現パロ
地雷がある方は読まないでください。
直哉はアタシに手を上げない。
理由はアタシがオンナだからなんだけど、だからってオンナに優しくとかフェミニストとかレディファーストとかそう言うンじゃない。単にオンナを下に見てっからだ。
オンナなんぞを殴ったら手が腐るくらい思ってっかもな。
アタシの強さは認めてて、試合形式でだったらいくらでも本気で向かってくるが、普段のくっだらね~ケンカになると…………、
「……………………」
「……………………ハァ」
出た。ため息。
こうやって、譲ってやってる、みたいな空気出してくるンだよな、マジムカつく。
『ハイハイ、オンナのワガママくらい流したるワ』
あくまで正しいのは自分。そんな感じで、わかったわかった、トージクンの好きにしたらエエよ、ソレがオキマリ。
「オレちょおアタマ冷やしてくるワ」
「あ?」
キーケースを持って玄関に向かう直哉のウシロスガタを、ポカンとクチを開けて見つめる。
自分の非を、認めた……?この我の強いガンコモノが?
例えヨソミしててヒトを轢いたって、オレの進路にいるンが悪い、とか言いそうなオトコが?
「オイ」
何企んでやがると噛み付こうとしたら、チランと冷めた目線だけコッチにやって、アタシのハナシなんてチットも聴こうとせずにそのまま出て行きやがった。
アイツのあのカオ…………。
非を認めるなんてトンデモナイ。
いつも通り、正しいのは自分だけど、譲ってやる、そう言う目だった。アタマを冷やすとか言ってたのはタダの煽りで、アレはシバラク出てやるからオマエがアタマを冷やせと、そういうイミ…………。
「………………………………」
「モノ壊すンじゃねエ〜ぞ」
ノン気に寝室から出てきた弟の甚爾が、冷凍庫からアイスを取り出して銜えながら戻って行った。
あーーー……ハハハ、アッソオ。
そーいう感じね。
だったらコッチだって出て行ってやるよ……お望みドーリ、アタマが冷えるまで。
いつになるか知んねエケドなア!
薄汚れた路地裏にボッと立ってるだけで、いくらでもコエが掛かる。アタシも甚爾もそう言う容姿をしていて、客に困ったコトはねエ。
生まれットキ、マトモな親を引けなかったアタシらは、クソみたいな親兄弟の中でもいくらかマシと思えるお互いと手を組んで生きてきた。
その内にどこからかイトコだとか言う直哉が沸いてきて、アタシらをまとめて飼うって言い出したンだ。
それまでにもチョコチョコいたオトコのヨウにアタシに惚れたってハナシにしても、弟の甚爾まで引き取るなんてミョーなハナシだと思ったが、トラブッたらボコしちまえばイイかってコトでついて行くコトにした。
アタシらの警戒をヨソに、直哉は金を惜しまず、オトコの甚爾にもオンナの甚爾、つまりアタシにもブツブツ文句を言いながらも尽くした。
金も自由もあるなら特段文句はナイモンかと思いもしたが…………ヤッパ理由がわからない厚遇ってキモチワリーだろ?
