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    air_aoki

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    air_aoki

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    スパコミに間に合わなかったやつ

    ・オメガバでもなんでもないけど産んだよ
    ・子持ち青黄をセルフで煎じることn回目
    ・ほもはファンタジー!
    ・お世話になります緑間っち!
    ・ハッピー青黄!

    青峰っちに内緒で子供を産んだ黄瀬の話 常にまとわりつく倦怠感、原因不明の微熱、突然襲ってくる吐き気と嘔吐で体力は削られるばかりだった。理性だけでは抗えないほどの眠気があって、自分の体なのに、ままならないことばかり。
     不安ばかりが煽られて、あっという間に一ヶ月経った。満開の桜は見損ねた。外を見るより、ベッドに横になっている方が多かったから。視界に入るのは青空じゃなく、部屋の無機質な壁か、天井か。
     食事がまともに摂れなくて、やむなく病院で点滴を受けると多少はマシになるが、その効果も長くは持続しない。タオルを口元にあてて、ふうふうと浅く息を吐く。ぎゅ、と握った手は情けなく震えていた。
     何が不安なのか、悲しいのか、辛いのか。もうよくわからない。生温い雫が、ポロポロと勝手に瞳から溢れてくる。ああ、貴重な水分なのに、とどこか他人事のように思った。
     何をしたっていうんだろう。こんなに苦しい思いをするほど、日頃の行いが悪かった覚えはない。
     仕事は真面目にこなしていた。タテヨコの繋がりと経験で幅が広がる業界だから、人付き合いだってそこそこうまくやっていて。ああ、一個だけうまくいってないの、たった。
     三ヶ月前、十年付き合った想い人とさようならをした

    「あおみねっち、、」

     呼んでも返事なんかない。わかってるのに、声に出したら奥の方で必死に律していた何かがガラガラと崩れた。虚しくて、寂しくなって、余計にに涙が溢れてくる。
     初めから、十年だけの約束だった。三十を迎える前にはさよならをしよう。それまでは、若気の至りの過ちってことでいいから、一緒にいて。提案したのは黄瀬の方から。青峰は何か言いたげだったけれど、最終的には縦に首を振った。ぶっきらぼうで、ちょっと横暴で、でも本当は面倒みが良くて優しいから。そういう所も好きだった。
     約束の日まで、喧嘩もたくさんした。ただ一緒にいられて幸せだったから、それ以上は望めないんだって、何度も自分に言い聞かせて。迎えた別れの日、最後だから酷くしてと強請って、抱いてもらった。躊躇いがちな腕を取って、強引に唇を奪って無理やりその気にさせて。最後は折れてくれる、その優しさを利用した。
     痛かった。苦しかった。好きだった。今でも、好きだ。でも好きだけじゃ、ずっと一緒になんていられないのだ。生産性のない自分といるより、もっといい未来がある。そうやって、自ら手放した。
     好きだけど、さようなら。
     記憶の中の最後の青峰は、心底呆れたような顔で、黄瀬の頭をくしゃりと撫でた。


     一向によくならない体調を心配したマネージャーに連れてこられた大きな病院。朝から採血、検査、診察とぐるぐる病院内を回されてぐったりした。疲れただけで、きっとまた原因なんてわからないと言われて終わりなんだろう。無気力に待合の椅子に座ってぼうっとしていると、目の前で誰かが立ち止まった。座っている視線の高さだと、股下しか見えない。背が高そうだな。自分よりも大きいだろうか。黄瀬も標準よりは大分身長が高い。おかげでどこに行っても目立つ。変装してもあまり意味がなくて、今日もとくに何も身に着けていないから、あのモデルの黄瀬涼太だとバレてじろじろと観察されているのだろうか。同性っぽいけど、珍しい。ゆるゆると視線を上に動かすと、そこには見知った顔があった。

