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    ひより

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    ひより

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    八エイ短編。
    クラインスター後日談(一部ネタバレあり)。
    エイトと八雲が一緒に朝食を作って食べる話。

    家庭の味を エイトは困っていた。

     と、言っても別に深刻な事柄によるものではない。「んー、どうしたもんかなー」なんて軽い調子の台詞を頭の中に巡らす程度のことだ。
     だが、その困惑の原因をすぐに取り除いてあげたいと考えるエイトは、何か解決策はないものかと思案していた。

     事の発端は、晴れた空の下、エスター邸の広い庭園のテーブルセットにて、エイトの為にせっせとお茶と手作りの茶菓子を用意してくれた八雲と一緒にお茶の時間を楽しんでいた時のことだ。
     そこで八雲がおずおずと切り出した話をエイトは手にしていたティーカップをソーサーに戻して聞き入った。

     遠慮がちに少したどたどしく伝えられる八雲の話のエイトなりに整理したところ、どうやら彼は先日贈られた宝石キャンディーの作り方を教えてほしいというお願いをエイトがすげなく断わったときのことをいたく気にしているようだった。

     とは言っても、宝石キャンディーのレシピのことはその場で納得し、誕生日パーティーに手作りカップケーキの製作に携わったことで贈り物をしたいという欲求も満たすことができていたので、正確には断られたことやエイトの宝石キャンディーを作れなかったこと自体を気にし続けているのではない。

     ただ、エイトの誕生日パーティーから数日経ってから、ふと八雲がその時のことを思い出したとき、宝石キャンディーは駄目でも、何か別の『エイトが元いた世界の料理』を作ってあげられないだろうか、という気持ちに駆られたのだという。

     エイトはいつも八雲が作る料理やお菓子をすべて喜んで食べている。

     だが、八雲はエイトから以前聞いたあることが気になっていた。それはこの世界の食材や調味料、そして料理やお菓子は、エイトの元いた世界のものとは完全には一致していないということだ。
     エイトからの贈り物である不思議な食感のキャンディーのことと一緒にそのことが頭に浮かんだ八雲は、もしかしてエイトが元いた世界の料理やお菓子を恋しく思うことがあるのではないかと思い至った。そうして、もしそうなのであれば、自分がその思いを叶える手助けをできないだろうかと思ったのだという。

     そんな八雲の気持ちを聞いて、エイトは前述したように少しだけ困って苦笑したのだった。

     確かに元の世界で慣れ親しんだ料理で食べたいものはいくつかある。だが、それほど料理が得意ではないエイトにとってそれらの料理の作り方を再現できるほど事細かに八雲に伝えることは至難の業に思えた。
     とはいえ、八雲の願いを無碍にしたくはなかった。八雲がエイトの為にと張り切ってくれることは嬉しかったし、単純に元の世界の料理を食べたいという気持ちもある。

     少し悩んだ後、あ、と思いついた料理名をエイトは八雲に告げた。

    「じゃあ玉子焼きがいい」

     甘じょっぱく味付けをしてくるくると巻いてある、お弁当によく入っていたり、朝食のおかずとして並んだりするようなごくごく普通の玉子焼きをエイトは思い浮かべる。

     元の世界では学校の家庭科の調理実習で初級難易度の課題に選ばれることもあるくらいにレシピが単純で、エイト自身も何度か作ったことがある。ただし、この異世界の一般的なキッチンにあるコンロで、玉子料理の勘どころである絶妙な火加減をまだ操ることができないエイトにとってはかなり難易度の高い料理だった。

    「『玉子焼き』ですか?」

    「そうそう。作り方は難しくはないんだ。卵をといて、調味料と混ぜて、それから……」

     といった具合に、エイトは思いついたその希望を八雲に伝え、玉子焼きを知らない彼に再現してもらうべく作り方を説明していく。やはり作り方はそう難しくない料理、いくつかの質問はあったものの、エイトの口頭での説明のみで八雲はそれがどんな料理かを心得てくれた。

