相手が嫌がるときには相手の意思を尊重し……」
    「そこから始まるのか。道理でクロムがピュアなお子様でいられ続けるわけだ」
     どうやや長くなりそうだと察して皮肉を挟む。
    「まだ、クロムには全部伝えていませんから。この物語を最後まで聞かされるのは成人した者のみで成人前の人間には肉体の営みまでは聞かせないこととなっています。クロムはまだですが千空は聴きますか?」

     話を折られてもルリは嫌な顔一つせず、再度千空に訊ねてきた。
     石神村の百物語は養父の百夜が考案したものだ。後世に知恵を残すために作られたものが主だが、中には俺の復活を意識して混ぜられた、メッセージもある。ところがだ、一話一話がびっくりするほど長い。以前聴かせられたときは一桁目も聞かぬうちに根を上げた。聴き語りの巫女の寿命を削っているのはこの百物語じゃなかろうかと疑うくらいには記憶と根気が必要な重労働だ。

    「男女の営みなんざ聞かなくても大丈夫だ。どうせ保健体育レベルで事は足りんだろ」
    「ほけん……たいいく?」
     キョトンとした顔でルリがじっと千空を見つめてきた。
    「ああ、石化前に大体のことは学んでるってことだ」
    「先ほどの花が性交にどう使うかも学んでるんですか?」
    「……」
     問いに返せずにいるとふわりとルリの唇が上に持ち上がった。
    「聞きますか? 千空」

     ふふっと微笑むルリは巫女の顔ではなく、知りたがる千空が内容に喰いつくことをお見通ししているかのようだった。初見では大人しいだけの女だと思っていたのになかなか強かに生きてきたらしい。肺炎を患いながらも巫女として十八年生き抜いてきた女だ、根性と気力はあるようだ。

    「あー、そうだな、別に知っておいても無駄にはならねーし、科学知識としていつか役に立つかもしれねー。ククク、わからないことがわかるなんて唆るじゃねぇか」

     自分の知らない部分をエサにして煽られてしまえば断るのは野暮だ。それにしても一体、食べれる花が性交になんの役割があるというのか。食べれば効く惚れ薬か、精神増力剤的なものか、いやこれはニンニクやスッポン、カキやアワビの方がまだ効果があるだろう。
     いくつかの予想をたてながら千空は自分の知らない新しい知識が増えることに嬉々として耳を傾けた。




    「えーっと、千空ちゃん生きてる? ちょっと格好がバイヤー過ぎんですけど」
    「あー、暑いし、気怠いし、最悪だ」
    「だろうねぇ」

     扉を開けて中を見たゲンが呆れと予想が当たったような妙な声を出した。
     床の上にだるそうに白い四肢を投げ出して転がっている千空は、熱中症に陥る前にゲンが来たことに感謝をしつつも籠った熱で言葉にする余裕がなかった。
     この時代に生きているルリやクロムと違って千空は今でこそ素材集めに翻弄していたが元々三千七百年前からあまり外出しないインドアタイプだ。体力もなければ暑さにも弱い。

     千空が張り付いている乾いた木の板を利用して作り上げられた建物の床はそこまで冷くなく、熱も放散しない。しかも高床式の倉庫はいくら屋根を厚くしたからと言っても太陽にも近く、温まった熱が上に籠ることを考えれば体温を下げるには効率が悪い。理屈はわかっていながらここで休もうした判断が悔やまれる。
    開け放たれた天文台の天窓から吹いてくる心地よい風に身を任せていた千空は登ってきたゲンにだらしなく答えたついでに面倒な仕事を割り振るのを忘れない。

    「草の匂いがきつすぎて選別が一ミリもはかどらねぇ。手伝えインチキマジシャン。テメ―なら植物にも割と詳しいだろ?」
    「あーやっぱり俺にドイヒ―作業回ってくんのね。でもまぁ今は先に冷えたお水、持って来てあげたから飲んでよ。あとこれ、塩と砂糖ね。混ぜて簡単に経口補水液作ろうって思ったんだけどさ、分量とかよくわかんないからそのまま持って来てみたよ~」

     淀みなく喋る千空に安心したのかさらに呆れたのか。
     ゲンは引き攣った笑いを浮かべながら、しゃがみこむと乾燥した木の板にへばりついて汗を吸われていた千空の額に濡れた布を置いた。それから懐から竹筒、小さな紙包みを二つ差出し、さらに「暑いね」と団扇を出して煽いでくれた。
     煽いでいるゲンの方が千空よりも着込んでいて見えている素肌が少ないのに飄々としている。メンタリストは自分の体温さえも精神的なものの考えでコントロールが出来る生き物なのか、だとしたら科学的には唆る。

     身体に籠った熱でいつもは考えもしないことにまで思考が巡る。気化熱で顔が冷えて少しずつ考えに余裕が出来始めると、最初からわかっていたようなことを言われた理由と昼間のゲンの不機嫌さが繋がった。
     起きたいと両手をばたつかせると察したゲンが背中を支えて手伝ってくれた。渡された竹筒の冷えた水が渇いた口腔内を潤していく。途中で塩と砂糖を一舐めしてまた咽喉を鳴らして水を飲む。竹筒の中身を全て飲み干すとそこでようやく射抜くような視線で自分を見ているゲンに気が付いた。

