所在地教えて 履歴書持っていくから「小芭内さん、見て! ロイズのポテトチップスチョコレートがあるわ! 買ってもいいかしら」
入店早々、甘露寺はレジ前の特設コーナーに飛びついた。『ああ勿論だ』という伊黒の声を棚越しに聞きながら、ラソマルは内心でガッツポーズをしていた。ここに勤める店員は甘露寺の胃袋をガッチリと掴み、彼女の嗜好に合いそうなものを見つけては店頭に並べていた。他のコンビニ行かせてなるものか、と画策しているのである。
その辺のドラッグストアより品揃えがいい衛生品(お察し)コーナーといい、不気味なくらいニヨニヨしている店員といい、伊黒は自宅から最寄りのこの店にキナ臭いものを感じている。しかしながら甘露寺が『あそこのコンビニがいいわ!』と言うので、ひとつ返事するより他なかった。伊黒にとって甘露寺の言葉は憲法に等しい。
蛇のモチーフに、桃色と縞模様を巧みに使ったポップを伊黒は見つめた。『世界のスキン特集』とある。どんなコンビニだ。怪し過ぎるだろう。鏑丸を飼っているし、恋人の髪色や伊黒の衣服の嗜好からして、自分達のことを示唆されている気がしてならない。まぁ、実際その通りだった。
(一体誰が描いてるんだ…無駄にポップが上手いんだよな)
〆イである。彼女は類稀なる高い画力をこんなところで浪費していた。ポップの使用期限が終わっても、他の店員たちは〆イのポップを『推し概念♡』と言って密かに持ち帰るなどしている。
因みにこの店でキチンと働いている店員はこゆひしかいない。同じおばみつ絵師の中でも、〆イは描いている時間以外だいたい探し物をしていたし、架折は東京リベンジャーズにも自カプがいるので創作のインプットとアウトプットに忙しく、可能性の追求という名の海を常に泳いでいた。つまり全然仕事にならなかった。おばみつだけでも大正、定食屋、キ学と手一杯なのに、不良がタイムリープするアウトローの世界にまで沼っているのだから心常にここにあらずも致し方ない。
甘露寺は豚まんよりピザまんが好きなので、週末はお泊まりデートを全力で支援すべく(色々とエネルギーがいるから…♡)沢山仕込むルールになっているのだが、今日も今日とて架折の脳内はパラレルワールドだったので、レジ横のショーケースには彼女が解凍したピザまんが五段ギチギチに詰まっていた。いくら何でも出し過ぎだろう。
働きぶりに関して他のメンバーについては言うに及ばずだった。こゆひだけが前出しや発注など給与を貰うに値する仕事をしていた。因みにお耽美担当はラソマルだ。世界のスキンコーナーも彼女の手によるものである。ラソマルの思惑通り、甘露寺はおばみつ概念なパッケージ重視の怪しい商品を手に『小芭内さん見て!こんな商品があるのだけれど…♡』と好奇心旺盛に可愛くお伺いを立てた。一分毎秒、甘露寺に惚れ直している伊黒は、君が好きなものでいいよと優しく答えることしかできない。本当はその横の国産の薄いやつが良いけれど…
余談であるが、たかが概念と一般人は笑うかもしれない。しかし限界オタクたちは些細な概念を掻き集めて何とか延命を図っている。電信柱の縞々やさくらラテ等に推しを見出す作業を、呼吸をするくらい自然とやってのける。それだけで幸せになれる反面、オタクは致死率の高い生き物でもあった。かくいう私も『蜜璃ちゃんの誕生日をお祝いする話が間に合わなさそうだからお暇貰っていい?』と聞いた折、『別に良いけど、誕生日を祝うの? 架空の人物の…?』と家人に曇りなき眼向けられ、羞恥で死んでしまったことがある。そうやって自爆することもあれば、尊過ぎる作品を浴びて死ぬこともある。とにかくオタクはすぐに死ぬ。
お菓子や飲料、軽食がたっぷり詰まったカゴを伊黒がレジ台に置くと、勤務中のラソマルと〆イは他の全てをかなぐり捨てて二人体制でレジに入った。バーコードをピッピしながら2Lのミネラルウォーターを見つめ『鈴の声が枯れたらいけないものね…』とラソマルはふしだらな妄想を膨らませる。帰宅したら、取る物も取らずにSSを書くことにしよう。上手く纏まれば長編としてpixivでシリーズ化出来るかもしれない。そんなことを考えながら、ラソマルは赤ちゃんをおくるみに包む如き丁寧さで件のモノを包装した。笑顔が止まらない。マスクをしていて良かった。