だから、ツテで回してもらったドラッグを使ってみるコトにした。自白剤のような作用があって、フツウのニンゲンなら判断力を失って何でもゲロッちまうって代物だ。
しかし直哉はクスリに耐性がありオマケに自我が強く、追加ドラッグをスピリタスで流し込んでようやく酩酊状態になり、フニャフニャ言いながらアタシらの疑問に答えた。
「倉ンッ、裏でェ~、よぉフッ、タリでケイコォ……しィよったろ…………」
「アア?」
「やっぱ倍量は飲ませすぎたか?」
「オメーが酒で流し込むから」
「ハラァ、立つねんん…………イキッたザコに…………好きヨウッ…………言われて~…………言ィ、われッパナシ、でェ…………」
もう質問してねエのに、直哉はウツロな目を片方ずつ、パチン、パチンと瞬きながら一人でブツブツとボヤき続けた。
「ツヨイヤツはァ…………エラソ、ウにしとったらエエねェん…………」
「………………………………」
「いずれオレが………………まとめてブチコロしたる」
物騒な告白を聞いて、アタシらは同時にお互いのカオを見る。テーブルに突っ伏した直哉を見て、甚爾は目を鈍く光らせキズのあるクチハシをツイと上げて悪魔みてエな笑い方をしている。
「悪ィカオ」
「アタシが?オマエのホーだろ」
「ドッチも同じさ。鏡みてエなモンだろうが」
フタリで同時に直哉に手を伸ばして、お上品なスーツをひん剥いてグニャグニャのカラダを好きホーダイ遊び倒した。直哉は入れたトコロで一回ゲロ吐いて正気に戻ったが、構わず続行。
だってツヨイヤツには権利があるって、オマエがそう言ったンだぜ。
それからは、フタリ揃って直哉のペット。オコヅカイもくれるし縛られないし、イ~イ生活だ。
でも、アイツはアタシらフタリを決して平等には扱わなかった。
オトコの甚爾にはオトコの甚爾への、オンナのアタシへはオンナのアタシへのタイドがあって、アタシは時折訪れるソレがどうしようもなくガマンならない。
トージクンはオトコなんやから、トージクンはオンナなんやから。
そんな風に言われるたんびに泥土が積り積り、コナイダみたいにイッキに爆発する。またヒス始まった、ってタイドを隠しもせず、直哉はアタシをテキトーに宥める。
肩を抱いて、髪を撫でて、キスして、でもゼッタイ自分の非を認めない。
甘やかして誤魔化そうなんてやり方、甚爾にはゼッタイしないのに。
銜えてたタバコの灰が落ちた。舌打ちしてムナモトをパッパと掃っていると、今日のエモノからコエが掛かる。
「とうこちゃん?」
「……誰?」
「アプリで見たの。キミスッゴイ美人だね。今日空いてる?」
オトコはパッと見ではアタシより若く見えた。上等なスーツに、腕時計、髪は整えられてて肌もキレイ、夜だけどヒゲもない。多分、イイ会社に勤めてて、金持ち。
アタシそーゆーオトコだ~いすき♡
「…………イーヨ♡」
「じゃあ行こっか」
自然にコシを抱かれてホテルに誘導される。品のイイ、濃すぎない香水が香る。マスマステンション上がるなア。
フイにカオを寄せられてミミモトで甘く囁かれた。
「オッパイ大きいね♡」
「……………………」
あ~~~~~……………………。
早くホテルに着かないかな………………。
部屋に入ってドアが閉まろうという瞬間、ガツンとデカイ音を立ててグンと扉が思い切り開いた。
ニヤ、ニヤと面白がってンの丸出しの悪人面。
甚爾がドアをコジ開けて、動揺してるオトコの背中を突き飛ばして部屋ン中に押し込んだ。
「何だオマエ!?」
「ショーバイすンならオレも呼べよなア……ずっと一緒にやってきたのに、ハクジョーなヤツゥ」
「ちょっととうこちゃん!!コイツ何!?」