    「あれ……緑間っちだ」
    「酷い顔色だな、黄瀬」
    「なんで?」
    「ここが勤務先なのだよ」
    「へえ、知らなかったっス。元気?」
    「明らかに元気の無さそうなお前よりはな」
    「あー…はは。まあ、ちょーっと調子悪いなくらいでそんな」
    「嘘を吐け。あれで、よく言う」
    「…緑間っち?」
    「来い、説明してやる」
    「えっ…何の?」
    「お前の検査結果に決まっているのだよ」

     くい、とメガネのブリッジを上げる。緑間の瞳は、レンズの反射でよく見えなかった。




    「あの時の緑間っちの顔、おもしろかったっスよねえ」
    「いつの話をしている」

     液晶画面を前に、カタカタとキーボードを叩くのもだいぶ慣れた。デスクワークをしている自分なんて、学生の頃には想像もしていなかったのに。今こうして同級生と同じ職場にいることも不思議な感じ。

    「でも、あの時真剣に話してくれたし。信じてくれたから嬉しかったっス」

     感謝の言葉を続けると、緑間がむず痒そうにメガネのブリッジに触れた。
     あの時、今から五年前。体調不良の原因を調べに訪れた病院で同級生と再会。そうして告げられた結果は、とても信じ難く、けれど現実だった。
     子供ができた。相手はもちろん一人しかいない。青峰との子供だ。男の自分が、一体どうして。難しい説明はよくわからなくて、だだ、お腹に宿っている小さな命の尊さと愛おしさに、涙腺が緩んだ。
      そこからはもう目眩のするような怒涛の展開で、芸能活動は突如の休業。最初こそエンタメ界を騒がせた物の人の噂もなんとやら。その内メディアに取り沙汰されることもなくなって。ひと目につかぬ用に都会の喧騒から離れた場所で、黄瀬は一人子供を産んだ。






     春は出会いの季節というけれど、それは唐突に訪れた。

    「モデルで有名だったキセくんじゃん」

     初めて会った時のセリフによく似ていた。忘れもしない。あんなに心を揺さぶられた日の出来事を。忘れられるわけがなかった。出会ってしまった。どうしようもないほどの憧れに。

    「なん、で」

     まるで昨日まで会ってたみたいな声色で、青峰は話し続ける。

    「相変わらず目立つ頭してんな。まあ目立つの頭だけじゃねえけど。あとお前あんま変わんねえな。老けねえ?っていうの?」

     どうしたらそのテンションになれるんだ。会わないようにしてきたのに。知られたくなかったから。バスケもしていない。芸能活動もやめてしまった。今は縁があって病院で勤務している、ただの事務職員。最低限必要な生活費を稼いで、日々を生きていくのに精一杯。
     アメリカに行って、バスケ界に名を刻んで。雑誌のインタビューやテレビで目にすることもあるようなスター選手の青峰とは、もう到底隣に並び得ない。

    「なんでここにって顔してんな。たまたまな。まじで。別に誰に聞いたとかじゃねえよ。知り合いの選手のリハビリ見舞いきただけ。ここのスポーツ医療センター、評判いいだろ。転院したっつーから。昔世話になったし顔見ようと思ってよ」

     記憶の中の青峰よりも、随分と饒舌だ。清潭な横顔は、歳を重ねて深みを増して、紙面や画面を通して見るより随分と格好良く見えた。
     やっぱり好き。ぽっと花開いたような感情にはってして、思わず視線を逸した。

    「でさ、さっきそいつと話してたら面白い話聞いた」

     青峰の意図がまるでわからない。あまり難しい話をするようなタイプではなかったのに。回り道をして、ゆっくり近づいてくるみたい。昔なら考えられない。黄瀬の知らない、少し大人の顔だった。

    「ここ、来るの初めてじゃねえんだ。もう何回か来てる。そんでさ、最近聞かれた。オレのガキの頃にそっくりな子供が、院内のミニコートでバスケしてるってよ。お前、なんか知らね?その格好、ここで働いてんだろ」

