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    mame_cha_cha_ch

    @mame_cha_cha_ch

    基本おばみつですが、腐っているものもあります。
    ご注意下さいね。

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    mame_cha_cha_ch

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    🐍🍡純情を捧げた奴に大人気なく嫉妬する世界線のおばみつです〜
    架空の同級生が出てきます。

    ##おばみつ

    ジェラシーとスパイス伊黒は震える手で、布素材のハードカバーを開いた。
    教員紹介、集合写真に次いで各生徒の肖像が並んでいる。静かに目で追っていると、件の男の名に焦点が合った。
    思い出話にあった博識そうなイメージから、てっきり分厚い眼鏡でもかけた冴えない男を想像していたが、全く違った印象だったので驚いた。
    陽光に透ける茶色の髪質に、色素のうすい肌。どこか儚げで、柔らかな笑顔を浮かべるその容姿は、女性ならばクラッときそうな美男子だった。ゆるやかな線を描く目尻も優しい人柄を表すようで、自分とはあまりに対極的である。
    巻末のメッセージ寄せ書き欄には、その男の名と共に、『甘露寺さんへ 中学に進学しても僕のことを忘れないでね』と添えられていた。
    伊黒は額に青筋を走らせ、勢いよく卒業アルバムを閉じると本棚へと押し戻す。
    先程より、手の震えは大きくなっていた。

    ときは成人の日、午後二十二時。
    甘露寺は伊黒がお祝いにと持参したタルトケーキを前に、朗らかな笑顔を振りまいていた。
    話題の中心は専ら甘露寺が同窓会で再会した級友についてで、伊黒は珈琲を手に、彼女の話に耳を傾けている。

    「それでね、林くんっていう小学校の同級生にも久し振りに会えてね。彼はとっても頭が良かったんだけど、今は国立大学の医学生なんだって! 私が美大生だと伝えると、『昔から甘露寺さんは絵が巧かったもんね』って。絵のことも覚えていてくれたみたいで、嬉しかったなぁ」

    甘露寺はシャインマスカットに華奢なフォークを刺した。弾力のある表皮が押し込まれ、ぷつりと音を立てる。
    いや、その音は伊黒の血管から鳴ったのかもしれない。

    「んー! 瑞々しくて美味しい。ここのタルト屋さん、すごく並んだでしょう?」
    「いや、それほどでもなかったよ」

    嘘だ、実際には40分も並んだ。
    ポールから伸びる紐により整理された集団は、前も後ろも右も左も女性ばかりで、伊黒は冷や汗と動悸で体調を悪くしながら、なんとか購入に漕ぎ着けた。
    成人式の祝いにと、かなり頑張ったのだ。
    にも関わらず、何故か伊黒は見知らぬ男の魅力について随分長く聞かされている。
    『俺は奴の話を聞くために訪問した訳ではないが?』そう、神にだって悪態付いてやりたい気分なのに、恋人を前にすると口を噤むことしかできないのだから、血管の一本や二本くらいは切れよう。

    「ほんとう? ずっと気になっていたのだけれど、いつも大行列だから諦めていたのよね。ありがとう、伊黒さん」

    その笑顔の破壊力たるや、苦行にもお釣りがくるほどだ。
    一本一本ていねいに上向いた睫毛に、ふんわり色付いた頬、肌に落ちるパールの特別な煌めき。
    袴こそ脱いでしまったが、晴れ舞台の華やかな化粧は、美容広告から抜け出した女優さながらだ。
    伊黒は人の当たり前として、その美貌に魅了された。そして、件の同級生もこれを瞳に映したかと思うと、同じくらい頭痛をも憶えた。
    甘露寺はそんな伊黒の内心など露とも知らず、次のタルトへと手を伸ばす。苺もブルーベリーもメロンも、シロップでつやつやコーティングされてご機嫌に見えた。しゃくしゃくと小気味良くタルト生地を咀嚼する甘露寺は、健康的でどこまでも愛らしい。

    「頭の良い人のノートって綺麗だと言うでしょう? 林くんのノートは本当にそうなの! 筆算のイコールもね、定規を使って引くのよ。数式すら美しくて、キュンキュンしちゃった」
    「ほう」
    「農業体験っていうのがあってね、近隣の農家さんに密着して稲作体験をするの。そこでの学びを新聞にして展示するのだけど、彼ったらそれも上手で。とても纏まった文章を書くし、挿絵も味があるっていうのかな」
    「ほう」
    「最後に生徒同士でどの作品がいちばんだったかを投票するんだけど、私にも一票だけ入っていてね、それが彼からの票だったの。多分、私があんまり熱心に彼の制作過程を見るものだから、逆に気を遣わせてしまったのね」
    「ほう………」

    逃げるように啜っていた珈琲も飲み干した今、伊黒はカップの底にできた黒いシミばかりを見つめ、紋切り型の相槌を返していた。鳩のように。
    幼少の甘露寺から〈熱心に見つめられた〉男がこの世にいる。その事実に、暗澹とした気持ちが心の中で蟠を巻いていく。
    机に頬杖をつき、無垢な視線を向ける甘露寺の姿がありありと浮かんだ。春風の如く澄んだ瞳に上目で窺われ、生唾をのまない男がいるだろうか。
    先の問いかけを反語にて完結させ、伊黒は奥歯をギリギリ噛み締めた。