「あと、ピザまんを20個ください」
ショーケースにはピザまんが50個は詰まっているので、やはり売れ残りそうだ。まぁ端から利益が出ているのか怪しい店なので架折は気にしなくて良い。
〆イは差し出されたエコバッグに商品を詰める傍ら、表情が変わるときに皺が寄る位置や、全体の骨格や肉付きなどを拝む勢いで観察していた。ミネラルウォーターとピザまんは袋を分けた方が良いんじゃないかな。あ、一緒に入れちゃった…手元なんて一切見ていないのだ、さもありなん。
「何か付いていますか?」
! 伊黒に訝しまれてしまった。
「……ありがとうございます♡」
「はぁ…………」
甘露寺は『何だかよく分からないけれど、感謝して下さって素敵!』と思ったし、伊黒は脈絡のないありがとうをシンプルに怖いと思った。こんなにも愛しているのに…
■
こゆひは商品の前出しをしつつ、コピー機には極力近付かないようにして陳列棚にハタキを掛けている。コピー機を利用しているご婦人は手元を隠すように横揺れしていた。あみほである。
(あれはネップリをするときのオタクの動き…)
そう正しく理解したこゆひは、世を忍んでオタ活するあみほに素知らぬふりをしてあげた。おばみつと横揺れの彼女が鉢合わせたとき、はヒイッ……! と奇声を上げていたので多分、自分と同じおばみつの民だろうと密かに仲間意識を持っている。あみほは過去にネップリ登録された殆どの作品をお迎えしているが、このコンビニは何故かとても心地よくネップリできるので最寄りではないのに御用達にしていた。
こゆひは商品の発注や、期限チェックを着実に片付けていく。再三言うように彼女くらいしか給与に見合う働きをする者がいないのだ。Twitterで登場するオタクを募ったとき、こゆひの名前があって私は心底安心した。彼女が立候補していなければ、この店は成り立っていなかった。絵を描く暇も与えず働かせてごめんなさい、そしてありがとう。
そんな勤勉なこゆひが再起不能になってしまった。ファンブック発売日のことである。
『可愛い大好き』『告白しようと思ったことがあった』という追加情報に、情緒が手に負えなくなってしまったのだ。この日、全国各地で雄叫びを上げ思いの丈をツイートするものや、笑いながら虚空を見つめるおばみつ民が大量発生していた。オタクは生殺与奪の権を原作者と公式に握られている。この日だけでおばみつ民からは銀河系の数にも劣らぬ死者が出ていた。南無…
という訳で代打でシフトに入ったのがさねおばの住民たちである。あかすけとにゅこらは来客が途絶えたので、レジ奥のスペースにて揃いの弁当を食べていた。あかすけの手製弁当である。また家族がお弁当は要らないと、作ってしまってから伝えてきたのだ。またかよ…だから再三、花より男子では花沢類を選ぶべきと言ったのにあかすけは強火の道明寺司推しだった。花沢類であれば、不要な弁当など作らずに済んだ筈なのに…
入店音が鳴って、二人は箸を置く。
「「ギッ、(叫びを噛み殺す)」」
ズッ友だった。代わりにシフトに入ってくれる優しい二人に天からの恵みである。
にゅこらは胸の前に手をギュッ!と組み合わせ、憧れの先輩を見ている女子高生になってしまった。彼女の周りには今、青い風が吹いている。
ズッ友の二人は別行動をとったり、かと思えば肩を寄せて雑誌の表紙に何かを言い合ったりしている。たわいない言動を遠目に捉えながら、ワンシーンごとに妄想で自分たちに都合のいい意味を付加していく。オタクの常套手段である。あかすけとにゅこらは世捨て人になって、一生この光景だけ見ていたい…という国民の義務に反した願望を募らせていた。勤労して下さい。
ズッ友は連れ立ってレジにやってきた。不死川が先行で手にしている商品を天板の上に置いた。清涼感強めのフリスクと綾鷹だった。
(分かる…!大家族だからミネラルウォーターにお金使えない堅実なタイプなのよ、実弥は!)
(レジ袋は絶対要らないっていうタイプ)
(爽健美茶やほうじ茶より、濃いめの緑茶を好みそうだと思ってた)
(清涼感は強いものを選ぶよね!)
