永遠だなんてものを夢観てた『魏嬰っ!』
夢の中の自分は必死に彼の名を呼ぶ。
毎回同じ、このただただ広がる暗闇を闇雲に走りながら、時折足をもつれさせ、それでも必死に走り続ける。
『魏嬰!どこだ!』
左右を見渡し、再度彼の名を叫んだ。それでも辺りから反応はない。先刻と同じ、ただ広い暗闇が辺り一面を飲み込んでいる。微かな音すらも聞こえてこない。
『魏嬰!』
諦めずに名前を紡ぐ。その言霊が彼の元に届くよう、自分は彼の名を呼ぶことを止めなかった。
どこへ走ろうとも一向に闇は消えず、彼の姿はない。そして彼からの応答もない。
ーもしかしたら、と、己の心に最悪の未来を描く。
それだけはない、それだけは絶対にありえないと自分に何度も言い聞かせたが、気持ちとは裏腹に脳裏には鮮明に最悪の情景が思い浮かび、軽い吐き気を催す。
それでも己は決めていた。必ずここから、魏嬰を連れ出すと。
『魏嬰!返事をしてくれ!』
何度目かの呼びかけで、自身の頭の中に声が聞こえて来る。誰の声だ、と警戒していたが、それはすぐに己のものだと気付いてしまった。
【魏嬰と本当に永遠に一緒にいれると思っていたのか?】
頭の中で響く声は間違いなく自分のもので、消し去ろうと左右に頭を振ったが効果はない。
【魏嬰とお前は違う。お前は魏嬰を救えなかった】
『……』
【そんなお前と、魏嬰がずっと共にいれるとでも?彼を探すだけ無駄だ】
『…っ、うるさいっ!』
【本当はお前も分かっているんだろう?】
『うるさい、うるさいうるさいうるさい!』
脳内で響く声は止まらなかった。その声は、己の心の奥底に沈められた言の葉なのだろう。それでも自分は認める訳にはいかなかった。夷陵老祖と呼ばれ恐れられる彼と、姑蘇藍氏の自分。共にいられないなど、誰が決めた?
『私は魏嬰をここから連れ去りにきた。その意志は変わらない』
脳内の声に必死に抵抗をする。くらりと体が少し傾いたが、気になどしていられない。そしてその【彼】に向かってはっきりと告げる。
『君が魏嬰を隠すならば、私が彼を見つけるまでだ』
【できるものならば。でも一つ間違っている。私は彼を隠してなどいない。出てこないのは、やはりお前に問題があるのでは?】
『…っ!』
目の前の暗闇をキッと睨みつけると同時に、頭の中で響いた自分の声は跡形もなく消えた。そして両の拳を強く握る。先程までの声は正に正論で、己こそが間違っているのかもしれない。
それでも。それでも自分は彼と永遠を誓いたい。まだ間に合うならば、彼をこの暗闇から連れ出し、日のある場所で温めたい。自分が隣にいると、彼に気付いて貰いたい。
ー必ず間に合わせるのだ。再度心に誓うと、また暗闇へと足を踏み入れた。
***
「…ん、らんじゃんっ!」
自分を呼ぶ声が聞こえ、己の瞳をゆっくりと開ける。辺りは日が高いためか眩しく、先刻までの暗闇のかけらすら存在しなかった。ぼんやりとした視界で周りを見れば、ここは己の自室だった。
ふと目に温かいものを感じた。右手で目を擦れば、それは己の涙だと理解した。
床で横になっている自分の隣で、魏嬰が今にも泣きそうな瞳で自分を見ていた。
「藍湛…!起きないかと、起きないかと思って、俺、…俺っ、」
「魏嬰、」
「沢蕪君を呼んだけど、ただ眠っているだけだって…だから大丈夫だって言われたけど、それでもおれ、しんぱいで……あれっ、おかしいな、なみだ、とまんなっ…」
「魏嬰すまない、心配をかけた」
瞳から大粒の涙を流す彼の頭を撫でる。ゆっくり起き上がり、今度は彼を宥めるように優しく抱きしめた。背中を摩れば、彼は幾分か安心したような表情を見せた。
「夢を…見ていたんだ」
「…ゆめ…?」
「ああ、時折見る、悪夢だ」
魏嬰に先程までの夢の内容を話した。この夢は今日初めてではない。しかし何度同じ夢を見ても自分は魏嬰を見つけられず、途方にくれるのだ。その度に思い知っていた、永遠なんてものはないのだと。
「それでも、今回は違うだろ?」
「え?」
魏嬰がふわりと自分を抱きしめる。まるで離さないとでも言いたそうに、ぎゅうと彼に抱きしめられた。
「今回は夢から醒めたら目の前に俺がいた。俺はまたこの世に戻ってこれたんだ。これからはずっと、それこそ永遠に、藍湛の隣にいるよ」
「魏嬰、」
「もうどこにもいかない。藍湛を暗闇に置き去りにもしない。今度こそ本当に、お前と一緒に生きたいんだ。永遠に」
魏嬰のその言葉に、再び目頭から温かい液体が流れ出した。ああ、今度こそ彼は己の隣ににずっといてくれる。それこそ、『永遠』に。
そのことが嬉しくて、幸せで。そっと魏嬰の背中に手を回し優しく抱きしめた。