     青峰の言う子供のことは、すぐにわかった。もちろん黄瀬が産んだ子供だ。青峰に秘密にして産んだ。黄瀬の息子は、青峰によく似ていた。それはそうだ。半分は青峰の遺伝子を継いでいる。いや、見た目だけで言えば半分以上。褐色の肌も、青い髪も青峰とそっくり。瞳の色だけは黄瀬と同じ黄色だったが、顔立ちもどちらかといえば青峰に寄っていた。どれだけDNAが強いのか。離れていても感じられる面影に、色んな感情を掻き乱されたのも今は思い出。どんな姿形だって、子供は愛おしい存在だ。なんて我が子に思いを馳せている場合じゃない。今はこの危機的とも呼べる状況を、どうにかして回避しなければならない。
     普段ろくに使わない頭をフル回転させるもたかが知れていて、やっとで発した声は震えていたし言葉はつっかえた。

    「き、気のせいじゃないスか?」
    「誤魔化すの下手かよ」

     間髪入れぬツッコミにたじろぐ。
     バレている。どこからだ。緑間から?いや、誰に聞いたとかではないと言っていたし、今更緑間もそんな勝手はしないと黄瀬は信じている。バラされるなら、妊娠が発覚したあの時、青峰に知られずに産みたいと懇願した時に反対されたであろうし、バラされたはず。でも緑間は黄瀬の頼みを静かに聞き入れた。
     だとしたら本当にたまたま?偶然そんな噂話を耳にしてここに辿り着いたのだろうか。


     どうしよう。勝手に産んで、その似ている子は青峰の子です、なんて言ったら怒られるだろうか。それとも、自分の子供ならと連れて行かれてしまうのか。あの子だけはだめだ。絶対に。あれは青峰との大事な…。大事な?
     確かに大事だ。何よりも大切で、守りたい、幸せにしたい存在。けれど、本当に自分といることで、あの子は幸せだろうか。
     片親で、しかも男の体から産まれた特異な存在で。世間一般に父親と定義するには憚れる自分より、青峰といた方がよかったのでは。青峰によく似ているから、多分黄瀬自身と親子と形容するよりもずっと自然だ。
     カタカタと手が震える。脳が痺れたみたいで、うまく考えが巡らない。

    (あれ、いき、どうやって、するんだっけ)

    「黄瀬…?おい、どうした。落ち着け。黄瀬、黄瀬」

     背中に充てられた大きな手。この温もりには覚えがある。

    「あ、ぉ…っ」
    「黄瀬、大丈夫。なんもしねーって。ゆっくり息しろ。大丈夫…すぐ治まる」

     そういえば昔、まだ青峰と毎日のようにワンオンワンをしていた頃。体力配分の加減を知らなくて、今みたいに乱れた呼吸を、同じように落ち着かせてもらった。
     生理的に浮かんできた涙で滲む視界に、心配そうに眉をハの字に下げた青峰が見えた。



    「目が覚めたか。気分はどうだ」
    「あれ…みどりまっち?」
    「体調が悪かったのなら無理に出勤しなくても良いのだよ。変な気を遣うな」
    「え?あ…いや…そういうわけじゃ…」

     夢だったのだろうか。青峰と会って、話をしたのに。それで、どう切り返せばいいのかわからなくて。子供の話を…。

    「あ!あの子…!」

     子供の存在が青峰にバレてしまったことを思い出し、勢い良く状態を起こすと、くらりと頭が揺れた。

    「うわっ…」
     
     フラついた上半身を支えてもらい、どうにか体制を保つ。

    「ごめん、みどりまっ…ち?じゃない?」

     てっきり、緑間だと思った。すっと伸ばされた腕は、けれど緑間の白衣じゃなくて。浅黒い腕。背中に充てられた手には覚えがあった。さっきも感じた、この温もりを知っている。

