いつのことか思い出せないが、俺は遊郭の庭の茂みで生まれた――と母から聞いた。
名を呼ばれれば「にゃあ」と愛想良く答え、身体を撫でさせてやる母を、人間たちは「おとら」と呼んで可愛がった。艶のある美しい虎毛が名の由来なのだと、私たちの毛繕いをしながら母は誇らしげに教えてくれた。身嗜みは大切なのだと。
そんな人慣れした母も、俺たちに乳を含ませている時だけは近づく人間に毛を逆立てて牙をむく。俺たちを抱えこむ前脚にギッと力がこもり、指先から鋭い爪の先がのぞいていた。
母の爪が閃く前に「今は気が立ってるからやめな」「乳をやってるとこへちょっかいだすんじゃないよ」などと、もののわかる人間が口をだして、母の手は元のふくふくとした柔らかな手に戻るのだ。俺は――他の兄弟姉妹も――この手にしがみついてじゃれるのが好きだった。
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