     その流れで近い内に朝食に作ってもらう約束になり、いつがいい?他のおかずはどうする?主食は?役割分担は?などと八雲と楽しく相談していたエイトだったが、そんな中唐突にあることを思いつき、思いついた楽しい気持ちのまま、勢いに任せてそのあることを八雲に提案したのだった。

    *** 

     数日後、エイトと八雲はエスター邸の料理人にお願いして必要なスペースだけ空けてもらった調理場の一画にて、材料と調理器具、食器を広げて調理を開始した。

     八雲は先日にエイトが説明した通りに、ボウルで卵と調味料を混ぜ、程よく熱したフライパンに卵液の一部を流し込み、火が通ったら巻く、という手順で玉子焼きを成形していく。初めて作っているとは思えないくらい器用に箸で玉子を危なげなく巻いていく姿に、ほう、と八雲の様子を背後から見守っていたエイトの口から感嘆のため息が漏れた。
     そこでエイトはすぐさま、さすが八雲、と声をかけようかと思ったのだが、フライパンとその上で出来上がっていく玉子焼きを見つめる八雲の真剣な眼差しに、余計な声をかけることは憚られ、せめて邪魔にならないようにとその場からそっと離れた。

     そうして、もう玉子焼きは八雲一人に任せて大丈夫だろうと考えたエイトはその他のメニューの準備に取り掛かることにした。

     まずエイトは料理人に分けてもらった本日の朝食用のサラダとボイルした腸詰めを大きめの皿に並べはじめた。なんとなく元の世界のSNSに多く投稿される食事の写真を意識しながら、なるべく見栄えが良くなるように心掛けてみる。
     納得のいく盛り付けになったところで、次は主食の準備だ。
     手に塩と水をつけて硬めに炊いたご飯をふんわりと三角形に握っていく。ご飯の熱さにちょっとだけ顔を顰めながらエイトが握るのは具なしの塩むすびだ。食べたいおにぎりの具はいくつか思いつくのだが、今日は他のおかずの邪魔をしない一番シンプルなこのおにぎりにした。
     手早く握ったおにぎりを皿にのせて、エイトの作業は完了だ。

     さて、昨日エイトがした八雲に提案したあることとは、作った朝食を八雲と二人で庭園のテーブルセットで食べることだった。ここ最近は天気も良いし、二人だけ屋敷の皆とは別のメニューの朝食になるため、いつものラウンジではないところで食事をする方が良さそうだと思ったのだ。

     更に庭園に二人分の食事を運ぶにあたり、屋敷のメイドさんに給仕の手伝いをしてもらわなくても良いように、朝食のメニューは大きめの一枚の皿に料理を盛り付けるワンプレートごはん風にすることにした。
     エイトがおにぎりを朝食の主食に選んだのはそのように決まった朝食のメニューにふさわしい気がしたからだった。もちろん普通に皿の上にご飯を盛り付けても良かったのだが、ワンプレートごはん、と考えたときになんとなくおにぎりの方が良いな、と思い実行してみたのだった。

     さて、エイトの作業が終わったからと八雲の様子を窺ってみるとちょうど焼き終わった玉子焼きをフライパンからまな板の上に移し切り分けているところだった。

     そうして八雲の手によって食べやすいサイズに切り分けられた玉子焼きを他のメニューと同様に皿の上に盛り付けたら、エイトと八雲のワンプレートごはん風朝ごはんの完成だ。

     わくわくとした気持ちを抑えながら使用した調理器具をさっと片付けたあと、出来上がった朝食を持って二人は庭園へと向かった。

    ***

    「いただきます!」

     期待に胸を膨らませながら元気よく挨拶をしたエイトは真っ先に八雲特製の玉子焼きに箸を伸ばした。一切れを頬張ると、優しい味が口いっぱいに広がっていく。エイトがその味に顔を綻ばせると、エイトの様子を見守っていた八雲が口を開いた。

