虎於と悠が次の収録まで時間が空くからと徒歩で事務所へ向かっていた最中、悠の気まぐれで普段は通らない道を歩いていたところで二人は見慣れない公園を見つけた。
「こんなところに公園あったんだな」
「懐かしい、小さい頃はよく友達と遊んだっけ…虎於?」
「…ああ、いや。なんでもない」
「もしかして公園で遊んだことない?」
「無くはないんだが、遊具は使ったことがないな。……危険だからと言われなくなる頃には遊ぶような歳でもなくなっていたから、小休憩としてベンチに座る程度だった」
懐かしむように寂れたベンチを眺める横顔はどこか寂しそうで、悠は静寂を破るように口を開いた。
「別に、公園で遊ぶのに歳なんか関係ないだろ。なんならオレなんか今でもたまに四葉が遊びたいって言うから付き合ってやってるし」
「四葉と?」
虎於は驚いたように目を丸くする。悠と四葉は別グループに所属しているアイドル同士ではあるが、プライベートではクラスメイトでもありそれなりの付き合いがある。とはいえ悠を初めとしたŹOOĻのメンバーはどちらかといえば人見知りであったり、他人に気を許すことがあまりないものだから意外だったのだろう。
「ああ!どっちが遠くまで漕げるか競争とか言ってさ、気合い入れすぎて靴片っぽ飛ばして…抱かれたい男とか言われてるけどアイツもまだまだガキだよな──って、そうじゃなくて!虎於も気になるんだったら、今からでも全然遅くないし、恥ずかしいんならオレだって一緒に遊んでやるし、多分トウマと巳波だって」
「──はは…そうか、」
悠が不器用なりに虎於に対して気を遣い、言葉を選びながら話してくれていることが伝わったようで虎於は思わず笑みを零す。そうして公園の敷地内に足を踏み入れ、ブランコの鎖に手をかける。四葉がそれだけ無茶をしても壊れなかったのなら大丈夫だと判断したらしいが、いざ触れてみるとやや錆びついて変色しているブランコは頼りなさげで虎於は眉を顰める。
「これ……壊れないか?」
「大丈夫だろ、多分……」
あんまりヤバそうなら止めてやるから、という悠が座面を手のひらで叩きながら虎於を急かすと、勧められるがままに虎於はブランコに腰を下ろす。やはりガタイのいい成人男性が窮屈そうにしながらブランコに収まる姿は傍から見ると不思議な光景であり、そういえば四葉っていつも立ち漕ぎだったなと気づいた。しかしただでさえ遊具に不慣れである虎於に対していきなり立ち漕ぎを勧めるのは躊躇われたので悠はそれに関しては敢えて閉口しておくことにした。
「…どうすればいいんだ?」
「漕いでみて」
「こぐ…?」
「見たことない?足をこう…前と後ろに動かす感じで…空気を蹴る?みたいな」
「なんとなく…」
まだ不安げではあったが多少はフィーリングで理解できたらしい虎於が勢いを付けるために地面を蹴る。
ぎこちない仕草で、長い足が地面についてしまわないよう慎重に、ゆっくりとブランコを漕いでいく。
虎於の背丈と足の長さではそもそも漕ぐのが難しかったか、と同年代の中では特段背が高い部類ではない悠はブランコの長さを調整してやるべきかと一瞬思ったが、虎於本人が不満を漏らすでもなく真剣な様子である中で水を差すのも野暮だろうと大人しく見守っておくことにする。
最初はブランコの動きと虎於の戸惑うような足の動きが連動して悪戦苦闘していたもののいたものの、数分もすれば慣れたのか段々と上手く漕げるようになってきて、楽しそうに景色を眺めていた。
「どう?」
「意外と悪くない、な…油断をすると足が付きそうだが……」
「虎於は足長いもんな、背もオレより全然高いし」
一回、二回、少しずつ。地面に触れて減速してしまわないように。そうやって漕いでいくうちに、景色の流れが、視界に飛び込む情報の量が増えていく。
──キィキィと軋む鎖の音を聞きながら、虎於は幼少期に一度だけクラスメイトにブランコで遊ばないかと誘われたが、そういった遊具は危険だから決して遊ばないようにと家族から言われていたため断ってしまったこと、その後断られたクラスメイトがブランコで遊ぶ姿を見て、寂しいと感じたことを思い出していた。
現在の自分がブランコを漕いだところで過去の自分の寂しさを埋められるわけではないけれど。そうか、自分は今こうして、自分の意思で世界を広げることができるのだと再認識することができて、虎於は無性に嬉しくなった。
「すごいな、悠。たったこれだけの単純な動きで、こんなにも景色が変わって見えるなんて」
「そう、だな…」
ブランコの動きにつられて揺れる虎於の髪が夕陽に照らされて煌めいて見える。子供のように無邪気な声色、楽しそうな笑顔。自分だって幼少期に苦い思い出はあるが、ブランコ一つでここまで嬉しそうにするなんて、と虎於の境遇を思うと、悠の目頭がじわりと熱くなっていく。それを誤魔化すように虎於の背に両手を触れさせた。
「まだまだこんなもんじゃないぜ、ほら!」
とん、と背中を押してやるとブランコの勢いが増し驚いた虎於からうわぁ、と声が上がる。
「しっかり掴まってろよ!」
悠の言葉を素直に受け取り、鎖を握る手に力が込められたのを確認すると再度虎於の背中を押してやる。夕陽の方向へ、ブランコが大きく振れる。誰もいない公園で二人きり、ブランコに夢中になりながら二人は無邪気に笑っていた。
──また今度、日を改めて四人でこの公園へ来よう。子供みたいだとか、かっこ悪いだとか、そんなのどうでもいいじゃないか。四人でならきっとどんなことだってできるし、どこへだって行けるのだから。