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    honey_come_on

    @honey_come_on

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    honey_come_on

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    アー! 文字ってこれか!!!!!!!!

    これいまライブで書いているものです。
    ライブは「一方的に眺める」ことが出来るものですが、ライブにコメントをくださった方に「実際に出来上がった本を抽選でプレゼント」する企画をしているので、よろしければコメントください。(※コメントの内容に抽選は関係ありません)
    https://txtlive.net/lr/1619096037088/w16192719608

    ――この想いは殺すはずだった。
     
     けれど、口からこぼれた言葉は止められない。
     トレイがその言葉を口にしてから、リドルがゆっくりと眉を寄せて『ごめん』と言うまではまるで永遠のように長かった。
    「いや、困らせて悪かった。こんな時にな」
     静かに微笑み、トレイはリドルの部屋を出る。ちゃんと食器を持って出た自分は冷静だったと思う。
     今日、リドルが、オーバーブロットした。
     オーバーブロットするだけの魔力は十分にある事は把握していたのに、何となく『リドルは大丈夫だろう』と思っていた……正しくは、目を背けていた。
     そうして、リドルを失いかけた。
     だから勢い余って、何年も抱えてこんでしまっていた想いを口にしたのだ。軽率に。
     しかしリドルの回答は拒否だった。……当たり前だろう。
     他の人と違って仲がいいから、その程度では恋愛関係になんてなれない。
     リドルが今日、ほんの少しでも今後緩めていこうとしたからと言って、トレイを受け入れるというのはまた別の話だ。
     あの母親の望むように生きていかないとしても、普通なら……似合いの女性を選ぶだろうし。
     自分勝手な気持ちを押し付けて、受け入れてもらえるかもしれないなんて、甘い。
     友愛と恋愛は違う。
     酷く拒否されなかっただけましなのだろう。あれでも、医療にかかわる家族がいるのだから、だから、出来なかっただけなのかもしれないが。
     明日から会ったときに嫌な顔をされなければそれでいいだろう。
     ……忘れてしまえ。
     傍に居る事すら許されなかった時から考えれば、今は十分だ。
     今は酷く胸が痛むけれど、ここで結論がついたのだから長い目で見ればきっとこれは良い事のはずだ。
     今日は眠ってしまえばいい。
     朝が来れば全て、昨日までとは違う。
     少なくとも明日のリドルは、トレイに愛されていたことを知っている。
     トレイは、愚かな夢をあきらめる事が、出来ている。その筈だ。



    ◆或るトランプ兵の死◆



     部屋を出た途端、違和感があった。
     さっきまで……目が覚めて、朝、授業へ出る用意をしていたはずだった。
     なのに、廊下に出たトレイは今が『夕方だ』と認識していた。自分のその認識に、自分で混乱する。
     感覚の混乱か。しかし、
    (違う)
     さっきまで、制服を着ていたはずだ。
     でも、違う。今は寮服を着ている。
     ……無意識に?
     動揺して立ち尽くすトレイの前、寮生がパタパタと通り過ぎる。
     走ったりしたら注意されそう、だが、注意する人はここにはいない。
     庭だ、と、言う声。
     胸が騒めく。これは……『何』だ……?
     トレイが急ぎ足で庭に出ると、ケイトがいた。
    「トレイ、どういうこと?」
     どういうこと、は、こちらの方だ。
     目の前には、リドルがいる。
     ……エースと、デュースと、監督生と、グリムも。……学園長も……。
     見覚えのある状況。
     昨日、見た。
     これは『昨日』見たはずの光景だ。
     トレイは茫然としたまま、決闘をすることになった、と、ケイトに説明する。
     ケイトはそれを初耳だという風に話を聞く。相槌を打つ。
     リドルは、初めてエースとデュースに対峙したように不遜に微笑む。
    (この結末は知っている……)
     どういうことだ。
     どういうことなのだろう……。
     頭が真っ白だ。
     動揺したままのトレイの前、リドルはトレイの目の前でオーバーブロットした。