    その後も甘露寺は思い出話に花を咲かせていた。
    胡蝶しのぶが登下校時、絡んでくる極彩色の瞳を持った変質者にコンパスの針を突きつけて撃退したこと。
    伊黒の同僚である不死川が校庭で飼育している柴犬に懐かれていて、見かけによらず溺愛していたのが可愛らしかったこと。
    バレンタイン当日、女性陣に囲まれた冨岡の言葉が足りないばかりに、その場の空気が凪になったこと──が、それらはそよ風のように伊黒の耳を通り抜けていった。
    気が付けば、「お風呂沸いたみたい。先に失礼するね」と自宅にも関わらず丁寧に断りを入れ、浴室へ向かう甘露寺の後ろ姿を見送っていた。
    そうして、冒頭に至る。

    伊黒は冷水を浴びながら、深いため息を吐いた。真冬の水は肌を切るように冷たい。
    伊黒の頭を席巻するのは、『年間行事』の項目にあった甘露寺と奴とのツーショットである。
    あんなもの端から見てはいけなかったのだ。恋人の携帯と卒業アルバムは無断で見てはいけないと相場は決まっているのだから。
    ラブロマンスの火種の王道ではないか。

    それにしたって、仲睦まじい姿であった。
    田んぼを背に、甘露寺は大輪の笑顔を綻ばせ、奴は少し困った、その実嬉しくて堪らないといった風情で寄り添い合っていた。未来の伊黒が入り込む余地など皆無である。
    怨嗟のことばも張本人には届かぬのだから、募る怒りの捌け口がない。
    他人の視線がないのをよいことに、チッと大きく舌打ちするとシャワーを止めて脱衣所へと出た。



    「伊黒さん、身体がすごく冷たいけれど、ちゃんと湯船に浸かった?」

    甘露寺が伊黒の胸にピッタリと身体を寄せながら、肩まで覆うように毛布を掛けてくれる。
    上目に問われれば、結局のところ可愛い、大好きと思うしかなかった。
    そんな、己の単純さをも伊黒は恨めしく思う。

    「ああ、問題ない」

    そう、そんなことは問題ではない。全くもって。
    たっぷりと食べた甘露寺は入浴で血行を良くし、既にとろりと瞼を落としている。健康そのものの明快な身体は伊黒にとって好ましい。
    否、男であれば誰だってそうなのでは、と思う。元来、女性に興味のなかった伊黒をここまで魅了する生まれ持っての才は、魔力のようなものだ。そうしてまた、奴へと思考が引き戻される。
    伊黒はゲンナリとして世を儚んだ。腕の中に甘露寺がいるというのに、彼女との間にうっすらと膜ができてしまったような気がする。
    奴にはどんな地獄も生温い。三途に召されるだけで済まされると思うなよ、と内心毒づいた。

    「なんだか、元気もないみたい。本当に大丈夫?」

    花屋の軒先のような、清楚で爽やかな香りが伊黒の鼻を抜けていった。
    化粧品の類か、はたまた甘露寺の肌から立つ香りなのか。彼女のまわりはいつもこの香りに包まれている。
    気が緩んだ。悲哀にかまけて、胸に留め置けばよいものが、つい口を突いて出る。

    「……甘露寺の初恋は、先程話していた林くんとやらなのか?」

    身も蓋もなく言えば、〈自分とは全く違った、ああいうタイプが本当は好きなのか?〉となるが、仮にも先に社会に出た者として、なけなしの矜持で踏みとどまった。卒業アルバムを見たと白状することと同義であるし。
    微睡んでいた甘露寺は、やにわに瞳を大きく瞬いた。その奥には光が宿っていて、楽しい恋バナの予感に覚醒したことが窺える。

    「う〜ん、初恋かって問われると難しいかも。確かに林くんはお勉強が得意で素敵だったけれど。それを言うなら、吉田くんは脚が速くて素敵だったし、岡本くんは弟みたいに可愛らしくて素敵だったし……」

    伊黒は末代まで呪う勢いで、連ねられた苗字を海馬に叩き込んだ。
    もはや親の仇や戦犯といった具合である。

    「けれど、今思えば、恋って感じてはなかったと思うわ。お花が綺麗とか、新作のデザートが見栄える、なんかの延長にあるような〈好き〉なの」
    「うん」
    「だから、初恋は伊黒さんだと思う」

    その言葉に、伊黒は感電したみたいに弾かれた。
    甘露寺の愛はまるで光だ──相対して、己の精彩を欠いた在り方が浮き彫りになるようで、尻込みしてしまうほどに鮮烈で圧倒的な。
    疑う余地のない愛を一身に向けられながら、過去に嫉妬していた己の矮小さに嫌気が差す。

    「………すまない、野暮な質問だった」
    「もしかして、ちょっぴり嫉妬してくれた?」
    「ああ、ほんの少し」

    記憶に焼き付けんとしていた彼女の級友たちは、既に有象無象となった。

    「俺の初恋も甘露寺だ」
    「きゃあっ……!」

    甘露寺は大袈裟に肩を跳ねさせると顔を覆った。そして、指の間から伊黒をこっそりと窺う。
    その仕草があんまりに可愛らしくて、またも伊黒は恋に落ちた。
    陰鬱が一転、天国にいるよう。
    気持ちが対極に振り切れるその様は、まるでシーソーみたいだと、最後の理性で伊黒は思う。





    「伊黒さん、擽ったい……」

    シーツに深い皺を寄せ、甘露寺は甘い声を出す。
    溶け出しそうな体温を抱いて、伊黒は心臓を震わせた。

    嫉妬はいつの世も、情炎のためのスパイスなのだ。
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