甚爾の言うヨウに、イエを出てもマトモに働けないアタシらは、こうしてフタリ手に手をとって……………………美人局で生計を立ててきた。
オトコが狼狽してアタシのウシロに隠れようとすンのを、甚爾がクビネッコ掴んで遮る。
「いいスーツ着てんじゃないかよ。アルマーニだろ?」
「アルマーニです」
高く盛り上がった袖山はゼッタイアルマーニじゃないだろうに、甚爾に見下ろされてビビッて反論できなくなっちまったオトコは一も二もなく肯いた。
甚爾は気分ヨサソーにニヤつきながら、オトコを引っ掴んだコブシを前後に揺らす。為すすべなく揺さぶられ、オトコの喉元でボタンの食い込むギチギチという音が鳴った。
「オニーサンさア、ダメだろ~ヒトのオンナに手ェ出しちゃア……ン?」
「やっ、イヤイヤ!違うから!アッチが、アプリでっ」
「何~?言い訳?……イ~度胸してんね~?」
「ッ!」
グンと更に上に吊り上げられ、オトコのノドから潰れた悲鳴が上がる。カワイソウニね。
助けを求めてアタシに伸ばされた手を、甚爾が恋人同士のように絡めとり徐々に徐々にチカラを入れていく。
「オニーサン、ソイツコレだから、大人しく言うコト聞いたホーがまだマシだと思うヨ」
コメカミのヨコで人差し指をクルクルと、ユックリ回してやると、ヨウヤク自分の置かれた立場を理解したのかノドに食い込むシャツをユビで引っ掻き、スグに諦め、声を絞り出して懇願した。
「金……ッ、払う、払いッ、ますゥ……!!」
「オッ!ゴリッパな会社に勤めてるヤツは理解が早いねエ!サイフ出しな」
パッと手を離してオトコを床に放り出してやると、スグに懐を探って薄っぺらいサイフを取り出した。その手はブルブルと震えていて、甚爾は一度サイフを受け取り損ねて笑う。
「慰謝料とココの支払いと~、ウ~ン、現金大して持ってねエな。下ろしに行かせるか」
「イーよ、カッタリイ……」
「アッソオ。オマエ、もーイーってサ」
床にヒザを着いたオトコにサイフを投げて返すと、ヨタヨタと立ち上がり、転がるヨウにヘヤを飛び出した。甚爾はソレに目もくれず、ベッドにドサッとコシ掛け手元の万券を数えている。
「やっぱ現金の時代って終わり?オレらもキャッシュレス導入したホーがイイかね?」
「…………いくら貰った?」
「ン?あっわかんなくなっちまった。エート……」
「ソッチじゃねエ」
イラついて吐き捨てると、甚爾はさっきマデの比じゃねエくらい楽しソーに笑い、スウェットのケツポケットから二つ折りになった万券を取り出した。
「十万」
「…………………………」
金を留めてるマネークリップには見覚えがある。直哉が、アタシらにコヅカイをせびられたトキに取り出すヤツだ。
コイツは、直哉に金を貰ってアタシを連れ戻しに来たンだ。
自分で連絡もしてこねエ直哉にもハラ立つし、ホイホイ金を受け取って追加でコヅカイ稼ぎしてるコイツもマジ死ね。
オトコからせしめた金の分け前をン、とユビに挟んで寄越す。ソレをバシと奪い取り、逆の手を突き出した。
「何コレ。オテ?」
「違エよ。帰ってやるから、アイツから貰った金も半分寄越せ」
ふざけて乗せられた手を払い、イラつきながら催促する。
甚爾はキョトンとして、ソレから噴き出すと、ハラを抱えて盛大に笑い出した。
「ダーーーッハッハッハッハッハッ!!」
「チッ!何笑ってンだテメー!!」
「ヒィ、ヒィ…………だってヨォ……」
ベッドに引っくり返って、心からの笑顔でアタシを見上げる。
「ヤ~ダよ♡ 別に、見つかンなかったって言やァイーダケだモン♡」
「ハア?」
「あ~~何何?もしかして~、帰りづらいから引きずって来られたテイにしたかった?…………ゴメンネ♡」