    「あほ黄瀬。いきなり起きるなよ」
    「あ、ゆ、ゆめ、じゃなかっ…」
    「はあ?何言ってんだ」
    「…っ」

     ひゅう、と喉の奥が鳴った。すかさず緑間の腕が間を割って入ってくる。

    「だから外にいろと言っただろう」
    「だってよ」
    「黄瀬、落ち着け。青峰だって別に取って食いやしないだろう。大丈夫だ」

     緑間にゆっくりと呼吸を促され、意識して大きく息を吸い込む。胸に手を当てて呼吸を整えていると、いつの間に入ってきたのか、腕の隙間からひょっこりと顔を出したのは黄瀬の子供だった。

    「ぱぱ、くるしい?いたい?」

     小さな手な、黄瀬の頬をぺちぺちと叩く。さっきまで自分のことで精一杯だったのに、子供の顔を見るとどうしてか背筋がピッと伸びる感覚がする。自然と呼吸が楽になって、黄瀬は不安そうな標準を浮かべる息子をゆっくりと抱きしめた。

    「ごめん。大丈夫ッスよ。ありがと」
    「うん。いたくなーい!ダイジョブ!」

     にぱ、と明るい笑みを見せた子供は、少し背伸びをして、黄瀬の頭をぽんぽんと撫でた。
     純真無垢。その眩さが、今まで何度も黄瀬のことを救い上げてきた。思わず抱き締める腕に力が入る。

    「ぎゅーつよい!オレがいたたた!」

     黄瀬の腕の中から抜け出そうとばたばたと暴れ、ぴょんとベッドを飛び降りた子供は、ぷく、と頬を膨らませた。

    「ああ、ごめんごめん。力強かったっスね」
    「ねえねえ!」

     幼子の気持ちの移り変わりは早い。黄瀬の力加減に腹を立てたのも一瞬で、今度はこっちと話題を変える。

    「すげーひとみっけた!」
    「すげーひと?」
    「えっと…あ、あのひと!バスケすげー!つよい!!」

     あのひと、と指差したのは、今まさに緑間につまみ出されようとしている青峰だった。

    「え、バスケしたの?あ…あの人と?」

     青峰っち、と名前を言いかけて咄嗟に伏せたので
    なんだか返しがぎこちない。けれど黄瀬の不自然さに気が付かないくらい、子供は興奮しているようだった。

    「した!シュート、バンッ!ズガン!ってはいる!しゅって!こう、びゅんっっ!て!!」

     擬音だらけの表現に、必死なジェスチャー。瞳はきらきらに輝いていて、ここ最近で一番ご機嫌かもしれない様子に、自然と口元が緩む。

    「あっ」

     また次のことに気を持って行かれた子供が、今度は落ち着き無くキョロキョロと辺を見回す。

    「どしたの?」
    「ボール、おいてきちゃった」
    「コートに?」
    「とってくる!いい?」

     病院の敷地内には、ミニコートがある。陸上のトラックや、サッカーができるような芝生も。スポーツ医療支援に力を入れているからと作ったスペースらしい。黄瀬の子供はいつもそこで遊んでいる。小さな子供でも行き慣れたコートだ。

    「いいよ。でももうすぐ帰る時間だから、まっすぐ戻るんスよ。できる?」
    「はーい!」

     返事をするや否や、慌ただしく病室を出ていった。廊下で顔見知りの病院スタッフに声をかけられては、楽しげに短い会話をしていく。子供は院内の人気者だった。

    「黄瀬、どうする。お前が嫌なら、追い返す」

     子供と入れ替わりで再び病室に入ってきた緑間は、アレ、と廊下に立たされた青峰を指差した。

    「バラしたの、緑間っち?」
    「いいや」
    「そうっスよねえ。今更そんなことしないもん、緑間っちは」
    「…ふん」
    「じゃあなんで…本人たまたまとか言うんスけどそんなわけ…あっ」
    「心当たりがあったか?」
    「いや…あるとしたら、一人しかいないかなって」

