夢見る百足が這う話新しい年を迎えた桃源浄土の上空を覆うように突如現れた「無禮蛟」と呼ばれる巨大な一匹の蛇。
蛇が現れてからすぐ桃源浄土では如何に飲み食いしてもモノを破壊しても人を殺しても数秒すれば元に戻るという現象が起こっていた。
しかし流石は桃源浄土、屋台の者たちはこれは好機とより客を手招き、喧嘩っ早い者たちは嬉々として殺し合いを始める始末だ。
そういった点ではこの現象は桃源浄土と相性が良かったのだろう。
そんな中、三が日経った今日も街がより混沌となっていく様を四六法師はただぼんやりといつも通り眺めていた。
戦いはあまり好きではない。奇蟲の國での大戦で嫌という程思い知らされた。戦いとは何かを得て何かを失うものだ。しかし失ったものがあまりにも多かった。
勿論、自分より強い者がいるという事実は確かに魅力的だ。自分の力が通用するのか確かめる絶好の機会とも言えるのだ。
しかし
「それでも戦う理由にはならないなぁ」
「四六さん…ボスからなにかご指示が?」
「うん……色々バタバタしてるじゃない?それの関係のお仕事をねぇ」
やる気ないなぁ〜断ろっかなぁと間延びした愚痴をこぼし、同じ四凶の同僚であり友人の巴蛇から差し出された団子を食べる。
上司である饕餮から"無法を働くものに自分の行動の愚かさを【理解させろ】"という指示があった。
…つまり何度殺しても巻き戻るこの中で何度も同じ苦しみを与え続けて二度と歯向かわせぬよう反省させろ。…噛み砕いて言えばそう言う指示だ。
正直気乗りしない仕事だ。何故、わざわざ戦いたがらない自分にまで指示を出したのか…終始不機嫌そうな彼の考えは分からない。
叱られたって構わない。こんな祭りの中でも変わらず別の仕事を卒なくこなし知り合いの所へ油を売りに行く、そんな昼行灯でいるのだと決めていた。
…そうこの日、あの夢を見るまでは
死んだはずの妻が夢に出てくるまでは
ゴボリと淡が沸き立つ音と水の中を揺蕩うような浮遊感と息苦しさ。
ああ、これは夢だと理解した。
自分が今水の中にいて、500年前忘れるはずのない、後から四六を追って共に旅に出ると約束してくれたがそのまま死に別れてしまった最愛の妻がそこにいるのだから。しかし理解したとてこの感覚はあまりにも生々しいもので現実と区別がなぜだか難しい。
あり得ないはずなのに、なぜ?
夢だからか声も出せず動くこともできぬ自分の前で妻は言う。息遣いも自分を撫でるその仕草もあの時のまま。
呪いの言葉を言い放った。
「ねぇ、お前。強く優しい愛しいお前どうか」
「どうか」
「私の為に今一度、殺し合いに身を投じ修羅になり強くなって下さいませぬか」
「もし極められたその時。」
「私達は再び相見えることでしょう。」
「お待ちしております」
その言葉とともに飛び起きた。信じられないことに擬態が中途半端に解けている。自分の呼吸が煩い、水の中で呼吸を止めていたのかと思うほど息を切らし辺りを見渡す。
時計の時刻は19時をさしていた。
夢の彼女の言葉の真偽はわからない。あり得ない。
そう自分に言い聞かせても彼女の言葉と桃源浄土に漂う甘い毒のようなそれが蠢く鱗の擦れる音が何もかもが正常な判断を奪う。
あり得ない。本当に?アリエナイ……でも本当に…?もし
もし本当ならば…どうする?
「…………会いたいに決まってるじゃない…」
心は決まってしまった。
その夜、饕餮に『夜の間のみ請け負う』という旨を話せば相変わらず不機嫌そうな顔はそのままに「好きにしろ」とだけ言って彼は消えてしまった。
もう後戻りできない。ズルリと本来の姿に形を変え、大百足が桃源浄土を這う音がした。
それから数日が経ち………
大百足は欠けた月を見て目を細める。
握りつぶした無法者の頭を血塗れた手の中で遊ばせ巻き戻らない月を見ている様は異様であり滑稽だ。
そんな大百足の背後に二輪の華の影。
聞けばどうやらボスの居場所が何処かを大百足に聞きに来たらしい。
勿論そんな事を敵組織である華達に易易と話すことは無いことは承知の上だったらしく戦って華達が勝てたら教えて欲しいと持ちかけてきた。
なら話は早い、負けなければいい。夜明けまで戦い抜いて立っていればいい…。
…しかし相手は人の子だ”そんな酷いことをしていいのだろうか…?”
だから問うたのだ。
「…いいけどぉ…いいの?多分勝てないと思うけど。」
瞬間一輪の華から赤い鮮烈な火花が飛び散ったのが見えた。あぁ、どうやら怒らせてしまったようだ。
「そんなの、殺ってみねぇと分かんねぇだろうが!!」
咆哮を轟かせ殺意を剥き出しに睡蓮の華が飛びかかる。
終始無言を貫いていたもう一輪の華も静かなる怒りを孕ませ青く美しい閃光を放ってこちらへ駆けてくる。
ああ、これなら………楽しめるかもしれない。
………彼女に近づけるかもしれない。
今自分はどんなに恐ろしい化け物の顔をしているのだろう?
それを知っているのは二輪の華だけである。