石乙散文 その調理場にはプーンと甘い香りが漂っている。部屋の片隅に座っていた石流は、目の前の調理場でせっせとチョコレートを溶かしている乙骨をぼんやりと眺めていた。
今日は2月13日、つまりバレンタインデーの前日である。現代の日本において、バレンタインデーがどんな意味を持つかは石流も受肉した肉体の記憶を通して知っていた。女が好きな男にチョコレートをプレゼントする日、らしい。
乙骨は男だし、女ではないけれど、その慣習通り、好きなやつに渡すチョコレートを作っているのだろう。
(……そんで、その味見を頼まれた俺は、その乙骨がチョコレートを渡したい、好きなやつ、ではないわけだ)
そう考えたら思わずムッとしてしまうのは仕方ないだろう。
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