    「どうですか、エイトさん?教えてくださったのと同じ味になっていますか?」

    「すごく美味しいよ。同じではないけど、八雲の味って感じがして、俺の好きな味だ」

     エイトの思う玉子焼きの大体の味のイメージは伝えたが、こちらにはない出汁や調味料での味付け、それも料理を作る当人が食べたことのない味を言葉での説明だけで作ってもらったのだ、当然記憶と同じ味にはならない。それでも、このふんわりと丁寧に巻かれた玉子焼きは、リクエスト通り甘さとしょっぱさがあって、その上食べる人を思いやる優しい味、いつもエイトが美味しいと大絶賛する八雲の作る料理の味がした。

     エイトは八雲の料理の味が好きだ。八雲が真剣に料理する姿をいつも見ているし、一口口に含むたびに食べる人に対する八雲の優しい想いが伝わってくるから。そして、八雲がきっと養父母にそんな家庭の味が並んだ食卓で育てられたんだろうということが伝わってくるから。そういう親から子への繋がりはエイトには縁遠いものであったが、八雲の食事を食べ、その味に馴染んでいくうちに、エイトも八雲たち家族の絆に加えてもらえたような幸せな気持ちになっていくのが殊更好きだった。

     そんな、慣れ親しみつつある八雲の味付けの玉子焼きをエイトは当然のように気に入ったのだった。

    「この味でまた食べたいよ。八雲さえ良かったらまた作ってほしい」

    「もちろんです!」

     エイトの心からの要望に八雲はとても嬉しそうに笑った。

    「僕もエイトさんの握ったおにぎりをいただきますね」

     エイトから玉子焼きの感想を聞くまでそわそわとエイトを見つめていて、自身の食事にまだ手を付けていなかった八雲が、皿の上の塩むすびを手に取って口に運ぶ。小さめのひと口を咀嚼して飲み込むと、ぱあっと、背後で花が舞い散っている光景を錯覚しそうになるほどの喜びの表情を見せた。

    「エイトさんのおにぎり、美味しいです!塩加減もちょうど良くって、こんなに美味しいおにぎりが食べられて、僕、幸せです……!」

    「そんな大袈裟な。……えっと、あー、おにぎりは塩の量さえ失敗しなければ、誰が作ってもまあまあ食べられると思うけどなぁ……」

     絶賛する八雲にエイトは顔がほんのり熱くなっていくような気配を感じた。そのせいか言葉尻はだんだん小さくなり、言い切るか言い切らないかのうちに視線を八雲のいい笑顔から外して、自身の握ったおにぎりに口をつけることで気を逸らそうと試みてしまう。
     料理上手な八雲に褒められて悪い気はしない。が、八雲のように皆に振舞えるほどちゃんとした料理を作った訳でもない。

     そうして思わず照れてしまった気持ちと一緒に飲み込んだ塩むすびはエイトが狙った通りの塩味がしていた。
     我ながら上出来だ、と心の中で自画自賛したのは、決して八雲の褒め言葉を意識しすぎないためではない。……多分。

    「ふふふ」

     エイトのその様子に何を思ったか、八雲は口には出さずにやわらかく笑った。言われなくてもなんとなくその意図を理解してしまったエイトはバツが悪そうについ無言で食事を進めてしまい、気付いたときには皿の上の料理をほぼ食べ終わってしまっていた。

     エイトはそこでやっと観念したように息をついて、八雲に向き直った。

    「八雲。ありがとうな。玉子焼き、作ってくれて。……それと、俺のおにぎりを美味しいって言ってくれて」

     それを聞いて八雲は更に笑みを深める。

    「はい。こちらこそエイトさんの元いた世界の料理を教えてくださって、ありがとうございました。その上エイトさんの手作りのおにぎりを一緒に食べることができて、本当に嬉しかったです」

     二人でお礼を言い合い、微笑み合ってから、エイトは最後に食べるようにとっておいた玉子焼きの最後の一切れを口に運んだ。

     八雲特製の異世界玉子焼きは、最後の一口も当然美味しく、その優しい味でエイトのお腹と心両方を満たしていったのだった。
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