ある製薬会社の水と博「ドクター、お疲れさま」
何の気配もなく執務室に入ってきた、人懐っこい笑みを浮かべる少年、ミヅキが私に労いの言葉を投げかける。勝手に機密情報を覗き見たり私物や備品を漁るような子ではないと解っているので出入りに制限は設けていないが、それでもミヅキがどのようにしてこの艦の奥にある部屋へ入室を果たしているのか、未だにうまく認識できていない。
「はい、差し入れ。今日は雁月を作ってみたよ。熱いお茶と一緒に食べてみてね」
両の手のほか器用に触手で食器を運んでくる。思えばこの触手も、実在しているものと認識するまでに時間がかかった。触れれば感触が伝わり、温度や水気さえ確かに感じるというのに、手を離した途端まるで夢現だったかのように実感が失せるのだ。その触手もところどころノイズのようなものが走り、意図して意識を強く向けておかねば幻だと錯覚してしまいかねない。
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