    「……まだ何か俺にあんのか?」

     メンタリストが自身の感情を隠さずここまで露わにしているのも珍しい。羽織の袖を合わせ、手を隠したまま、ゲンの口元だけが微笑む。

    「うん」

     両目を細めて顎を少しだけ上げてから、すぐにいつもの笑顔を顔に張り付けた。わかりやすく怒っていることを察しろと言うのだ。考えを逡巡させ、何が気に食わなかったのだろうかと候補を上げては消していく。そうしてようやく一つ思い当たることにたどり着く。

    「もしかして、今日ルリと二人で話してたことか?」
     恐らくこれしかないだろう、そう目星をつけてゲンの顔を伺う。
    「大当たり~。いくら俺の心が海のように広くても、いくら大事な急用でもリーム―なことはあんのよ。しかも元奥さんじゃない、俺も人並みに妬いちゃうからね」
     にこりと笑顔を浮かべ、抑揚のある話し方をしてみせるがしっかりと釘を刺してくる。わかりにくそうでわかりやすい嫉妬である。
    「三分で離婚したけどな」
    「時間が問題なんじゃないのよ、千空ちゃん。本当に、俺抜きで、二人きり、じゃないと話せない内容だったの?」

     いつもより少しだけ低い声。わざと区切って強調する話し方がゲンの怒りを伝えてくる。わずかに細めた目は冷えた視線が浴びせられている。産毛で感じるピリピリとした空気が痛い。
     これは面倒なことになった。
     話をすげ替えてもゲンには無意味だろう。嘘を話したとすぐにバレる可能性が高い。吹いて飛びそうな間に合わせの言い訳よりは正直に話せるところまでを伝えた方が得策かもしれない。賢い千空の脳が瞬時にそう判断する。

    「あー、えーっとだな、百物語について聞いてたんだ」
    「ふーん。どんな」

     言いながらゲンが千空の手をとる。穏やかな物言いで口角は上がっているが目が笑っていない。くぐもった低音の声が怖い。わざと演じていない、追い詰めるような表情と声色。目を見つめられ、見透かされているようで千空は背筋が寒くなった。触れている手は単に触りたかったのではなく、指の僅かな動き、脈、汗の出方、皮膚温……触れて得られる全てのデーターを感知しようとされている。

    「―、花オクラの食べ方とかについてだ」

     一番の目的は除いているが嘘は言っていない。メンタリスト相手に本心を隠し通せるかわからないが、これでこの場をうまく乗り切るしかない。
     言える情報を堂々とした態度で渡しておけばわざわざ答え合わせに行くような野暮なことまではしないかもしれない。そう思っていた千空は次のゲンの満面の笑みを見てしくじったことに気付く。

    「本当に……食べ方だけ?」
    「ちっ、テメ―、知っててわざとカマかけやがったな。ったくいい趣味してんな」

     だとしたら、先ほどのクロムと千空の会話に何故入ってこなかったのか。知っているのであればわざわざルリに聞かずともゲンの説明だけで済んだのに。
     もしかしなくとも試したかったのか。俺が困った時にどうするのか。誰を一番に頼ろうとするのか。気が付いていないあれこれも全部ゲンの観察対象なのだろうか。
     視線を反らせられずごくりと生唾を飲み込んだ千空にふっとゲンが表情を緩ませた。

    「俺、欲張りだから千空ちゃんの情報は全部知っておきたいの」

     千空の手を握っていた力を緩め、両手で千空の頬を挟み込む。屈託のない笑顔で千空の頬を両手で押したり、戻したりを繰り返して、一頻り満足すると千空の身体を押した。熱で疲労した肉体は元々の力のなさも手伝って容易に床の上に転がされてしまった。

    「ってー! テメ―いきなり何すんだ!」

     強かに打った後頭部が痛い。口に物が入っている状態でなくて良かった。上から覆いかぶさるようにしてゲンが見下ろしてくる。

    「メンゴメンゴー、俺ねー、本当は知ってんの。村の隠居さんがね、お茶のついでに話してくれてさ~。食べる以外の用途も千空ちゃんが知るより先に聞いてんの」
    「はぁ? 巫女以外から聞くなんてありかよ」
    「俺、メンタリストだからね。あちこち首突っ込んで仲良くなって情報聞きだすのは得意なんだよね~、だから俺に下手な嘘つくのはやめなよ」

     にこにこと屈託のない笑顔と柔らかい声。だが上からの威圧感が半端ない。垂れているゲンの髪の一房が鼻先に触れる。重力に敗けて服の裾が下がり落ちてきた瞬間、ふわりとゲンの匂いが立ち、千空の鼻をくすぐった。両腕の中に千空を納めて見下ろしてくるゲンはいつも見ることのない雄の顔をしていた。

    「ジーマーで千空ちゃんには俺を抜きにして誰かと二人きりでそういう類の話をして黙ってて欲しくないの。千空ちゃんは一ミリも気がなくても噂が立っちゃったら全体の士気にも関わるでしょ?」

