贖罪のそのあとで「よぉ! カリム! フォイェン!」
戸惑いに人々が騒めく中、よく見知った快活な笑顔と大声で名前を呼ばれる。
もう二度と呼ばれることがないと思っていた声で。
贖罪のそのあとで
「……明朗に朗らかな挨拶してんじゃねェ……」
その姿を見て、思わず顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
何が起きたか理解ができない。
なぜ生きている。
どうして生きている。
成す術なく世界の終わりの炎に自分達は呑まれてしまったはずで。
だが気がつけばまた意識があって存在している。
「ここが死後の世界でしょうか?……ラートム」
そう言って困惑気味に祈ったフォイェンの両腕があるのを見て、本当に死後の世界なのではないかと思った。
「こんなにすぐまた会えるとは思わなかったぜ!」
「それはこちらのセリフですよレッカ……」
生前と変わりなくレッカに振る舞っているフォイェンにこれが年の功か……という思いがよぎりながらも、どうにも受け入れきれない自分がいる。
ついさっき。
ついさっきなのだ。
こいつが選んだ道、こいつと別れた道。
全部どうにか無理矢理呑み込んで別れを告げた。
まさかこんなにすぐ会うことになるなんて思いもしていない。
一体どんな面をして会えというのだ。
「大丈夫ですか? カリム?」
こちらの心中を察してか、ただの優しさか。顔を覆ってしゃがみ込んだままのカリムの背を、宥めるようにフォイェンの掌が撫でた。
「…………大丈夫に見えるか……?」
「……いえ、わかりますよ……」
フォイェンの笑顔もこの謎な状況にどこか引き攣っているように見える。
「どうしたカリム! 腹でも痛いのか?!」
耳元で大声で叫ばれて、ぐたぐた考えてしまう思考さえ吹き飛ばされそうだ。
「色んな意味で胃の胃痛がする……」
「おいおい病は気からだぞ! 三食食べて体を大事にしなきゃな! 健全な精神は健康な肉体に宿ると言うだろう!」
「あなたがそれを言いますか……」
呆れて呟いたフォイェンの言葉に同意ができない部分が一切ない。
お前が何をしたか思い出してみろと言いたいのは山々だが、果たしてその言葉が届くのかどうか。ただの徒労に終わるのではと思うと口を開くのも億劫になる。
ただこの諦めや億劫さもどこか懐かしく胸に沁みる。
「まあよくわからないが、こうやってまた会えたんだ! またよろしくな!!」
そう言って満面の笑みで手を差し出してきて、こちらが手を返さずとも勝手に手を掴んで、無理矢理立ち上がらせてくる。
初めて会ったときの、懐かしい図々しさを思い出す。「ああ、こういう奴だった」と思わず口角が上がりそうになったのを無理矢理引き結んだ。
同じ神を崇めて、道を違えた。
それを許せなかった。
どうにか納得いく理由を探そうとした。
でも、結局は、己の道を歩んだ友を見送った。
友として。
なのに……
何もかも全部ぶち壊してなんでもない顔をして戻ってきた。
こっちの覚悟も何も知らないで。
怒りのような、悲しみのような、なんとも言えない感情で胸の裡が荒れ狂っている。
はずなのに。
制御できないいろんな感情が溢れているはずなのに。
なぜか、仕方がないと思ってしまう自分がどこかにいて。
「……こいつがこういう奴だってわかってて友達やってたんだよな……」
「…………そうですね」
誰にともなく呟いたつもりだったが、諦めと共に吐き出すようにフォイェンが同意した。
目の前にある、血色もよく、豪快な笑みを溢すその顔が、冷たく青白く静謐としたのを知っている。
その痛みを知っているせいか、どうしても再会をどこか喜ぶ気持ちと面映ゆい気持ちが捨てきれない自分がいるのは確かで。
そんな自分は聖職者としてまだまだ未熟なのだろう。
それでも。
共に過ごした時間の長さが、その気持ちをなかったことにはさせてくれなくて。
それが悔しくて。
何か一言言ってやらないと気が済まなかった。
「何もなかったみたいな顔してんじゃねぇ。ったく訳わかんねぇ思想にほいほいと利用されやがって……少しくらい悩んだのかよ。一言くらい相談しろ馬鹿。ちゃんと悔い改めろこのクソが」
先程はろくに言葉を交わしている場合ではなかったせいか、口を開くと悪態ばかりがぼろぼろと零れ落ちる。
「ハハハ! 熱烈だなカリム!」
戯けた返事をする烈火に、言いようのない苛立ちが湧き上がる。だがこれもよく知った感情で。
全くこいつは、と思ってしまうのは情が湧いてしまった弱みだろうか。
もし、このよくわからない世界でこいつを裁く機関が存在するならば是が非でも罪を償わせてやる。
何が何でも罪を償わせて。
もし、こいつがきちんと悔い改めることができたなら、そのときは。
「烈火。……心配、したんですよ」
普段より厳しいフォイェンの声音に、戯けていた烈火が面食らったように止まった。
瞬きもせず、カリムとフォイェンを交互に見遣る。
「……」
不気味なほど静かになった烈火の視線が、ジッとこちらを捉える。
やましいことなどないという、真っ直ぐな視線。
その視線の強さに耐え難くなってきたとき、烈火の顔が、くしゃりと歪んだ。
「すまん!」
いつも通りの、裏表なんてどこにもないような、自分達がよく知るどこか憎めない笑みで、烈火が笑う。
「……──、」
あれだけのことをして。
自分まで凄惨な死を遂げたくせに、そんな一言で済ませるんじゃない。
全く。
こいつは。
ああ、
こいつの罪を、何が何でも絶対償わせてやる。
おかえりを言ってやるのは、その後だ。