     ――昨日と同じように。







     今までの人生において、明確に恐ろしいと感じたことが何度あっただろうか。
     自分の身体の真ん中が冷たく冷えてしまうほどの恐怖だ。
     ちょっとしたことに驚いたりするようなことではなく、一か月後には忘れてしまうようなそんなものではなく、恐ろしくて息が止まってしまう、そういう恐怖。
     トレイにはたった一度だけある。
     ……あった。
     それは、一度だと思っていた。
    (こんな事……)
     昨日のあれは、予知夢というやつだったのだろうか。物凄く鮮やかな、夢だったのか。
     なんという、嫌な夢だろうか。
     リドルを永遠に失うかもしれない夢。
     あの恐怖を二度も味わうことになるなんて、思わなかった。
    (昨日、だと思ってた)
     トレイの目の前で、リドルがオーバーブロットする。
     自分のせいだ。
     止められたはずなのに、保身に走って止めなかった。
     結果的にリドルは死ぬかもしれなかった。トレイの『リドルに拒絶されたくない』という気持ちのために。
     それを味わったのは『昨日』だったはずなのに。
     今もリドルはトレイの目の前で眠っている。
     医務室に連れて行って、体力を失っているのでと寝かされて、その手を握って休むように言って、リドルの手を放すのが怖くてずっと握ったまま。
     ここまで、昨日と全く同じ。
     昨日……トレイが『昨日』と認識している日。だ。
     こんな事連続で味わいたくない。けれどこれは、罰だというのだろうか。
     昨日と今日、どちらが『現実』なのか。
     昨日の痛みは、ただの悪夢だというのか。
     それとも今が。
    「リドル……」
     『何か』が、やり直しを、させてくれるというのだろうか。
     でもこの時間からなんて、何も止められない。
     なら、昨夜の身勝手な告白を?
    (ならば『これ』は俺の都合のいい夢なのか)
     ……こんな目にリドルを遭わせる事が?
     小さく首を振る。そんなことがあっていい筈がない。
     彼に対して劣情を抱くのは己の勝手だが、それを受け入れてもらえなかったからと『やり直し』したいだなんて。
     その度にリドルは死にかける。
     オーバーブロットするというのはそういう事だ。
     そんなことを己が望むなんて、あり得ない。あり得てはいけない。
    「俺はお前が大事だよ」
     眠っているリドルに祈るように囁く。
     自分は人としてそこまで失っていない筈だと、言い聞かせるように。
     トレイの声に、リドルの瞼が震える。
     薄っすらと目を開いた。
    「トレイ……」
    「リドル……大丈夫か?」
    「うん」
     リドルはゆっくりと身を起こし、それからトレイの方を向いた。
    「本当に?」
    「え?」
    「……大事だって」
     言いながら目を伏せる。
     不安なのかもしれない。
     リドルの母親はリドルを過剰に愛している。
     愛していればその人を尊重するはず、というのは夢物語だ。
     愛しているからこそ、事細かに監視し、閉じ込めたい。それがリドルの母親なのだ。一ミリもゆがみのない最高傑作を作りたい。それがリドルの母親の愛情。
     それが『間違えている』と言われ、そこから手を放せと言われ、そんなことが『何の不安もなく』すぐに行えることだろうか。
     自分からその綱を切るとしても、愛情を切る事に不安を覚えないわけがない。
     すぐそばにある『トレイからの気持ち』を確認したくなったとしても、仕方がない。
     けれどこれは、残酷な質問だ。
    (口にしたら、)
     リドルは拒絶するという事を、トレイは知っている。
     トレイからの思いはリドルに害のないものでなくてはならないのだ。
     恋愛感情ではなくて、年下の幼馴染に寄せる純粋な愛情。
     才能のある、能力の高い寮長への『尊敬』というような害のない気持ちや『親切』な、情の深い男を、リドルは求めているのだから。
    「ああ、お前を大事に思ってるよ」
     だからもう二度と言わない。
     トレイの気持ちは『純粋な愛情』などではない。
     『欲望』だ。
     身勝手な『情欲』で、彼を組み敷きたいというこの気持ちは肉欲だけではなく、踏みにじって、上に立って、優越感を抱きたいという欲求。
     リドルに言って、受け入れてもらいたいと思う方がおかしな感情なのだ。
    (だから二度と言わない)
     自分が悪かったのだ。
    「もう少し寝るか?」
    「ん、いや、寮に戻るよ」
     そういうリドルに手を貸して、立ち上がらせた。
     ふらふらするリドルに手を貸す。リドルはトレイを見上げて、微笑む。美しく、トレイにしか見せないような油断した微笑で。
    「ありがとう」
    「ああ……」
     そうやって微笑んでくれるなら、これでいい。
     リドルがそこに居れば、それでいい。
     自分の欲望など、適ってはいけないのだ。







