もう月末かあ、とカカシが火影室の机に積み上がった書類を無為に眺めていると、シカマルがいのを連れてやって来た。いや正確には、いのがシカマルを引っ張って意気揚々と火影室にやってきた。
「なんかあったの？」
　聞くとシカマルがいつにもまして面倒くさそうな顔をしている。カカシは、ああ面倒くさいことなんだなと察して、いのに目を向けた。
「火影様、提案があって来ました！」
　いのは火影の机の前まで来るなりそう言った。何も聞かずに追い返す訳にもいかず、カカシは話を促す。
「もうすぐハロウィンじゃないですかあ？　その日だけ火影室で仮装しません？」
　それになんの意味が？とカカシは思ったが、多分カカシの言いたいことはシカマルが既に言っていると思われた為とりあえず黙っていた。
「やっぱり火影様のイメージアップって大切だと思うんです。広報にも載せやすいし良くないですか？」
　火影室で、ということは、カカシとシカマルと事務員二人ということになる。他に人はいない。男しかいないのに仮装なんかして誰も楽しくはない……とカカシは思う。シカマルも事務員もいのの提案には乗り気ではないだろう。
「誰も得しなくない？」
「します！　大丈夫です！」
　いのが大きな声で断言する。誰が得をして何が大丈夫なのかよく分からない。でもそこまで言うのだから何か根拠はあるのだろう。
「事務員の二人にも話した？」
「当日女子が手伝いに来るならやるって言ってました」
　当日は、サクラとヒナタも来るらしい。ヒナタも巻き込んでんのかよ、とシカマルが小声で吐き捨てた。カカシに聞こえているのだから更に近い位置に居るいのにもしっかり聞こえている。彼女は密かに拳を握り、数歩後ろに立つシカマルを振り返って威嚇していた。
「はあ……」
　カカシは溜め息をついた。いのはカカシに向き直り、ダメですか？としおらしく尋ねた。
「衣装はどうするの？」
「私の方で用意します」
　いのが淀みなく答えた。
　カカシは、自分が手を出さなくていいなら別にいいかなと思っていた。仮装しようが、しまいが、さして興味がなかったのだ。どっちでも良かった。でも部下のシカマルは嫌みたいだし、嫌な気持ちも分からなくはない。カカシもシカマルの歳なら仮装なんて断固拒否していたと思う。
「うーん」
　どうしたものかとカカシが考えていると、いのが得意気に言った。
「もしアレでしたら、当日はイルカ先生を仮装させて連れて来ますよ」
　名前を聞いて、イルカの姿がパッと思い浮かぶ。いつもと違う格好でベッドに誘われるのも悪くない――カカシが真っ先に思ったのはそんなことだった。
「じゃあオーケー。進めて」
　カカシは反射的にそう答えていた。いのの斜め後ろに立っていたシカマルがぎょっとして前に出てくる。
「ちょっと、六代目！？」
「あ、ごめん。でもたまにはイイでしょ」
「よくない……っす！！」
　シカマルが力いっぱい答える。カカシはシカマルの様子に笑いながらも、だよねぇと思った。カカシも若い頃なら嫌がったと思う。
　その辺は歳を取って気にしなくなった。そして今は……イルカの仮装が見たい。そしてそのままお持ち帰りしたい。そしてベッドで……
　カカシは顔に出ないようにムフフと笑ってから、不機嫌そうなシカマルを見た。
「まあまあ。何事も経験だよ」
　カカシが適当に宥めると、シカマルは大きな溜め息をついた。余程イヤなようだ。一方隣りに立っているいのは、大層なやる気を見せていた。