     頭に思い浮かべた人物は、多分同じだ。昔から何故か言うことをきいてしまいたくなるような雰囲気があって。察しが良くて、大人びていて、ちょっと怖い。中学時代の同級生。

    「同感だ」

     緑間以外に、黄瀬の事情を知っている人物。青峰から姿を隠すためのこの五年、彼の協力もあった。メディアへの対応、出産する病室、産後の仕事に育児に…いろいろと世話にはなったし恩がある。けど、今このタイミングで青峰へのカムアウは予想していなかった。確かに少し前に、酒に酔った勢いで言ってしまったのだが。青峰に、会いたいと。

    「うー…どうしよう…会いたいとか言ったから…でもまさかくる?会うと思わなかった…。え、今更やめとけとかあるんスかね?親権よこせとか??なかったことにしろとか?!」

     どうなんスか!と緑間の白衣を引っ張って詰め寄ると、相手が違うと窘められた。

    「そんなに気になるなら本人に聞け。ここはしばらく貸してやる」
    「あ、ちょ、みどりまっちまっ…!」

     一連のやり取りは廊下の青峰にも筒抜けだった。緑間と入れ違いに病室に入ってくる青峰は、表情一つ変えない。

    「顔色、マシになったな」
    「う、うん。さっきは、ごめん。ちょっとびっくりして…あんたが、その」
    「さっきの、お前の子供か」
    「…うん」
    「結婚した?」
    「してないっスよ」

     相変わらず遠回りな会話。赤司が概ねを喋ってしまったのではと疑ったが、どうやらそうではないらしい。ここに来させる助け舟くらいは出しただろうけど。それだけなのかな。

    「引き取ったのか?」

     自分が産みました、とはすぐに言えなかった。だって、そんなのどうやって信じてもらえる?女でもないのに。ましてや青峰との子供ですなんて、言えない。言うのが怖くて、黄瀬はだんまりと俯いた。

    「あーーー…わり!やっぱむり!まどろっこしい話とか無理だ!!」

     乱雑に頭をかいて、ぶんぶんと振る。青峰の瞳がまっすぐに黄瀬に向けられた。

    「お前が産んだんだろ!?オレとの子だろ??!」

     核心を突く台詞に、喉の奥がつまる。

    「な、んで…」
    「チームのやつが、ここでオレにそっくりなやつ見たって。気になって。そしたらたまたま知り合いがここ通っててよ。ついでだから探して、見つけた。そしたらまじで似てるしビビったわ。でも、目元、笑うとお前にそっくりでなんか違和感つーか。だから、調べた。赤司に頼んで。勝手に、悪い」

     心の中で、こっそり赤司に謝った。てっきり赤司から口を割ったのだと思っていたから。

    「勝手は、こっちっスから」

     青峰は罰が悪そうにしているけれど、元はと言えば、事実を隠していたのは黄瀬で。謝るとしたら自分の方だ。

    「今、いくつだ」
    「五歳になった」
    「五年も…ひとりで。大変だったんじゃね」

     一人でなんとかしようとしたのは自分の意志だ。大変じゃなかった、と言えば嘘だけど。緑間や証の手助けだってあったし、黄瀬は周囲の環境に恵まれていた方だった。何よりも、大切なものがそこにあったから。

    「幸せ、だったっスよ」

     唐突に寂しさに襲われて、潰れてしまいそうな夜もあった。正直、あの子に青峰の面影見るのが苦しくて辛い時だってあった。けれど、あの子が笑うと幸せだった。守りたいって思った。ずっと。今も、この先も。

    「あんたがくれた。最後に、勝手に貰っちゃったんスけどね。産む時死ぬほど痛かったし、もうあんな思いゴメンだって思ったのに、初めて抱っこして笑ってくれた時ね、そんなんどうでもよくなっちゃって。ああ、もうオレが死ぬまでずーっと大事にしようって、決めたんスよ」

     青峰に迷惑はかけない。自分だけでどうにかする。バスケも芸能活動もできなくたって、愛する人の子供に全てをかける。それが、色がない、つまらなかった十代の毎日を、一瞬で彩った青峰に対するせめてもの贖罪。