     よほど誰かと二人で会話して欲しくないのだろう、二度も語気を強めて伝えられた。醜い嫉妬の言葉を淡々と紡ぎながらゲンの顔が降りてくる。左肩に顔を埋められ、首筋に息を吹きかけられる。

    「っ、ゲン! 今回は俺が悪かったからヤメロ」
    「俺はね、千空ちゃんが思ってるより、千空ちゃんのことゴイスー愛しちゃってんのよ。些細なことで嫉妬するくらいには。大事にしたいからあんまり束縛はしたくないけど……俺の気持ちもジーマーでちょっとは考えて欲しいんだよね」

     何とか言い返した言葉にも即反論される。
     ぺろりと首を舐められて、軽く歯を当てられる。低く脅すような言葉に身が縮んだ。
    全く干渉してもらえないのも刺激にはならないが、嫉妬となると恋愛脳の非合理さの中で一、二を争う面倒臭さに位置するのではなかろうか。

     ゲンに出会うまで恋愛なんてしたことないこれはどうしたものだろう。
     考えを張り巡らせる脳裏を『百物語で教えられていることは、大事に思える相手が出来たらまず好意を告げて……』ふと、ルリから聞いた百物語の一節が掠めた。大事に思える相手ってことは異性を指定されていない形式になっている。もし、この解釈が正しいのであればつまり……同性を好きになっても使えっていいということだろうか。百夜がどこまで考えてこの物語を作り上げたのかわからないが、子孫繁栄しないと百物語も紡げないだろうに。今も大切に思われている創造主様だ、どこかで誰かが百物語に後付した可能性は低い。超絶おありがてぇ考えに涙が出そうだ。

    「何言ってんだテメ―、考えてるからわざわざ暑い中根っこまで掘って帰ってきたんだろうが。誰のためだと思っていやがる」

     クククと歯を零して笑えば、ゲンの頭が重たく伸し掛かってきた。どうやら想定していなかった言葉に呆気にとられてしまったらしい。

    「あ~、もう、ゴイスー強引に出口を切り開いちゃうのね。しかもそれって俺に得しかないんですけど。やっぱり千空ちゃんに交渉させんのはリーム―。絶対自分に不利なこと選びそう」

     がばっと勢いよく顔を上げたかと思うと、深い溜息と共にゲンの身体が離れていく。
    さらに額を片手で押さえてゲンは軽くかぶりを振った。余程予想外だったらしい。してやった小気味の良さに咽喉奥で企むように笑えば、首を竦めて苦笑されてしまった。ゲンとしてはもう少し独占欲を知らしめそうと流れを持っていきたかったのだろうがそれでは俺の心身が持たない。半分だけ身体を起こして気づかれないように呼吸と声の調子を整える。
     力の緩んだゲンの胸元を銃で撃つ仕草をして見せればゲンも笑いながら撃たれた場所を手で押さえて痛がってみせた。

    「俺が苦手でも駆け引き得意なテメ―がいるだろ。何か問題あるか?」
    「その強気発言は俺への絶対的な信頼からよね」
    「そういうことだな。おら、日が暮れる前に草の仕分け作業だ」
    「はいはい、千空ちゃんが早く回復して俺にご褒美作ってくれるために地味にドイヒ―作業やらせてもらいます~」

     眉と肩を下げて蝙蝠男が背を向ける。他人を惑わす嘘つきな唇は千空の前では本音をよく語る。掴みどころのない露悪な男だが、そんな男に気を許されているというのも案外悪くない。使えるとか使いやすいという関係でなく頼りやすい。

    「―、俺の体調と機嫌が良ければコーラでも俺でも用意してやるよ。せいぜい俺がその気になるように頑張りやがれ~」

     珍しくリップサービスを付け足してやればゲンの肩が大きく上下した。あまりに大きな動作だったので手に持って運んでいた籠が手から落ちて中身が転がってしまった。
     どんな顔をしているのか見えないが大方の予想がついて千空は嬉々として笑うと、勢いよくゲンの首が回って覚えていろと言わんばかりの形相で睨み付けられてしまった。これは覚悟していた方が良さそうだ。ただ、もうしばらくはゆっくりと火照った身体と高鳴る胸を沈めるのに休んでいても罰は当たらないだろう。
     ここまで来たら腹を括るしかない。
     遅かれ早かれ喰われるのならば余裕を持って下準備して最初が最悪とならないように最高のロードマップを作ることしか出来ない。面倒だが龍水に上手く言って原油からポリウレタンを生成してコンドーム作っといてやるか。ああ、考えること、やることが多すぎる。
     ふーっと胸中の空気を入れ替えるように大きく息をつくと千空はそのまま再び床に寝転んだ。

    【END】
     オクラが好きでオクラの花も食べられると聞き、花オクラを知りました。
     園芸店で手にしたら別名トロロアオイ……通和散だったという実話です。まぐあいの秘薬は美味しくないけどおやつにもなる、紙も貼れるふのり派だったので全く気が付いておりませんでした。
     読んでくださった方が笑ってくれたらいいなと思います。

    支部にて2021年5月20日初出
    Tap to full screen .Repost is prohibited

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