ヒトを小馬鹿にしたニヤケヅラにグーパン叩き込む。甚爾は金を放って両手で受けた。前かがみになったアタシのガラ空きのボディにヒザを突き出す。受け止められたコブシが逃げ出せずベッドに転がって回避したら、そのままマウントをとられそうになったのでヒザを畳んでガンメンに向かって思いっきり両足を叩き込む。仰け反った拍子に掴んでいた手が外れ、ベッドから身を起こしトントンとキョリをとって正面から対峙した。
「溜まってンなア。イイぜ、相手してやるよ」
「ウザ。つかダレがテメーのオンナだって?」
「オレのとは言ってねエ」
直哉の存在を仄めかされて、イッキにアタマに血が上る。
踏み込んでアゴを狙った掌底はいなされ、マアわかっちゃいたのでそのまま絡めとられたウデのイキオイにカラダを乗せてクビにアシを掛け取り付いた。カカトでエラソーな喉仏を圧し潰すと、チットは効いたヨウでウデを離してアシの間にユビを差し込み外され、床に落下する。マタの間を潜って背後をとったが、見透かしたヨウな後ろ蹴りが入る。両手でガードしたのに弾かれて、背後のソファまで吹っ飛ばされる。
「ゲェッホ、ゲホッ!!ンのクソアマァ!!」
「~~~イッテエ!!ゼッテ折れた!!このデブ!!」
ローテーブルに乗った灰皿をぶん投げたら、シーツで受け止め投げ返される。屈んだら、デッケエモニターがイヤな音を立ててアタシの代わりに灰皿をキャッチしてくれた。
「アーア!!テレビ壊した!!」
「オメーが避けっからダロ!!」
甚爾は形ばかりのベッドサイドランプを引っ掴み、抜けたプラグを手にグルグル巻いて飛び道具にした。一発目、ランプは振り下ろされソファの背もたれにぶつかり、ランプシェードをバキバキに折って床に叩き付けられる。二発目、そのズタボロになったランプを引き上げて今度は真横に薙ぎ払う。避けたのに、折れたパーツが飛んできて目元を掠め血が滲む。マジでハラ立って、ローテーブルのアシを掴んで盾に使い、そのまま甚爾に凸って圧し潰した。
「ウ゛ッ……!!」
「オラ死ね!!死ね~~~ッ!!」
ノドモトにテーブルのカドが当たるヨウ調節したので、積極的にソコに体重を掛ける。グンと沈んだテーブルのカドが、グンニャリとノドの肉に食い込んだ。しかしモチロンそのままでは済まず、両手をテーブルのハシに引っ掛けてテーブルごと吹っ飛ばされてしまう。
テーブルのウラを蹴って着地する。そのテーブルを甚爾が更に横に蹴っ飛ばし、カベにハデにぶつかり穴が空く。
「ハーーーッ……ハーーーッ……」
「ハァ……ハァ……ハァ……」
息を整える最中、フタリが吸って吐いて、鋭く吸った瞬間、一斉に殴り掛かって今度はステゴロでの殺し合いが始まった。
ホテルの従業員がブチ破るイキオイでドアを叩くまで、カベに床にカラダをぶつけながら、お互いを殺そうという気持ちは治まらなかった。
「気は済んだかよ」
甚爾は血塗れの手で、更に血塗れのガンメンをグイと拭いエラソーに言う。アタシはソレをムシして、公園の水場でアタマっから水を被った。顔中に出来たキズに水が沁みて痛い。やっぱコイツ殺すわ……。
「アイツがオンナ舐めてンのなんて、今に始まったコトじゃねエ~だろ~が。イチイチ突っかかってンなよ、めんどくせエ」
「説教かよ、ウッゼーな……」
「アイダに入るオレの身にもなれ」
「誰が頼んだよンなモン……」
甚爾はザートラシイ〜ため息を吐いて、蛇口を捻って水を止めると、アタマからポタポタ水滴を垂らし俯くアタシの傍にしゃがんで、ガキに言い聞かせるヨウに続ける。
「オンナなんてナンボでも替えが効くって思ってるヤツだぜ?ヒスッた時点で切られるトコロをよオ、そうされないのはオメーが特別なんだって、わかってンだろ」
「………………………………」
「アイツがオンナに手ェ上げない代わりに、オレがいくらでも殴ってやるよ」