    「トレイ先輩、今お戻りですか?」
    (なんだこれは……)
     ドアを開けた。
     ……リドルを部屋に送って、おやすみと部屋を出て、何も起こさず。
     そしてトレイも眠って、起きて、ドアを開けた。『昨日と同じように』
     『昨日』目の前を通り過ぎて行った二年生が、トレイに声をかける。
    「寮長と、」
    「エースとデュースが、決闘をするんだよな」
    「そうです」
    「……」
     どうして。
     二年生は不思議に思わなかったようだ。やはりトレイは知っていたかという反応だった。
     そうだ、この時、最初のこの時の段階で知っていた。図書室で、エースとデュースから聞いていたから。
     けれど、でも、
     庭に出る。
     いつもこの庭は、むせかえるような薔薇の匂いがする。それが伝統、ずっと薔薇を、咲かせ続けることがトレイの『仕事』で。
     ひときわ美しい薔薇がその輪の中央にいる。
    「トレイくん!」
     ケイトが話しかけてくる。昨日と同じように。
    「……何故だ……」
     愕然とする。ケイトが、しっかりして、と、声をかけてくるのがわかる。

     ――そして、リドルはまた、トレイの目の前で……堕ちた。







     あの日、から。
     リドルは何度もオーバーブロットをする。何度も死にかける。その日を繰り返す。
     トレイが自室に戻って『次の日』を迎えると、いつも同じだ。ドアを開けると、決闘が始まってしまう。
     部屋にいたままだと、ケイトが呼びに来た。
     帰って、眠らずに部屋を出ても駄目だった。
     ならば、と、自室に戻らずに談話室に居ても、駄目だ。
     切り替わる『きっかけ』が変わるだけで、結局毎日、毎回、トレイは薔薇の庭の真ん中に立つリドルの前に行く。
     そして、止めきれずにリドルはオーバーブロットする。
     何度、それを繰り返したのか。
     体力を失っているわけではない。
     けれど、明らかに精神が摩耗していくのを自分で感じる。
     せめて、もっと『前』に戻れたのなら、トレイがエースをかばう、リドルを叱る、決闘まで持ち込ませない。
     なのに『戻る』のはいつも決闘の寸前。
     トレイが何を言っても、リドルは一瞬絶望した表情を浮かべて、そのまま……オーバーブロットする。
     何度も、何度も、何度も。
     そして今日も、諦めきったトレイはドアを開く。
    (まともな方法で、止められないなら)
     この『繰り返し』が、止まらないなら。
     トレイが『止めたい』のは、リドルのオーバーブロットだ。
     日々がどう繰り返されようとトレイにとって『見たくないもの』は、リドルの不幸だ。もうたくさんだ。これ以上、彼を傷つけたくない。
     リドルはトレイのせいで人生が歪んだのだ。
     元々厳しい母親だったが、あの所為で猶更締め付けは厳しくなり、リドルは『言う事を聞いておかないともっと苦しいことになる』と『学習』してしまった。
     リドルに言うと否定する。わかっている。でも、トレイのせいだ。
     人生を歪めてから気づいてしまったのだ。
     ……彼を、愛していると。
     幼い気持ちでそう思い、数年その気持ちを重ねて『本当に、これが?』と……いや、
     愛という感情そのものを、人が讃える何かだと思えなくなった。
     トレイの抱いた気持ちは自分勝手な欲望、性欲で、それなら、まだ、汚れているのはトレイだけだ。
     ……ああ。
     薔薇よ、汚れないでほしい。
     その為になら、何でもするから。
     目の前の決闘はやはり数秒で決着はつく。
     リドルがこの世界にある一般的で差別的な物言いをする。普段なら絶対にしない。追い詰められているのだ。この時に、どうして動かなかったのか。
     そしてこの後、エースがリドルを責める。その言葉は、その言葉自体は間違えていない、けれど……
     トレイはペンを取り出し、魔法で薔薇の蔦を伸ばしてエースを捉えた。
    「は、え!?」
    「決闘だと言っただろう」
     殴ろうとしたことは、この時、誰も察していなかった。
     だから、トレイがそれより早く封じたのを、エースだけが驚いたのだと思う。
     他の面々からすると、今『とんでもないことをした』のは寧ろトレイだ。
     決闘に負けて、リドルから暴言を受けたエースの方をトレイが封じたのだから。
    「トレイ……!?」
     驚くリドルに、近づく。
     ぎゅっと抱きしめた。
    「リドル、もうやめろ。お前は確かに横暴だ」
    「なに、えっ?」
    「お前のやり方は間違えてる。自分でも本当はわかってる筈だ」
    「トレイ……」
    「無理に全てルールを守らなくていい。それが正しいことじゃないってことは、気づいてるだろ」
    「……」
     黙り込み、その緊張した身体から力が抜ける。
     もう、戦う気はない。暴走もしないだろう。
     トレイは腕を解き、リドルを解放した。
     トレイの腕からこぼれたリドルは、子供の頃の様な顔をしている。ずっと張り詰めた表情だったのに。
    「リドル……」
     そっと呼びかけると、リドルはトレイを見上げ、トレイ、と小さな声で呼んだ。
    「ごめん」
     囁く声だった。他の誰にも聞こえないような。
     それから、トレイの隣を抜けて、寮生の方を向く。
     エースを振り返り、トレイの魔法を解いた。
    「悪かったね」
     自分がかけた首輪も外し、全員をゆっくり見渡す。
    「確かにボクは厳しすぎるのだと思う。それが原因でこんな騒ぎを起こしたことについては謝罪するよ」
     そう言って、エースを見た。
    「落ち着いて話をしよう。キミがどんな悪いことをしたのか、きちんと説明する」
    「えええ、オレが悪いの!?」
    「悪いことをしていないと思っているのなら困ったものだと思うけれどね」
     そう言ってリドルは笑い、軽く首を指す仕草をした。
    「今度はいきなり首を刎ねたりしないよ」
     リドルのその穏やかな様子に、場の空気が緩んでいく。
    「トレイくん、大丈夫?」
     ケイトが話しかけてきて、はっとした。
    「あ、ああ……」
    (起こらなかった……)
     リドルはオーバーブロットしなかった。
     落ち着いて話し、寮生たちも『その場の勢い』が無かったので、寮長はやはり強い、凄い、と話している。
    「トレイ」
     リドルがこちらに歩いてくる。
     後ろに一年生たちを伴って。
    「今日のおやつは何かな? 彼らに振舞ってあげられる物だといいのだけれど」
    「ああ……」
     トレイは小さく頭を振る。お茶の用意は『昨日』のトレイが用意している。もはや『前』すぎて、自分がした事だとは思えないけれど。
     用意した菓子のことを応えるトレイの隣で、あーちょうどいいよリドルくん、時間も間に合ってる! とケイトが嬉しそうに言った。



