独白(仮題)「っくしゅ」
鼻をくすぐる細かな感覚に、ぼんやり目の前が明るくなる。
ひとつふたつと瞬きし世界を明瞭にすれば、カーテンから零れ出た淡い光が味気のない部屋を灰色に照らしており、そしてその1/3を烏色のフサフサが覆っているのが見えた。
そこではじめて、自分が昨晩睡眠していたのだと気がつくのだった。
実際には、フサフサは部屋を覆っているのではなく、ごく至近距離にいる男ーー夢寺健人の後頭部だ。
自分はそれを腕の中に収めており、男の後頭部に顔を埋めている姿勢のため、このような視界となっている。まだ夢の中にいる男を起こさないように、抱えていた手をそっと外し、仰向けになると身体がベッドからはみ出した。
何故こんなせせこましいベッドに二人…男二人がナカヨク寝ているのか。訳を話せば長くなるが、一言で言うなら『こいつがいないと眠れないから』だ。
ワタシ…憂睿(ユールイ)は睡眠すると、必ず悪夢を視る体質がある。中学の頃から急に発現したそれには、睡眠恐怖を引き起こすほど悩まされていた。
それがどういうわけか。
天井へ向けていた目線を、穏やかに呼吸を繰り返す相手の背中へ滑らせる。
夢寺と一緒に寝れば悪夢を視る回数が目に見えて減ることに気がついたのだ。
最初、夢寺と触れた途端、気絶とは違う意識の手放し方をして、そのまま数時間眠っていたと聞かされた時は面食らった。それこそ、ここも夢の中ではないかと疑ったくらいに。
なぜこの男と寝ると悪夢を視ずに済むのか、そもそもなぜ悪夢を視るようになったのかも、未だ解明できないでいる。勝手に湧いてくる夢なんてどうにかできるものかがまず不明だし、こいつにも尋ねてみたが、なんとも要領を得ない回答しか返ってこなかった。「夢」寺というくらいなのだから、何かしら知っていそうな気はするが…
ふと、相手が身じろいだ。
しかしまだ起きる気配はない。
本当に知らないのか、はぐらかしているのか。普段の言動を見るに、隠し事ができる奴ではないからおそらく前者だろう。
単にワタシが知らないだけかもしれないが。
人間は多面的で複雑だ。夢寺にもきっと様々な面が存在すると思う。
奔放な面、だらしない面、寛容な面…
……
やっぱりこいつには裏表無く1面しかないのでは。そんな考えがよぎるも、事実、その面にワタシは救われたのだ。
そっと男の背に自分の額を寄せると、ほんのりと体温を、そして息遣いにあわせた胸郭と背骨の伸縮を感じる。
そうでなければ、こんなよくわからない男と身を寄せ合って寝るなんて、できるわけない。
今、こうして触れているのが、夢寺のどの面かは分からない。
ただ、どうか。
この面が夢寺の悪夢でないことを願うばかりだ。