土曜日(仮題)土曜日、5:40。
暖かな日差しがカーテンの隙間から差し込み、ベッドとフローリングに優しく降り注ぐ。
その奥、つけっぱなしの蛍光灯に照らされ、男は壁に背を預けて座りこんでいた。
頭は力無く垂れ、その瞼は閉じ、投げ出された手は指の一つも動かない。
浅く、ひどく緩慢に繰り返される呼吸が、かろうじてこの男が死んではいないことを示していた。
………
さわさわと、窓付近まで伸びた木々の葉が風と遊び、木漏れ日を揺らす…
しばらく動きのなかった男の眼瞼が、不意に震えた。ゆっくりとそれが開かれ、漆を塗ったような黒い双眸が覗く。しかしそれも、半分ほど開いたところで、静止してしまった。
黒い瞳は焦点があわず虚ろに揺らぎ、そこに意思はおろか生気がなかった。
まるで、操り手のいない人形のように…
窓の外で「チュン」と雀が鳴き、いくばくかの時間が過ぎた時。
♪〜♫〜♪
男のズボンポケットから軽快な音楽が鳴り響いた。
男の身体が大きくひとつ震えると、垂れていた頭が突然がばりと上がった。
「うわあ」
漆の瞳に先程には無かった金の炎を瞬かせ、男は己のポケットをまさぐりスマートフォンのアラームをオフにした。
「あー…間に合わなかった…」
目をこすり独りごちると、拳を大きく頭上に挙げ身体を伸ばした。長い時間、屈まれくしゃくしゃにされていたであろうシャツとネクタイがくたびれた顔を見せたが、男は見ないふりをしたようだ。
眠気を振り払うように頭を振り、スマートフォンの画面を確認した。
「6:00。よし、こっちは間に合った!」
明るく言い放ちガッツポーズをし、その後手元の端末を見ながら顎に手を置く。
「とりあえず着替えてシャワーを浴びて…」とこれからの予定をブツブツとつぶやいたところで、男は言動をピタリと止めた。
冷や汗をかかんばかりの表情で見つめていたのは、端末の先の投げ出された袋、と…
完全に溶けきり、もはや牛乳とも呼べない悲惨な『元アイス』だった。
「……うっわー!!やっぱり間に合わなかったーー!」
木漏れ日は凪ぎ、歌っていた雀もさっと飛び去った。土曜日の朝一番に、男……金子ヤヨイの叫びが空高く響きわたり…
様子を観察していた俺は軽く額をおさえて、これをどう記そうか逡巡するのだった。