    「だから、あの…とらないでほしくて。えっと、オレができることならなんでもするから!何すればいいっスか?貯金ならまあそこそこ…あ、それとも夜の相手とか?あんた今別に困らなそうだけど必要なら…それでも…だから、あの子は、オレの」
    「おう。オレらの、な」
    「…ん?」

     大きな手が、黄瀬の頭を優しく撫でる。ぱらぱらと髪を梳く指先。そのままするりと頬を辿る。この流れはよく知っている。もう何年も前なのに、ずっと忘れられないでいた。
     突き放そうと思えばできたのに、しなかった。これは甘えだ。ひとりでなんとかするって決めていたのに、目の前に青峰の顔がある。それだけで、律したはずの気持ちがぐにゃぐにゃに歪んでしまった。

    「オレも親にしてくれよ、黄瀬」

     両手に頬を包まれて、青い瞳に自分の姿が映る。逃げ場がない。身動きが取れない。

    「なんで隠してたとか、一人でどうやって、とか。まあ言いたいことも聞きたいこともあるけど。やっと会えたし。そういうのこれからでいいや。やり直そうぜ、黄瀬。あの時、本当は無理やりにでもむ引き留めりゃよかったな。お前のためだって思って、カッコつけたけど、カッコつけ方間違えたわ。三十年も生きてたのにな。かっこわりー」
    「なん、そんな…普通みたいに、しないでよ。おかしいでしょ、こんなん。もっと驚くとか、引くとか、怒るとか」
    「そうされてえの?」
    「そうじゃないんスけど…でも」
    「おかしくても、なんでもいい」
    「いきなり、アンタも父親ですって?あの子…わかんないかも…まだ小さいし…」
    「それでもいい。お前と、あいつと一緒にいてえ。なあ、もう十分じゃねえの。一人じゃバスケもできねえんだから、昔みたいに誘えよ」
    「誘うって、ワンオンワンじゃねえんスよ、子育ては」
    「あー…じゃなくて。だから、一人でなんでもやろうとすんな。分けろよ。半分。半分やるから、オレの人生」
    「そうやって、簡単にホイホイやるもんじゃないっしょ人生って。大体なんなんスか!三十路過ぎて五年も何してたの?バスケしかしてなかったんスか?女の人は?恋人は?いい人いなかった?オレじゃなくても子供…」
    「恋人はいねえ。できなかったつーか、お前以外無理だったから。簡単じゃねえよ。五年もかかった。あの十年入れたら十五年か?もういい加減観念しろよ、黄瀬」

     もう何を言ってもだめだ。青峰の意志が固い。
     青峰のためを思って離れたのに、どうやら正しくなかったらしい。

    「うぅ…あ、おみね、っち」

     もう何年もまともに呼んでいなかった名前。本人に届く距離で、確かに音に乗せる。

    「青峰っち、会いたかった」

     青峰は、呼ばれる度に短く相槌を打つ。ただただ、黄瀬の言葉に頷いてくれる。

    「抱きしめて、キスしたかっ」

     最後の台詞は、言い終わらないうちに青峰の唇によって遮られる。久しぶりに交わった体温に、気持ちが綻んだ。

     病室の扉の向こうから、パタパタとかけてくる小さな足音。顔を見合わせて目を細める。

    「あの子に、なんて説明しよう」
    「とりあえずバスケしてりゃいいんじゃね」
    「まあた、そんな適当な」



     結局、子供にとっての青峰は、しばらくはバスケがうまいおじさんだった。
     黄瀬の勤務日は病院で、そうでない時には近所のコートで遊んでくれる人。人懐っこさは黄瀬に似たのか、青峰ともすぐに馴染んだ。
     バスケをした後に黄瀬の家で風呂に入り、夕飯を食べる回数を重ねて、青峰のいる日々が当たり前になってきた頃、子供が小学校に上がる前に、お互いの住居を引き払って、一つ屋根の下へ引っ越した。