「………………だァら、頼んでねっつの…………」
立ち上がり、目も合わせずに公園を後にする。気を使ってンのか何なのか、甚爾はスグには着いて来なかった。
タクシーを拾って、直哉のマンションに向かう。
運転手は最初、アタシの風体を見てカオを顰めたが、行先を告げると黙って車を発進させた。ポケットん中で、甚爾から受け取った金を握る。コブシが擦り剥けてるから、チカラを入れると皮が引き攣って痛エ。
何もかんも、アイツのせーだ。
「あ~~~~………………」
勝手に流れてくる感情が、アタシとアイツらの差なのかよ。アタシばっか、甚爾ばっか、アタシばっか、甚爾ばっか。じゃあどーすりゃいンだよ。
期待されないのって、ラクだけどシンドイ。
ずっとそうだったのに、何を今更。
タクシーがマンション前に着いたトキ、金持ってないから待っててって言ったら、運転手は慣れたカンジででもイヤソーに、早くして下さいねと言った。
アタシはエントランスに入りインターフォンにルームナンバーを入力する。シバラクして、プツとノイズが聞こえて向こうが応じたのがわかった。
『…………』
「…………アタシ」
『トージクン』
「タクシー、待たせてっから、」
アタシがぼそぼそとそう言うと、直哉は無言で切った。
多分、降りてくると思う。
本当は金持ってるし、別に、テメーで払えるケド、モシ、来なかったら…………、グジグジと、考えて、イヤんなって、やっぱり自分で払ってバックレようと外に向かった。
「オイ!」
広いけど天井の低いエントランスに怒声と言っても差し支えないヨウな大声が響く。チラッと目線だけ向けると、直哉がマユを吊り上げてアタシを睨んでいる。
直哉は休みだったのか、品のある薄手のニットに部屋着の緩めのパンツ、アシモトは甚爾のツッカケだった。
「ドコ行くん」
「…………タクシー、」
「金ないンやろ、ホラ」
直哉はビラリと万券を三枚、差し出す。無言で受け取らないでいると、催促するみたいに札を上下に一回振った。それでも動かなかったら、ため息を吐いて、アタシの手を取る。受け取るモンかとギュウとコブシにチカラを入れたら、その上から軽く握られて手を引かれる。
直哉はタクシーのマドをコッコッ!と叩き、料金も聞かずにマド越しにさっきの万券を運転手に渡した。
高級マンション住まいの金持ちに転がり込んでくるワケアリオンナに慣れてる運転手は、ヨケーなコトは言わず、ありがとうございました、と言って車を出した。
直哉は特に何の感慨もなさそうにサッサと踵を返し、エントランスを抜けエレベーターに乗り込む。アタシもソレに引っ張って行かれる。
ココでカギを忘れてくるヨウな可愛げがコイツにあれば、アタシだってさア…………。
「トリエのカオがダイナシやん」
急に話しかけられて、フイとカオを逸らす。シマッタと思いながらもシカトを貫くが、直哉はオカマイナシにコチラに手を伸ばす。繋いでるのとは逆の手でアタシのアゴを掴み自分のホーへ向けさせて、ジロジロと検分した。
今度は目を逸らさずに正面から見上げる。
キズヒトツないカオ。
ココでアタシが突然殴りかかっても、コイツは同じように殴っては来ないだろう。きっとソレが甚爾だったら、間髪入れず殴り返して、蹴りを入れて、エレベーターが非常停止しても構わず、そんで最後には楽しそうにニヤリと笑って終わるに違いない。
アタシとのケンカは、そんな風に終わりがないから、いつもいつもウンザリしたタイドでいなしてナアナアにする。アタシがオンナだから。甚爾がオトコだから。
「まァだ下らんコト考えとる」
「ルセーな……」
「トージクンとケンカしたん?」
ウラヤマシソーな目をするな!!
