お餅いくつにする? ふあぁ、と眠たげに目を擦りながら、猿川慧はダイニングに現れた。気の抜けた表情やもったりとした寝起きの雰囲気に反して、髪はきちんとセットされている。そのギャップがなんだかおかしくて、依央利はふっとこっそり笑った。
「おそよう、猿ちゃん」
正確には一度顔を合わせているのだが、お雑煮を温めなおしながらわざと依央利はそう言った。慧はうん、とぼんやり返す。
「お餅いくつにする?」
「ひとつ」
「えー? 少なすぎない?」
「うるっせぇ。食欲ねーよ、寝起きで……」
またひとつ、大きなあくび。
「昨日はずいぶん遅くまで起きてたもんね」
歌うように含みを持たせてそう言うと、慧はずかずかと歩いてきて依央利の尻を蹴った。
「痛ぁ!」
「誰のせいだっつーの」
チッ、と舌打ちする慧の背中を見送って、依央利はそっと首輪の下に残るキスマークに触れた。チチチッとガスコンロに火をつけて、依央利は餅を焼く。焼き目がついてふくふくと膨張し、やわらかくなったら鍋に放り込む。慧はどろどろしたものがあまり好きではないので、ねばつかない程度にふやかして。
「はーい、お待たせ」
ことん、と置かれたお椀を覗いて、慧はお前、と声を上げた。
「餅三つも入ってんじゃねえか!」
「まあまあ」
五段に連なる手製のおせちを分解しながら依央利はにっこりと笑って、耳元に唇を寄せる。
「だって、今日も頑張ってもらわなきゃだし」
少し間が空いて、ぺしりと慧の指が依央利の額を叩く。
「……おっさんかおめえは」
「おっさん言うな。もう、ちょっとはドキドキしてくれても良くない?」
「朝からそのノリやめろ。キツいんだよ」
「えぇ〜……」
わざと唇を尖らせながら台所に戻ろうとして、依央利は気が付いた。慧の耳が赤く染まっていることに。唇の端を弛ませながら、依央利は向かい側の席につく。
「あけましておめでとう、猿ちゃん」
「あけおめ。……何、その笑顔。怖えんだけど」
「ううん? あけましておめでとう」
「なんで二回言ったんだよ」
「お餅まだあるからね?」
「いらねえよ! つかおせちもまだこんな残ってんじゃねえか!」
「おせちはあと二箱あります」
「お前はどこに向かってんだよ……」
文句を言いながらもはふはふとお雑煮を啜る慧を、依央利は満たされた気持ちで眺めた。今年も猿ちゃんと居られますように、と願いながら。