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    kabenocb

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    kabenocb

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    【紺紅】髪を伸ばした理由が何かなって考えていたやつ。先代戦は終わってて〜くらいの気持ちで書いた。

    願を掛ける「いつまで伸ばすんだ?」

     朝日が昇り、少しずつ部屋の空気が徐々に温まる頃。
     ヒカゲとヒナタの髪を梳いた紅丸が、珍しく「お前のもやってやる」と着替えを用意する紺炉の後ろに腰を下ろした。
     特に断る理由もなく任せると、普段のぶっきらぼうさからは想像がつかないほど丁寧に丁寧に髪を梳かれた。
     これは毎日相当ヒカゲとヒナタに言われてるなと想像して微笑ましくなっていたところに、静かに疑問が溢されたのだ。
     まだ紅丸が幼かった頃は短かった。
     何か理由があるのかと聞きたげな声音に、ふと昔のことを思い出した。

    「鬱陶しい。いい加減切らねえか」

    そう言われたのは、もう何年前になるだろうか。






     葉桜の青が眩しい頃、徐々に夏へ向かうよく晴れた日だったと思う。
     どうにも床屋に行くのが面倒で、ついつい伸ばしきりになっていた髪が、もうそろそろ肩に触れようとしていた。
    「暑苦しいな。いい加減床屋に行かねぇか」
     頭の新門火鉢にそう言われるのはもう何度目だろう。
     いつもの小言を適当に受け流しながら、まあ確かに最近少しばかり頸が暑いかもしれないとは思っていた。
     とはいえ、詰所の近所の床屋にはどうしても行きたくない。
    「一本向こうの通りの女将のとこは頭と同じ頭にされるでしょうが」
    「おう何か文句あんのか?」
     皺の深い唇から白煙を膨らますように吐き出しながら、煙草盆を気に入りの煙管でカンッと叩く。
     ドスの効いた声はまあ恐ろしいのかもしれないが、別に機嫌が悪いわけでもない。
    「お前の真似してか紅丸のヤツも髪を切りたがらねえ。ったくどいつもこいつも」
     風通しが悪ぃ陰険な男になるんじゃねぇのか、と悪態を吐いているが、別にそこに大した感情は篭っていない。
     よくまあいつもこんな軽口がポンポンと出てくるもんだと感心する。
    「お、そろそろ稽古の時間ですね」
     適当な言葉で軽口をいなして立ち上がる。
     その際に少し重たく額にかかってきた前髪に、確かに少し鬱陶しいか、と思案しながら頭の前から逃げ去った。



    「おぅ紺炉、お前どうしたその頭」
     朝、顔を見せると頭から何とも言えない視線を向けられた。
    「頭が鬱陶しいって仰るんでまとめてみました」
     前髪の半分ほどの厚さと、後頭部の上半分を雑にまとめて結ってみた。
     うまく長さが足りなくて、結び目を低くすると前髪が重く、高くすると襟足がまとまらずで、ひとつには纏まらなかった。まあ襟足も半分ほどの厚みになれば随分と涼しい。動き回っても前髪が重く覆いかぶさることもなくて変に短くするより楽かもしれないと思った。
    「……」
     ジッと静かに見上げてきた紅丸が、無造作に同じように髪を手で掻き上げる。しかし細い髪はバラバラと落ちて、後頭部の一部だけが手元に残り、まあなんというか幼子の丁髷のようになってしまったのを見て思わず噴き出した。
    「ちょっと長さが足りねぇな」
    「……ッ、別に真似してェわけじゃねェ」
     仏頂面で不機嫌にそう返してくるが、見咎められたのが恥ずかしいのか耳の先が少し赤い。
     また面白くなって噴き出してしまった。
    「お前ら二人とも女々しいことしてねぇでバリッと刈っちまえ」
    「向こうの通りのババアは全部ジジイの頭みてぇにしてくるから行きたくねェ」
    「……」
     先日の自分と同じことを言ってそっぽを向く紅丸にまた噴き出しそうになると、頭が忌々しそうに舌打ちして「ったく、どいつもこいつも……」と呟いたのが聞こえて、そっと口元を覆ってそっぽを向いた。

     それからまた少しずつ髪が伸びて、前髪も上手く纏まるようになり結うのにも慣れてきた。
    回数は減ったが、ことあるごとに「鬱陶しい頭だな」とボヤかれる。まあ最早挨拶代わりみたいなものだ。
     最近は「お前がそんなだから紅丸ああなるんだ」なんて謂れのないことを言われたりもするが、別に悪い気はしない。

     そんな日常が過ぎていく中、突然、新門火鉢は命を落とした。
     焰ビト化して浅草火消しに弔われた者の遺族の手によって。
     酒に酔うと「覚悟はできてる」とよく言っていた。人を殺すのだから殺される覚悟もある、と。
     だが、あまりにも突然の死に、浅草の町は暗く沈んだ。
     紅丸は跡を継ぐよう育てられていたが、一人で町の上に立つにはまだまだ幼い。
     それでもどうにか役目を果たそうとする紅丸を一身に支えた数年間。
     思い立てばきっといつでも切れたのだろうが、なんというかそんな気になれなくて。
     切ろうかと考える度に、「鬱陶しい」とぼやいていた先代の姿が過ぎった。
     言われていた通りにするのがどこか悔しく、癪な気持ちと、自棄と、忙殺されていく日々の中で、

    紅丸が、一人前になるまでは。

    と、いつの頃からか、なんとなくそう思い始めていた。
     それは気づけばまるで願掛けのようになっていて、今日の今日まできてしまった。
     自分の後ろに佇む男はもうすでに一人前なんてものではなくて、この髪を伸ばし続ける意味もない。
    「そうさなあ……別に……特に理由もないんだが」
     もう、理由はない。
     自分の願いは存分に叶っているのだから。
     歳をとって髪もずいぶんと細く儚くなってきたし、日々この長髪を洗うのにはもう慣れたものだが、短くしてしまえばきっと楽になるだろう。
     もう、切ってもいいのかもしれない。
     ただ、今更結べないほどの短髪にするのも少し怖い気もして。
    「切った方がいいと思うか?」
     ポツリと問うと、一瞬紅丸の手が止まった。
     そしてそれはまた優しく動き出す。
    「……いっそ切るなら先代みてェにするか?」
     何かを思い出したかのように、冗談混じりの声で笑われる。
    「一本向こうの通りの女将は健在だぞ」
    「ちょうどいいじゃねぇか」
     くつくつと笑いながら、「切ってもらえよ」と紅丸が煽ってくるのを、鼻で笑っていなした。

     そうは言ったものの、こうやってたまに大事なもののように梳いてもらえるのなら、今のままでいるのも悪くないのかもしれないという気持ちもあって。
    「んー……もし切るなら……」
     柔らかく障子越しに射し込む朝日を背に受けながら、あたたかな時間を噛み締める。
    「お前が切ってくれよ」
     首を仰け反らせて背後の男を仰ぎ見ると、肯定とも否定とも取れないように眉を竦めて喉の奥で小さく笑われた。
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