「そーだヨ。アイツの“トリエのカオ”もダイナシにしてやったぜ、ザマーミロ」
ベエと舌を出すと、切れたクチハシが痛んだ。血が固まってたのが引っ張られて、また滲みだしたケハイがする。
直哉はフッとハナで笑い、アタシの舌をユビでつついた。
「オトコのカオなんてどーでもエエワ」
下にユビを圧し引いてピンと弾かれ、人差し指がクチビルに乗る。そのまま目線がクチビルを辿って、ツイと切りキズに触れた。
「痛ッテェーな……」
「残らんやろなア……」
直哉はアタシのコトなんか気にせずに一通りカオをチェックすると、最後に前髪をスイと避けて真っ直ぐに目を合わせ、手を下した。
チョードエレベーターが居住階に到着し、黙って降りるよう引かれ歩く。可愛げのない開錠で部屋に入る。
久しぶりに戻った部屋は、出ていく前と何ヒトツ変わっていない。アタシがいなくても、直哉は働き甚爾はプラプラしてコヅカイをネダリ、メシを食ってフロに入り夜は一緒のベッドで眠るのを繰り返していただろう。そう思うと変わらない部屋の様子がイッキに憎たらしく思え、いつの間にかコブシを解かれ握られていた直哉の手を雑に払った。
すると即座に手を取られ、驚いてる間にリビングのソファに着席させられた。まるで優雅にダンスでオンナをエスコートするみたいな足捌きで運ばれて、一瞬離れて、消毒液とバンソコーを何枚か持って直哉は戻ってきた。バラバラとテーブルにバンソコーを放り、ティッシュに消毒液を出して、手を取りコブシの擦りキズを叩く。
「イタイ」
「ハイハイ」
「ホントにイタイ」
見たコトもないクリームタイプのキズグスリのチューブには、“キズアトが残らない”ってデカデカと書いてあってウンザリする。
「モーイイ」
「アカン。大人しくしとき」
「……………………アタシがオンナだからかよ」
「当たり前やろ」
バシッと手を取り上げて、直哉を睨む。
オキマリの、始まった、ってカオでフンとハナを鳴らし、直哉はアタシの言葉を待った。
「アイツとアタシを区別すんな」
「区別て。するに決まっとるやん……キミらオトコとオンナなんやから」
「オトコかオンナかがそんなに重要かよ。何でアタシばっか、つかアイツばっか…………エコヒーキだ」
「ハア?ガキか…………」
ヤレヤレと片マユを上げてアタマを掻き、またハナを鳴らす。あからさまにメンドクサ、と言うタイドでアタシに向き直り、肩をテノヒラで撫でて言い聞かせるヨウにヒタイをくっ付ける。
「オトコはオトコ扱い、オンナはオンナ扱いするンなんか、当たり前やん?何がそないに気に入らんの」
全くわからんと、不思議そうにヒトミを覗き込まれ問われる。この男尊女卑ヤロー…………ンでわかんねエ~ンだっつの。
「……………………スグメンドクサソーにするし」
「ソレはァ~、ウン。マア…………」
直哉はサスガに心当たりはあるヨウで、珍しく言い淀んだ。ジト~と見ていると、ハットとして取り繕う。
「でも正味、アッチのトージクンも同じくらいメンドクサイと思うとるで」
「でも、アイツとはケンカになんのに、アタシのコトはマトモに相手しないしィ」
「アア?何言うてんの?譲ってやっとるンやんか」
「ンで上から目線何だヨ!そーゆーのがムカつくンだっつーの!!」
「アア……ハイハイ……」
ゴツッ!と突き合せたヒタイをぶつけると、直哉はソファにひっくり返って悶絶してる。
「こンのイシアタマ……ッ!!」
「やっぱ出てく」
「マテマテマテ!!さっきっから聞いとればイミワカランコトばっか言いおって、何が気に入らんのか、オレにはサッパ理解出来ん!!甘やかされるンがそないにアカンのか?」
「甘やかすゥ?」
まだヒタイを押さえているが、直哉はエラソーにソファでヒジつきながら片ヒザ立てて、全く悪びれない。