     リドルのオーバーブロットを未然に防いでから、ハーツラビュルは平和だ。
     エースとは対話を持って衝突を回避しており、そして時間をかければ『リドルがどれだけすごいのか』を理解してもらうことは難しい事ではない。
     トレイは、あの日発覚するはずだった話を丁寧に一年生たちに伝えた。
     そして、リドルにも。
     結果的に、トレイがもっともリドルとの幼少期の問題に触れることになり、リドルは『お母様と話してあってみる』と、かつて、オーバーブロットした後と同じように言った。
     これで『オーバーブロットという事実だけを回避し、状況は同じ』だ。
     リドルがオーバーブロットしなかったというだけで、サバナクローの問題は同じように起きた。が、流れはやはり、変わった。
     リドルが気にせず魔法が使えるのだ。
     トレイはやはり階段から落ちて怪我をしたのだが、リドルはペンもなくラギーを捕まえた。本来、それぐらいなら出来るのだ。
     ただ、トレイが『ペンも無しに魔法を使うのはやめてくれ』と言ったので、もうしない、とは言われたのだが……。
     そして、レオナはオーバーブロットしたが、同じように解決し、マジフト大会は無事に終わった。
     報告、後処理のために次の日、寮長会議がある。
     出席するリドルを見送り、ケーキを焼いてやる。気を使って、疲れて帰ってくるだろう。
     温室の苺が生った所だ。
     最初は粒も揃わなかったし、思ったよりいい味に出来ず、大変だった。
     けれど最近では問題がないレベルできちんとした苺が出来てくる。
     粒がそろわない分はケーキに使わず、ジャムにするので、困りもしなくなってきた。
     苺がこうでも使い慣れて来たな、と思いながら、手軽な方法のケーキを焼く。
     ここぞ、の日にはタルト、と思うと、苺のレシピも様々になってきたものだ。
     次はジャムを使ってロールケーキにするか、と思いながら焼き終わり、飾りつけも終えて冷蔵庫にしまって、キッチンを片付ける。
     その一連が全て終わったころにリドルが帰ってきた。
    「トレイ」
    「ああ、お疲れ様」
     ひょこっとキッチンに顔を出されたので、少し驚く。
     ケーキの匂いはまだ残っているとは思うけれど、ケーキを焼き終わってそれなりの時間が経過している。
     リドルのオーバーブロットを避ける事が出来たのもあるし、リドルに対話を促したり、怒らないように宥めたり、としていたら、明らかに去年より付き合いが深くなった気がする。
    (そうだな……)
     トレイはずっと、リドルが好きだった。
     ずっと見て来た。だから、どういう人間かは知っている。
     見た目だけではなく、彼の気高さを美しいと思って来た。他の誰にもない『美』だ。
     けれど、最近、リドルの方が寄ってくる。
     トレイが『やっと』リドルと邪魔もなく向き合うことが出来るようになって、それは、ずっと待ち望んでいた状況だったのに、トレイは一年間、緊張を持ってリドルに接してきた。
     これでリドルはトレイを見る。
     失敗して『周りのせい』にすることはできない。リドルに嫌われたら終わりだ、周りの環境のせいではなく、リドル本人に遠ざけられたらこの縁は切れてしまう。
     糸を、繋いでおきたかった。
     リドルが『引き離されたから』トレイに執着してくれているのかもしれないとはずっと思って来たし、いまも、少し、思っている。
     ナイトレイブンカレッジでリドルと一緒に居られるというのは、嬉しい事だし、待ち望んだことではあった。けれどそれと同時に、怖かった。
     リドルが決定的にトレイを『嫌になる』可能性もあったから。
     だからトレイは、一年間恐れていた。
     共に在れる幸福と、だからこそ、今までのものが全て消える可能性と。
     その為に、何も言えなかった。リドルがオーバーブロットするまで。
     今のトレイはそれを知っている。何度も、味わわされた。
     なので、全て話すことにしている。リドルを傷つけないように気にしながらも、注意するし、止める。
     結果的に、明らかにここ最近、対話が増えた。
     今までだったら、こんな風にキッチンに覗き込みに来ることなんてなかった。楽しみにしてくれているのはわかっていたけれど、甘えるようなこともあまりなかったのに。
    「何か用か?」
    「ん、いいや、そういうわけではないよ。いい匂いがしていたから……」
     そわそわするのが可愛い。思わず笑いかけた。
    「空腹なら食事に行くか」
    「そうだね……ケーキ、焼いていたんじゃないのかい?」
    「ケーキを先に食べるのか?」
     お茶をするには遅い時間だと思うけれど、と時計を伺うと、いや……とリドルは小さく首を振る。
    「あるならいいんだ」
     ちょっと目線を逸らすのが恥ずかしそうで、グッと来てしまった。
     多分、ケーキを焼いた匂いが残っていたので引き寄せられて覗き込んでしまったのだが、普通に夕食の話をトレイが振ったのでケーキが食べられないのかと思って少し慌てたのだろう。
     そんなにトレイの作るものに依存されるというのは、正直なところたまらない。
    (俺はもうあきらめてるけど)
     リドルに、告げることはない。一生。
     事なかれ主義のトレイは、リドルの一生を出来るだけ近くで眺めながら、リドルに何も伝えない。見ていることが苦しくなれば、言い訳をつけて離れるかもしれないけれど。
     しなくて良いのなら誰とも結婚もしないだろうが、面倒になれば適当な人、親や周りの人が『勧めてきた』ような『良い子』と結婚し、周りが理想的だと見なす人数の子供を作り、よく出来ていると周りから思われる程度のほどほどの家庭を作るだろう。
     ……今は顔もわからない『良い子』の人生を台無しにすること、愛されない女をこの世に一人生み出すことを、何の躊躇もない。
     『他人が見て理想的な生活のモデル』を送るためのコマとして、他人一人を『消費』する。『人生』という『取り返しのつかない』ものを使わせて『自分につき合わせる』。
     模範的な枠組みにはめるためだけに、完璧なお人形を作るためだけに、美しい箱庭の為だけに。
     『人』の『人生』を使う……非道な話だ。
     そう、まるでリドルの、母親のように。
    「……」
    (この感情は憐憫でしかない)
     一瞬でそれを否定する。
     抱きしめたいと思った気持ちを。
     こんな感情、侮辱だ。彼が知れば、トレイを受け入れるわけはない。繰り返す『前』のリドルは正しかった。否定されてしかるべき気持ちだ。
     こんな感情を抱く自分は、性根の腐った下種だ。かと言って落ちきることもできず、美しいままでも居られない。中途半端な存在。
     悪に染まるなら鮮やかに変わるだろうという人はいっそ、美しい存在だけれど。
    (俺は、そんな勇気もない)
     内側だけ腐っている。
     この美しい人に触れて、その気高さで暴かれなくて良かった。きっと、良かったのだ。