     子供は自分の産みの親が黄瀬涼太であることをきちんと理解していた。それは緑間が丁寧に説明したから。この環境がマイノリティであることも、ただ、世間体や肩書以上に、黄瀬が愛情を持って、命がけで産んだことも全部。
     家族同然に三人で日々を過ごして行く中でも、青峰は自らが父親だとは口にしなかった。
     言わなくても、気持ちだけは親だから。愛情を持って接するのには変わりがない。難しいことは後からでいい。もう少し大きくなったらきちんと話そう。
     産みの親の男、その子供の自分、それから、産みの親の同級生で、バスケのうまいおじさん。なんだか不思議な関係のまま三人暮らしが始まって、一年も経った頃。子供は学年が一つ上がり、出来ることが増えた。勉強が苦手なのは両親ともになので、子供も例に漏れずだが、運動はさすがの身体能力を発揮していて体育の成績だけが輝いていた。
     学校が終わって帰ってくるや否や、バスケットボールを持って飛び出していく。青峰の手を引いて。慌ただしいと困ったように笑いながら、黄瀬は二人の背中を追いかける。三人の間にはよくある、日常のワンシーンだった。


     その日、青峰の前に立った子供は、ポーンポーンと地面にボールをバウンドさせ、一際高く跳ね上げたボールを、小学生らしからぬ跳躍力でキャッチして、スリーポイントラインより少し後ろからゴールリングに放り投げた。
     フォームレスな動きは、明らかに青峰譲りだ。
     ゴール下で地面を数回バウンドして、転がるボールを追いかけて拾った子供が、静かに青峰を振り返る。


    「オレの父親、アンタでしょ」


     まだ小学二年生。どこか大人びた雰囲気は、黄瀬に似たのか。

    「みんなに言われる。パパより似てるって。まあこの肌だし、髪だもん。それはそうだよね。オレだって鏡見てて思った」

     隠し通すつもりではなかったけど、タイミングを見計らっていて言いあぐねていたら、息子に先を越されてしまった。

    「言わせるつもりじゃなかったんだ。こっちから言ってやるべきだったのに、ごめんな」

     ぽん、と頭に手のひらを置いて、そっと撫でる。
    子供はふるふると首を横に振った。

    「父親、ふたりになっちゃった。何て呼ぶ?」
    「いいよ別に。無理しなくて。いきなり父親だっつわれてもよくわかんねーだろ」
    「うーん。よかわかんないけど、わかる。なんとなく。だって、家族だもん」

     見た目は青峰みたい。だけど性格はちょっと黄瀬に似てて、明るく快活かと思えば、どこか大人びて淡白。年齢の印象よりも随分と儚げに笑う。
     泣いてしまうかも、なんて思った矢先。泣いたのは黄瀬が先だった。

    「あ、あおみねっちい〜」

     家族だもん、の一言がとびきり効いたらしい。それまで黙って見守っていたのに、黄瀬の涙腺はあっという間に崩壊した。

    「はは、ぶっさいくな顔」
    「だってえ〜。いい子に育って…ほんと…誰に似たんだか…」
    「その泣き虫は似てない!あとオレの方がバスケうまい!」
    「泣き虫じゃないっスよお!あとバスケまだオレの方がうまいっス…たぶん!」
    「ガキと張り合うなよ、ばーか」

     青峰に抱き寄せられ、えぐえぐと泣きやまない黄瀬を見て、子供はケラケラと笑う。

    「んじゃまあ、とりあえずワンゲームするか」
    「オレが先ね!…父さん」

     ちょっとだけ照れ臭そうに口にした呼び名に、黄瀬はさらに涙を溢れさせ、青峰はと言えば子供と同じくらい耳を真っ赤に染めて、けれどまっすぐに視線を合わせて、おう、と短く返事をした。



     随分と遠回りをしたけれど、この上なく幸せだ。
     ようやく手に入れた。大切なものを、この先絶対に離さない。そう誓って、黄瀬は青峰と息子を力いっぱい抱きしめた。



    「ふたりとも、大好きっスよ」





    ─何年経っても、形を変えても、ずっとずっと愛してる


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