「オンナだのオトコだの、マア、ソレもあるケド…………トージクンだけやん、オレがこない尽くしてやってンの」
「………………………………」
「オンナで、トージクンやから、トクベツ扱いしてンの。アカン?」
ゼッタイウソ。
だって、アタシと甚爾がケンカんなると、イッツモアタシに譲ってやれって、甚爾に言うじゃん。そんで、甚爾のコト後で褒めるじゃん。
アタシのコト、オンナだからナメてっからそーゆーコトするンだろ。
「………………そーやって言えばオンナはみィんな言うコト聞くモンな」
「ドアホッ!!エエ加減にせエよ!」
「アダッ!!」
起き上がった直哉にゲンコ落とされた。
甚爾にブン投げられてぶつけたトキに出来たタンコブの真上を殴られて今度はアタシが悶絶する。
「~~~~ッ!!ッ!!ぁにしやがる!!」
「何でオレがソコらのツマランオンナ風情のゴキゲンとりすんねん!!」
「………………………………」
「自分だけや言うとる」
直哉はアタシのウデを引いて、自分で殴ったアタシのアタマのテッペンをスリスリ撫でた。チョードコブの上をユビのハラが通り過ぎると、アオアザをつつかれたみたいに鈍い痛みがある。アタシのカオを見て、直哉はコブを避けて髪を梳く。
「アーア、髪バサバサ」
「るせーな」
「ドコおったん?何か臭ない?」
「コーエン」
「フロ入ってこい」
バシンと強かにはたかれ、タンコブを押さえて直哉のデコルテに抗議の頭突きをする。直哉は鎖骨が折れると大騒ぎしてアタシのカオを両側から挟んで止めてキスをした。
「………………ンでキスすンだよ……アタシまだ怒ってっから」
「サヨウでございますか~」
ナメてるクソヤローに飛び掛かって、オトコのクセにパンと張ったオッパイの上にカオを伏せる。直哉はアタシの後頭部を撫でて、たまにタンコブをつつく。
コイツは譲ってやってるって言うケド、こーやってアタシが誤魔化されてやってるってのが正しい。
多分その内また、アタシはガマン出来なくなってイエを飛び出すンだと思う。そんで直哉が甚爾を迎えに寄越して、ハデにケンカして、イエに帰らされて誤魔化されて…………。
アタシら三人、ずうっとコレの繰り返しなんだろーな。
直哉のオッパイを揉んでたら、リビングのドアが開いて甚爾がノッソリ現れる。ショボくれたカオをしてるから、パチンコか麻雀か何かはわかんねエケド多分負けたんだな。
「何?オマエ結局戻って来てンじゃん笑」
「ッせエな」
「オレ殴られ損かよ…………なー、オレも」
甚爾が直哉にバンソコーを差し出す。直哉が受け取ろうとして手を伸ばしたので、ソレを引っ掴んでアタマの上に戻した。
「ダメ」
「ハア……?…………シャーナイな」
「オイ」
「トージクン、そんくらい自分で出来るやろ?てかオンナやないんやし、そんままでエエんちゃう」
「なア、アタマカユイ。フロ入れて」
「ホンマのガキやん」
直哉はアタシを抱えたままソファから起き上がって、オモイ、オモイ文句言いながらそのままフロ場へ行く。直哉に抱き着いて、ソファの前でボーゼンとしてる甚爾に向かってファックサインして舌を出す。ザマーミロ。
そして久しぶりに直哉にタップリハメてからフロを出たら、部屋の中がメチャクチャに荒らされていて、甚爾は出て行った後だった。
「アタシには壊すなっつったクセに」
「あのアホ!サイフごと持って行きよった!クソッ」
「オイ、まさか迎えに行く気じゃねエーだろーな」
直哉はキーケースをケツポケに入れて、スマホを手に取った。
「アタシのトキは、アイツに行かせたのに」
「イヤシャーナイやん。サイフに免許入ってンモン。売られたら手間やし」
「………………………………」
「………………キミらフタリトモ、同しくらいメンドクサイで」
アタシら三人、ホントに、ずう~~~っと、コレの繰り返しなんだろーな。