ふれる、あふれる、おもい先輩を疑ったことは無いし、疑う選択肢が浮かぶこと自体が無い。
だけど、これは、そう。
ほんのちょっとの俺のワガママと独占欲から生まれた行動。
ふれる、あふれる、おもい
「だから行かないって」
「彼女が怒る?」
「怒らないよ、でも不安にさせたくない」
「たかが合コン1つで不安になんの?」
「ならない、と思う。でも俺が嫌」
「佐々木って頑固だな」
「なんでそーなんの…まぁどうでもいいけど」
「そーゆー言い方、良くないよ!さっさきくん!」
「宇川もうるさい」
あ、怒ってるかも
と、扉ひとつ向こうの会話が聞こえてきて思った。
あんな風に人に壁を作る佐々木を宮野が見るのは稀な事だ。付き合いの長さもあるが普段柔らかい佐々木としか接することがない宮野にとって、その音色は珍しくそしてちょっとドキドキしてしまう。
クラスメイト?いや、もうここは高校ではない。
学部仲間と言うんだっけ、複数の男女の声がする扉の向こうに居るんだろう。
立ち聞きもよくないと思うが、この扉をあけるタイミングを失った宮野はその場から動けなく無くなってしまっていた。
「とにかく俺は行かないから。もう誘わないで」
「ただちょっと佐々木と話したいだけなんだけど」
「今話してんじゃん」
「そーじゃなくて!大学から出た所で、外でって意味」
「…何が違うの?」
「…仲良くなりたい」
「は?」
「みなまで言わせてそれかよ!」
「じゃぁ合コン以外で言って」
「…!!わかった!!」
話、終わったかな?
今度こそ、と扉に手をかけたと同時に抵抗なく扉が開く。
「あ」
「みゃーちゃん」
扉の向こう側で宮野と同時に手をかけた佐々木が少し先に扉を開きにうごいたのだろう。あと数センチでぶつかりそうな距離で見つめあう形になった。
宮野は16cmの差を埋めるように顔を上げる。
「先輩…」
先程の少し冷たく抑揚が無い声は、間違いなく佐々木のものだと宮野は確信が持てる。しかし、目の前にいる佐々木の顔はいつも通りの柔らかく暖かい表情だ。
「ごめん、待たせた?」
「い、いえ。今声をかけようとしてたところだったので」
「他の奴とぶつかんなくて良かった」
「そうですね…」
「みゃーちゃん?」
「え、あ、あのもう行きませんか?ここ入口でも有りますし」
あぁ、どうしよう。
顔が熱い。
「ん?どうかした?」
「…っ」
「えっ」
宮野は佐々木の腕を掴みズンズンと廊下を歩き出した。
みゃーちゃん?と、どうしたの?と言う音色で声をかけてくれる佐々木の声が聞こえてきたが、返事の代わりにグッと掴んだ腕に力をこめ歩く速度をあげた。
大きな大学なだけあってどこに行っても人が沢山いるけれど、階段の裏は死角になることを入学して間もない宮野は既に知っている。
そこに佐々木を連れ込みやっと腕を解く。黙ってついてきてくれるだろうとは思ってはいけど、きちんと説明をしなければと宮野は少し上がったを息を整えるように深呼吸をする。
「…先輩」
「…みゃーちゃん、何かあった?」
心配そうに、そして逃がさないと言う色を含んだ佐々木の声。
ふぅ、ともう1度大きく息を吐き宮野は答える。
「俺、先輩を疑ったこと1度もありません」
切れ長の佐々木の目がほんの少し驚きの色を乗せた。宮野はまっすぐその瞳を見て言葉を続ける。
「…人が多いですね、大学って」
「うん」
「高校生の頃は高校って広いって思ってましたけど…大学は、すれ違う人、ほとんどが知らない人で、4年間通ったとしても言葉をかわすのは、ほんのひと握りなんでしょうね」
「…うん」
「だから、でしょうか」
「ん?」
ゆっくり、心の音を、言葉の音にする宮野の声を佐々木は、じっとまつ。
次の言葉を聞きたいのに、まっすぐ見上げてくる瞳に映る自分の顔が少し情けなくて、ついつい口元に力を入れてしまう。怖がらせたいわけじゃないのに、少しの緊張が上手く隠せない。解かれた腕がさみしくて、宮野の手を触ろうと腕を伸ばした。
「秀鳴さんは俺の大切な人なんだって、言いたくなりました」
その言葉を聞いて行き場の無くなった腕を宮野は見つけると優しく握りしめた。
そして、確かめるように指と指を絡め優しく撫でる。佐々木もそれに答えるように手のひらに力を込めてみたり、深爪気味な宮野の指先をくすぐり返し、次の言葉をまった。
「…隠すような事じゃないですけど、大切な秀鳴さんなので誰にでも言いたいわけじゃないんです」
「うん」
「俺、思ったより独占欲強いのかもしれません」
と、眉を八の字にさせ弱々しく笑う宮野を佐々木は、優しく、優しく、壊れ物を扱うように腕の中におさめた。
「好きだよ、由美」
「はい、俺も好きです」
「ねぇ、もっかい名前呼んで」
「…秀鳴さん」
「うん、由美」
「秀鳴さん…すき、」
さっきの話聞いてたんだ、とか。同じ敷地でも1年の差、学部の差、寂しかったのは俺だけじゃなかった、とか。まだ浅い人付き合いの世界で大切な人を紹介すべきなのか、とか。
きっと、沢山沢山考えて、溢れてしまったんだろう。
ここの死角に連れ込んだのは数ヶ月前。
その時と同じように、甘い唇にキスをした。
、