天国と地獄伊黒は地獄に落ちた。自らが望んでのことである。
「で、キミは何を償いにココへきたの?」
「親族を見殺しにして、己だけが生き延びたことだ」
「フーン………」
童磨は手元の帳面を見た。
伊黒小芭内、見覚えのある制服から鬼殺隊であることは一目で分かったが、その中でも最高位の柱である。
生い立ちからザッと目を通しても、童磨には伊黒に落ち度があるとは思えなかった。前提として、善悪を客観的に判断する能力が欠落しているということもある。
ここは死後、軽犯罪を犯した者と天上に行くことを躊躇う者が寄越される地獄である。伊黒はもちろん後者だ。
「御免ね、次が来たみたい。キミはちょっと脇に退いてくれる」
「はっ?」
伊黒の後ろには青白い顔をした女性が立っていた。年端のいかない容姿から、まだ成人もしていないように見受けられる。
伊黒は指示通り、女に場を譲った。
「償うべき罪はないけれど、どうしてここに来たのかな?」
子供をあやすような猫撫で声で、童磨は問うた。伊黒に対する時より幾分優しかった。
「子供を堕胎したからです」
童磨はまた手元の帳面を見て「フーン、その罪の意識で自死を選んだんだね」と囀るように言った。声のトーンと女の人生の憂さが全く相応しくないと伊黒は思ったが、黙って展開を見守る。
「キミは天上へ上がっていいよ! 何も悪いことしていないからね」
「でも、堕胎も自死もいけないことですよね」
「辛かったよね。いいよ、僕が赦してあげる」
「ううっ、有難うございます……」
女は背中をこれ以上なく小さく丸め、泣きながら天上への階段を登っていった。
暗闇の中ギイイイと大仰な音を立て、立て続けに死者がやってきた。次は頬がこけた初老の男だった。童磨が罪状を読み上げる。
「酒浸りで納税もままならなかったのかな?」
「はい、左様でございます」
男は肩をすくめ、臆病そうに目を泳がせた。酒浸りは小心者と相場は決まっている。現実と向き合う度量がないから酩酊に逃げ込むのだ。
酒浸りは地獄界において軽犯罪とみなされる。しかし、男が心から反省をしていることは、身体の節々から滲み出ていた。
「んーー、じゃあ極刑で」
「「えっ!?」」
男と伊黒の声が重なった。
次の瞬間、男の足元がパックリと口を開けて男を飲み込んだ。野太い悲鳴が空間に轟く。如何にも地獄といった風情だった。
「おい!」
「まだいたの?」
童磨は伊黒のことなどすっかり忘れていた。
付け足すように「天上への階段はあっちだよ」と言って、童磨は目先にある白亜の石段を指差す。
「意味が分からん」
「エッ? 何かおかしかった?」
童磨はどこまでも邪気のない顔をする。
正気かと伊黒は思う。
「刑量の基準が分からない」
「堕胎させた罪の意識でココに来た男はいないよ。それに自死できたってことは、その時点で精神の病なんだ。病死と何が違うの?」
どこまでも本質的な男である。正論がときに刃になることを理解できないのだ。元来、機微に鈍く、鬼になってからの期間の方が圧倒的に長くなってからはその傾向は一層強くなった。
「………では、男の方は?」
「俺は汚い男が嫌いなんだ」
「理不尽極まれりだな」
「女性にはすべからく優しくすべきだって、道徳で習わなかった?」
「お前だけには道徳を説かれたくはない。この役職にお前を据えた奴は馬鹿なのか」
「じゃあ、キミは今日から俺の助手をしておくれよ。俺だってこんなお役目は御免なんだ」
「………は?」
「で、キミが満足したら勝手に天国にいったらいいじゃない」
童磨はニコ! と笑った。
伊黒は得も言われぬ恐怖を感じた。理不尽と不条理で塗り固めたような微笑みが、地獄にぴったりであったから。
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伊黒が琴切れる数時間前。
毒により再生不能となった童磨は、胡蝶しのぶと共に死んだ。当然しのぶは天上へと召された訳であるが、数多の罪状を持つ童磨にはさすがの地獄の裁判人も頭を抱えた。しかも、当の本人は針飲みも火炙りも、楽しみで堪らないとニコニコしている。これでは何の罰にもならない。
裁判人はお帳面を見た。童磨の人生を席巻するもの、それを突き詰めれば『退屈』であるらしい。容姿端麗、頭脳明晰な童磨はどこへいって、何をやっても崇められた。鬼になった理由もひとえに俗世に飽きたからであった。
そこから導き出された刑が〈退屈な職務を課すこと〉である。極悪人ではなく、天国でも地獄でもどちらでもよいという塩梅の、半端なひとびとを延々と扱って貰えばよい。それが童磨にとっての極刑であった。
たったの数時間でも飽き飽きしていたが、渡りに船とばかりに伊黒がやってきた。鬼殺に命を投じて尚、有りもしない罪を償いたいとのたまう生真面目さが童磨にとっては面白かった。酔狂ともいえる。
童磨に代わって審判台に腰を据えた伊黒は、着流しに立派な外套を羽織ってすでに山ほどの仕事をこなしていた。
納税を怠った男に20年の労働を課すと、伊黒は溜息を吐いた。
「罪として職務をこなすべきお前が、他人事のようにキセルを吹かしていることが腑に落ちん」
「適材適所って言葉知らない? キミだって、死んでまで不幸なひとは増やしたくないでしょ」
童磨は背の高い瀟酒な椅子に腰掛け、足を組んで踏ん反り返っている。
堅牢な真鍮の扉がギイイイと大仰な音を立てて開いた。「ほら、次のお客さんだよ」と童磨は朗らかに言った。
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最近「こんなん書いてたんや」とメモ帳から発掘し、おめでたくも割と面白いやん、と思いましてここに供養。
この後、退屈凌ぎ程度に肉体関係を持ちつつ、大正、昭和、平成と年号を跨ぐ期間を二人で過ごしていく訳です。結末だけは初めに決めていて、蜜璃ちゃんが転生する兆しを感知した伊黒さんは童磨のことなんか歯牙にも掛けず天国への階段を上っていく。ずーっと彼女の名前さえ出さずにいたのに、その足取りには微塵の迷いもない。そんな伊黒さんの背中を認め、童磨は「ん?」と胸に違和感を覚えるんだけど、自分の感情にも理解が乏しいからただ綺麗に笑って「またね♡」と見送る
ていうの、良くないですか?!?歪んでるけども…良くないか…
フリー素材なので誰が仕上げて欲しいな!😂✌️