     あの日を超えれば、ハーツラビュルに『問題らしい問題』は起こらない。
     テストも終わり、冬の休暇を待つだけ……。リドルは少しずつ、憂鬱そうになっていく。
     母親に話をする、といっても、それは具体的には『帰ってから』だ。
     どう話を切り出すか、どのように話すか……正答のない問題は、リドルには難しいものだろう。
     トレイにはできることは何もない。
     リドルはうまく愚痴ることもできないタイプだから、ただ憂鬱な顔をしているだけで抱え込んでいる。
     トレイは、お茶を淹れて、好きなケーキを焼いてやる。
     毎日リクエストを聞いて、夕食後に部屋に行って、手伝えることは手伝いながらサーブしてやって……。
     栄養学からすると夜のケーキなんて最悪だろう。母親が聞いたら卒倒するだろうが、知ったことではない。
     休みが明けたらあっという間に文化祭の用意が始まる。
     おそらくリドルが一番『失敗するわけにはいかない』仕事で、他人が動くことの管理……つまり自分一人ではどうにもならない仕事だ。別にトレイが補佐をする必要はないのだが、放置する気にはなれない。
     トレイが『当たり前の事』として仕事に関わり始めると、リドルはさらりと受け入れた。
     傍に置くことを『当たり前』にしてくれる……トレイにとってはこれ以上ない幸せだ。
     リドルは何とも思っていないだろう。
     トレイが隣で幸福を感じながら仕事を手伝っているなんて。
     こんな歓びは今年限りだ。トレイは……あと半年ほどでリドルからまた離れる。
     学園に所属はしているが、四年生は学外に出る。避けられない。
     この二年をただ傍にいたくて、トレイはいろんなことから目を逸らしてきた。それがリドルのオーバーブロットに繋がった。
    (……もう、そんなことはない。無かった)
     『この世界』では、リドルはオーバーブロットなんてしていない。
     だからただ、傍にいられる。
     ……欲なんて出さなければ良いのだ。
     リドルに気持ちを伝えたいなんて思わなければいい。応えてほしいなんて欲を出さなければいい……こんなに、
    「ありがとう」
     ……トレイを見上げて、リドルは微笑む。
     これは誰も見たことがないような顔だと思う。
     こんな表情で微笑むなんて、きっと、誰も知らない。この顔はトレイしか見たことがないとは思う、でも……。
    (リドルは俺を好きだという訳じゃない)
     誤解してはいけない。思い上がってはいけない。
     幼馴染だから、リドルが気を許しているだけだ。
     大好きなケーキを焼いてくれる相手だから……トレイの価値は、パテ
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    honey_come_on