(歯磨き粉もミント感強めでしょ、知ってる笑)
(泊まりで遊びに来た小芭内は『辛っ…』って眉をひそめるから、次遊びにk)
たった二つのアイテムに、あかすけとにゅこらの脳内はニコ動のように文字が行き交っている。
「あのォ……?」
「「ハッ! すいません」」
にゅこらは急いでバーコードを読み取る。
「レジ袋はご利用ですか?」
「要らないです」
「「ありがとうございます!!!!!!」」
不死川は不審な顔をしていたが、それすら二人にはご褒美だった。次いで伊黒が商品を差し出してくる。ミネラルウォーターとゼリータイプの栄養ドリンク、そしてゴムだった。シンプルに国産の薄いヤツである。
あかすけとにゅこらが勝訴した瞬間である。
(待って待って待って…!)
(このシーンだけ切り取れば)
【【さねおば確じゃん!!】】
「……どうかしましたか?」
「「ありがとうございます(泣)」」
「大丈夫ですか……?」
にゅこらは伊黒の隣に控えている不死川の手元を確認する。爪は短く切り揃えられていた。完全無欠の勝利だった。詳らかに説明はしないが、オタクたちは推しが爪を短くしているだけで幸せになれる。何とは言わないがそういうことなのだ。オタクは瑣末な出来事から無尽蔵に妄想を膨らませる。『ジャックと豆の木』『さくらんぼ』というワードだけで、推しカプを幸せにしたり、気持ち良くすることがいくらでも出来ちゃうのだ!
にゅこらは衛生商品をお包み申し上げる紙袋を取るフリをして、その場にくずおれた。ほとんど腰が抜けていた。動悸も激しい。
頭では分かっている。単純に、甘露寺が選ぶ原産国の分からぬ怪しい商品よりこちらが良いので買い置きしているだけだと。『原作で実弥と小芭内が本当に付き合ってると思うの?』と問われれば『そんな訳ないじゃん』と即答できる。しかしそれはそれだし、これはこれなのだ。
『大正のおばみつがセッしてると思う?』と問われれば『いや、してないやろ』と皆答える筈だ。しかし推し二次作家の大正軸R18作品が投稿されれば、手を合わせて有り難く拝見する。事実と幻覚を清濁併せ呑む、それがオタクの基本的姿勢である。
「めちゃくちゃ尊かったな…」
「もう無理、何も手に付かへん」
さねおばの二人はあればあるだけ使っちゃうだろうなぁと、突発的に思ったあかすけは『あればあるだけ使っちゃう』!??と自分で思い付いたフレーズに大噴火を起こしていた。鉄は熱いうちに打つべきなので、これは早いこと作品として消化しなければ。
一方のにゅこらは先ほどのシチュを、セの付くお友達という設定で膨らませていた。誰しも二秒で堕ちる大好きな癖というのはある。セのお友達ならば、いち(R1e)とまめちゃ、それからゆめるあたりは釣れるだろう。ある程度創作を続けていたら、その設定で誰が釣れるかというのが凡そ分かってくるのだ。
今に限ったことではないが、ここから先あかすけとにゅこらは全く仕事にならなかった。
■
泡沫は屍になっていた。レジ前にあった鬼滅の一番くじの3等である伊黒小芭内フィギュアが客の手に渡ってしまったからだ。この店で得た報酬以上のお金を、くじに投じていたのに…いーさんは泡沫を宥めてやりつつ、この店に鬼滅のくじを入れるのはもう止めた方がいいと至極真っ当に考えている。ただでさえ仕事が手に付かないというのに、くじを所望されれば皆一様に目を血走らせて蛇柱が出ないことを祈り、推しをお見送りした暁には血の涙を流して客足を遠ざけていた。
「いらっしゃいませ〜」
童磨だった。他の商品棚には目もくれず童磨は一直線にレジへとやって来る。屍になっていた泡沫は鞭に打たれたように蘇生した。何を言わせるまでもなく、アメスピのリーフターコイズを手に取る。
「ありがとう(CV 宮野真守)」
泡沫といーさんは目尻と口端がくっ付くくらい笑顔になった。この男の声は宮野真守以外には考えられなかった。『どうしたどうした?』という初登場で命を落としたオタクは多い筈だ。映画において、天才肌で感情への理解が足りず無自覚に猗窩座を煽りまくる童磨に、ニコニコが顔から剥がれなくなったのは、何も私だけではあるまい。音声収録CDの発売はいつですか?
