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    megusurinometa

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    megusurinometa

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    【SS】ファンフアンと心猿口調把握のための掌編。モブ視点です。

     状況を整理しよう。
     今ここには男が一人に死体が一つ。死体というのは俺のこと。こうやって思考の渦に溺れている所からわかるように正確には死んじゃいない。霧を抜けて妙な所に迷い込んだと思ったら輩に囲まれ、首に鋭い痛みが走った次の瞬間気絶した。なにを打たれたか知らないが、目が覚めてから暫く経つのに体が動かせるようになる気配はみじんもない。眼球をキョロキョロさせて現状を把握しようとすることで精一杯だ。
     その俺を担いでいる一人の男。人に似た形をしているがそうではないことを、鮮やかな青い肌が物語っている。でかいなりをしながら物音ひとつ立てず歩を進めていて、その歩みに合わせて長い朱色の尾が揺れている。この場所は人通りがないらしく、目が覚めてから猫とハムスターとでかい羽虫にしか遭遇していない。俺はどこに連れていかれるのか、そもそもここはどこなのか、誰か助けてくれないか。そんな行き場のない問いや嘆きが胸の中で踊っている。
     その時、曲がり角の方からガラガラと車輪の音、次いでペタペタと足音が聞こえてきた。顔をのぞかせたのはここに来てから一番人間らしい見た目をした男。目を引く赤い頭髪に、ジャラジャラとアクセサリーを身に着けてスーツまで着ていて、多分この男もカタギではないのだが、その上にエプロンを着けて花をギッシリ詰めた手押し車を押しているので間が抜けている。そいつはこちらに気が付くと声をかけてきた。どうやらこの大男と知り合いらしい。

    「よぉ心猿! なんだ、今日はいつもの服じゃねぇのか。どこに行くんだ?」
    「仕事だ、『この死体をよもぎやまにある庵まで持って行け』と」
    「よもぎやまァ? そりゃ随分遠いな、一体何のためにさ?」
    「知らん。俺はただ仕事を受けただけだ」
    「ふぅん。ま、確かにあの辺は獣も出るし、山に慣れてるお前さんが適任かもな。いやぁ、俺はてっきりお前さんがついに人を殺しちまったのかと思ったぜ!」

     呵呵と笑う男の持つ花からはいやに甘い匂いがする。なんだかまた気絶してしまいそうな匂いだ。しかし、この男──心猿というらしい──俺を死んでいると思っているのか?なら好都合だ、体が動くようになったら隙をついて逃げ出せるかもしれない。それまでは死んだふりを続けておこう。

    「しかしそこまで行くってェなると……三日は戻ってこないのか?」
    「そうなる」
    「なんだ、今日仕事終わりに飯でも作ってもらおうと思ってたんだけどな」
    「悪いな、妹よ。戻ってきたら何でも作ってやるから、大人しく待っていてくれ」

    そう言って心猿は赤毛の頭を撫でる。……今こいつ、妹って言わなかったか?この赤毛は男にしか見えないが。

    「ナハハ! じゃあお仕事頑張ってるおにーちゃんのために、俺のとっておきを教えてやるよ!」

     赤毛は機嫌よくそう言って、壁の方を向き、汚いコンクリートに見える壁を思いっきり殴りぬいた。ハ?と思う間もなく、殴られた壁がカチリと鳴って四角くへこむ。同時に周りの壁に幾何学的な亀裂が走る。割れた壁は意思を持つように波打ち、裏返り、膨らみ、位置を変え……あっという間に、壁のあった場所は巨大な通路に変わっていた。
     通路の先に見える景色はまさに混沌だった。あちらこちらで瞬く下品なネオン、キャッチが道行くグレイに声をかけるその傍で荘厳なチャペルから流れるゴスペル。虹色に輝くドブ川は下から上へと流れて、めまいのするような階段には裏も表もない。床かと思えば天井で、壁かと思えばそこは空。輪回しをする少女が影の中を走り抜け、柱と柱に挟まれた空間が鳥へと変わって地に沈む。規則がないのが規則だと言いたげなこの空間で、二人の男は平然と会話を続けている。

    「このマウリッツ通りをしばらく真っすぐ行くと鍵のない鍵屋があるから、そこの赤い路地を右に曲がるんだ。そうすると地蔵がたくさん並ぶ場所に出る。上から34段目、左から164個目の7本指の地蔵を撫でると後ろから声をかけられるから、何を言われても『娘さんはいません』って答えろ。しばらくしたら目の前に室外機があることに気がつくから、それの配線を辿っていけ。そうすりゃもうよもぎやまの麓だぜ!」
    「ふむ、それは助かる。よくこんな道を知っているな」
    「なんだかんだここにも結構いるからな。あ、地蔵のところで声をかけられたときに『覚えていませんか』って言われたら『娘さんはいません』じゃなくて『電柱の根本です』って言わなきゃ駄目だぜ。俺はそこでミスってひどい目にあった」
    「理解した。このルートなら明日の夕方には戻ってこられるだろう」
    「じゃあ俺はそれまでに何を作ってもらうか考えとこっと!」

     俺は頭がおかしくなりそうだった。なんだ、なんなんだこの場所は?情報量が多すぎる、花の香りが苦しい。俺は一体どうなってしまうんだ?

    「……あぁ、そうだ。心猿、お前が任されたのって死体を運ぶことだけかい?」
    「それしか言われていないな」
    「なるほど。じゃあこいつはいらねぇよな。俺がもらっていくぜ」

     そういうと赤毛は俺の首根っこを掴み──ズルリと俺を引っ張り出した。引っ張り出した?驚いて見上げれば目の前には抱えられた俺の体。見開いた眼は乾ききって瞳孔が開いている。死んでいる、確実に。

    「よぉ、初めましてだな! お前さん、死んだことに気づいてなかっただろ。だからずっと体の中にいたんだろ?」

     エ、とかア、とかしか声の出ない俺を見て、赤毛の男は朗らかに笑う。赤毛の人懐こそうな瞳と心猿の昏い瞳に見つめられながら、俺は胸にゆっくりと絶望的な予感が広がっていくのを感じていた。

    「もしかしてここは初めてか? じゃあ言っておかないとな、俺に出会えた幸運な兄ちゃんよ!」

     そいつは楽し気に、ずいぶん前から準備していたサプライズパーティーみたいな口ぶりで、俺に無慈悲な通告をする。



    ようこそ、惨遊館へ!



     多分、俺はもう帰れない。


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