    MAIKINGアー! 文字ってこれか!!!!!!!!

    これいまライブで書いているものです。
    ライブは「一方的に眺める」ことが出来るものですが、ライブにコメントをくださった方に「実際に出来上がった本を抽選でプレゼント」する企画をしているので、よろしければコメントください。(※コメントの内容に抽選は関係ありません)
    https://txtlive.net/lr/1619096037088/w16192719608
    ――この想いは殺すはずだった。
     
     けれど、口からこぼれた言葉は止められない。
     トレイがその言葉を口にしてから、リドルがゆっくりと眉を寄せて『ごめん』と言うまではまるで永遠のように長かった。
    「いや、困らせて悪かった。こんな時にな」
     静かに微笑み、トレイはリドルの部屋を出る。ちゃんと食器を持って出た自分は冷静だったと思う。
     今日、リドルが、オーバーブロットした。
     オーバーブロットするだけの魔力は十分にある事は把握していたのに、何となく『リドルは大丈夫だろう』と思っていた……正しくは、目を背けていた。
     そうして、リドルを失いかけた。
     だから勢い余って、何年も抱えてこんでしまっていた想いを口にしたのだ。軽率に。
     しかしリドルの回答は拒否だった。……当たり前だろう。
     他の人と違って仲がいいから、その程度では恋愛関係になんてなれない。
     リドルが今日、ほんの少しでも今後緩めていこうとしたからと言って、トレイを受け入れるというのはまた別の話だ。
     あの母親の望むように生きていかないとしても、普通なら……似合いの女性を選ぶだろうし。
     自分勝手な気持ちを押し付けて、受け入れてもら 9989

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