「カートンじゃなくて良かったですか?」
「沢山買ってもすぐに失くしてしまうから」
童磨は少し眉を落として綺麗に笑う。二人は解釈一致に内心握り拳を天に突き上げた。分かる。この男は現実的な暮らしが出来てはいけない。身の回りはガキ遣のお仕置き集団のように、ザッと四方から湧いて来るお世話係に任せている筈だ。靴下をペアにして畳むことすら許さない。
童磨は死ぬほどいい匂いの残り香を残し、帰っていった。多分、極楽浄土はこういう匂いがするのだろう。
「…………ッ(尊)」
泡沫は童磨の香水がどこのブランドなのか知りたい欲求を煮詰めていた。枕に振って眠れば極楽浄土に逝ける気がする。泡沫を筆頭として多くのオタクはあまりに尊いものと対峙したとき、語彙が地平線の彼方へと流されてしまう。その尊さに見合うだけの表現がどうしたって見つからない。正しく言葉にできないのだ。泡沫が小田和正になっているその頃、バックヤードでは──
「こんなとこに居るはずもないのに……」
〆イは山崎まさよしになっていた。また目薬を失くしてしまったらしい。見つかりますように…目薬の開封後期限は一ヶ月だよ…
「ていうか、またピザまん出し過ぎじゃない?」
泡沫が呆れ気味にいーさんに言った。架折の仕事に違いなかった。彼女は今日、どのパラレルワールドを生きていたのだろう。
「それなら大丈夫やろ」
いーさんにはピザまんを捌くアテがあるらしかった。折よくして、その人物がやってきた。次のシフトに入っている洗だった。
「洗さん、これ買ってや」
「ガハハ! いいよ!」
洗は食べれるかどうかも度外視して全て購入した。彼女は常々セブンチャレンジなるものをやっている。店員からホットスナックを『ご一緒にいかがですか?』と促販されたとき、断れるか否かというチャレンジらしい。私はそのような声掛けを受けた試しがないのだが、本当にセブイレなのだろうか。それとも大阪とは仕様が違うだけか…因みに洗がこのチャレンジに勝てた試しはなく、とどのつまり良いカモであった。退勤する泡沫といーさんを視界の隅で見送りつつ、洗はニコニコとピザまんを食べながら勤務中にTwitterをしている。
『伊黒小芭内〜!』とツイートしまくっていると念願叶ってご本人が入店してきた。伊黒は小さな荷物を小脇に抱え、雑誌コーナーを横切って店内を物色している。
ウルトラアルティメットSSR雑食の洗にとってこの職場は天国だった。現在店内には炭治郎とカナヲ、そして見知らぬおじさんの二組がいたが、どのように組み合わせてもカップリングを成立させることができた。カナヲを商品棚で上手い具合に隠す位置から切り取れば炭×おばになったし、モブおじを左にしてもよい。ルーレットでお相手を決めることもあるくらいだ、きっと地球外生命体でも書けるのだろう。
「すいません」
「ハッ!??」
伊黒だった。不審なものを見る目をしてレジ前に立っている。もうこんなコンビニ利用しなければいいのに…
「宅急便をお願いします」
洗はニッッコニコで伝票を伊黒に差し出した。
「あ、書いてきたので大丈夫です」
「(´・ω・`)」
「それよりテープを貸してもらえますか。左右の固定が甘くて」
「左右を、固定………」
「もう少ししっかりと固定したくて」
「しっかりと……?」
「はい、左右をガッチリと固定」
洗は息絶えてしまった。
唯一の弱点であるワードを、まさかの推しから不意打ちされてしまったからだ。『左右固定』。それは雑食人間にとって由々しき単語だった。『貴方のイラストずっと素敵だと思って見ていました|ω・)♡』そう声を掛けたくてもbioに左右固定と記載があれば、『ゴンお前は光だ…眩しくて真っ直ぐと見つめられないけど』というキルアの気持ちになってしまう。穢れた血を浄化しなければ、自ら話しかけるなんて至難だ。まぁ、しかし洗にとっては本望みたいな死因と言える。彼女は常々推しに斬られたいと言っていたし。
これを読んでいる大方のオタクは188話が地上波放送されたときに命を落とすだろう。運良く生き残ったとしても『必ず君を幸せにする』で無惨と共に散りゆくことが確定している。
洗、君はひとりじゃない───
(完)
何コレ!!??って皆思ってると思うけど、一番身に染みてそう痛感してるのは他でもない私。