本にする予定のやつ サークル用
「赤……」
ルイスが呟く。
目前に並べられていたのは色とりどりのカフスボタン。
仕立て屋の隅で、顎に手を添えたまま、ルイスはかれこれ三〇分以上頭を悩ませている。
新しく仕立ててもらった、自身の敬愛するウィリアムと、アルバートのパーティー用の晴れ着。
そのスーツの受け取りと、合わせるアクセサリーを選ぶため、ルイスは仕立て屋を訪れていた。
ーーやはり、兄さんにはあのどこまでも人を見抜くようなルビー色の瞳に合った赤いカフスボタン……。アルバート兄様には、あの老若男女を虜にするエメラルド色の瞳に合ったこの深緑のカフスボタンを……。
兄の顔を思い浮かべ、ルイスが思わず頬を緩ませていた、その時。
「フレくん!見てみて!似合う?」
背後から聞こえてきた快活な声に、ルイスの思考が遮られた。
顔を顰め、チラリと背後に目を向ける。
声の主は、薄いブラウンのフェルト生地に、クリーム色のリボンが巻かれたボーラーハットを被った姿のボンド。
帽子売り場の一角から、荷物を抱えて店の隅に大人しく待機していたフレッドの元へ、ボンドが駆け寄る。
焦ったように店主の様子を伺いながら、フレッドは小さな声を出した。
「はい、すごく、似合ってます……あの、でも買わないのに試着するのは……」
「平気だよ!こういうのは試着しないと始まらないんだから!ね、マスター」
ボンドが気さくに声をかけると、馴染みの店主はにこやかに微笑んで、うなづいた。
「ええ、もちろん。絶対に買わなきゃいけない、なんて決まりありませんから、気に入ったものがあれば、どうぞ手に取ってみてください」
「ねっ、フレくんもきっと似合うよ!」
「いや、僕は……」
「お前ら、あんまり騒ぐな!」
モランが弟分二人を叱りつける。
ここだけを見ると、兄貴分として頼り甲斐もありそうに見えるが、ただ単に長いこと待たされて、苛ついているだけなのだ。
モランは腕を組んだ格好で、トントン、としきりにつま先で床を叩き、リズムを刻んでいた。
「くそ、いつまでこうしてりゃいいんだよ……」
小声で悪態を吐くモランに、ボンドは肩をすくめた。
「仕方ないでしょ?ウィルくんとアルくんの大事な晴れ着なんだから、ちゃんとしたものを選ばないと。それより、僕のこの帽子、似合ってると思わない?これ買おうかなー、でも、こっちもいいよね」
ボンドが新たに、深いネイビーの生地に鮮やかなオレンジ色のリボンが巻かれたハットを取り出す。
どちらも個性的な色合いだが、ボンドはどちらもしっかりと着こなしていた。
「モランくん、どう思う?」
「どっちでもいいだろ」
「悩んでるんだから、真剣に答えてよ!」
むくれた声を出すボンドの横で、フレッドは帽子を見比べながら首を捻った。
「どちらかと言うと……、僕は、最初に試着してた方が、似合ってると思います」
「ブラウンの方?僕もこっち可愛くてすごく好き!じゃあ、こっちにしようかなー。まぁ、手持ちないから、今は買えないんだけど……」
「えっ……?」
「後日買いに来た時のための試着だよ!後日ね!」
「なぁ、俺タバコ吸ってきていいか?」
自由な会話が繰り広げられているのを遠目に眺めて、ルイスは、こちらが頭を悩ませているというのに、全く呑気なものだと、深くため息をついた。