僕は今日、あなたの夢を見る思い出が、机に散らばる。
古くなって、多少色褪せてはいるが、その輝きは決して失われない。
「集めてこられたのは、これだけですね」
机に重なった写真を広げて、ルイスが言った。
「十分だと思います」
フレッドが椅子に深く座り、シャツの袖を軽く捲りながら頷く。
不本意ながらも、開催することになってしまったモリアーティ家主催のお茶会。
誰に見られても、疑念を抱かせない屋敷作りの為、ルイスとフレッドは、三兄弟がロックウェル伯爵家に身を寄せていた頃の古いアルバム作りをウィリアムに頼まれていた。
早速、ルイスが新しく買ってきた大きなアルバムに、フレッドが細工をしていく。
表紙の角はザラザラとした目の荒いヤスリで優しく削って、ページの端に濃く煮出した紅茶を塗って色を付ける。
新品だったはずのアルバムが、フレッドが手を加える毎に歳を取り、まるで何年も前に購入した物のように作り替えられていくのを、ルイスは夢中で眺めていた。
「……器用ですね」
「手紙や、暗号文を送る時も、細工したりするので……」
「なるほど」
兄の指示で、あの諮問探偵シャーロック・ホームズとも暗号文でやりとりをするフレッドの手腕を初めて目の当たりにしたルイスは、素直に感心してその作業を見入った。
この細工に惑わされる、兄の、というよりも自身の敵であるホームズの顔を思い浮かべて、ルイスは人知れずほくそ笑んだ。
「……これ、どこですか?」
「え?」
フレッドが、写真の一枚をテーブルから拾い上げて、ルイスは思考を戻した。
フレッドの手にあったのは、ウィリアムとアルバートが二人で大きな門の前に並んで映った写真。
懐かしい気持ちになって、ルイスが思わず頬を緩める。
「ああ、これは兄さんがイートン校を卒業した時の写真ですね」
「学校、ですか?」
「ええ……。兄さん、全然変わらないと思っていたけど、こうして見ると少し幼いな」
敬愛する兄の昔の写真に、頬を染めるルイスのすぐ横で、写真を眺めるフレッドが、小さく呟いた。
「……お城みたいですね」
「えっ?」
上品な装飾が施された門が、フレッドにはそう見えたのかも知れない。
フレッドが、幼い頃十分な教育を受けられる環境にいなかったことなど、ルイスにだって想像できる。
自身が幼少期体験できなかった、想像すらできないようなことを見せつけられるこの仕事は、もしかするとフレッドには酷なのではないかと、ルイスはこっそりとフレッドの顔色を窺った。
「学校って、何をするんですか?」
「え、……」
予想とは違い、フレッドは興味深そうに写真を眺め、首を捻っていて、ルイスはその様子に少し拍子抜けしてしまった。
「えっと……勉強をするんですよ」
「朝から、ずっとですか?」
「ええ、基本的には……先生が、教えてくれたことをみんなでノートにまとめたり……」
「……みんなって、誰ですか?」
「え?あー……えっと、生徒数人ずつで、クラスが分かれてるんです。他の生徒と一緒に、授業を受けるんですよ。先生は、いつも教卓っていう場所に立っていて、そこで生徒のみんなに向かって授業の解説をするんです」
「……街頭演説みたいに?」
「……そう、ですね。街頭演説、みたいに」
なんとなく、伝わっているような、伝わっていないような。
学校というものに、全く縁がなかったフレッドは、興味津々でルイスの話を聞いていた。
わかりやすく説明してあげたいと思うものの、ルイスは全く伝わっていない様子のフレッドに、困ったように眉尻を下げた。
「先生の話を聞く、授業ばっかりじゃ、ないんですよ。スポーツをしたり、たくさんの本が保存してある、図書室とかもあって……」
「学校の中に、本屋さんがあるんですか!」
「本屋さん、ではないですけど……」
「お花屋さんはありますか?」
「花屋は、ないですけど……でも、学校の敷地内には、大きな花壇があって、たくさんの花が植えられているんですよ。大きな植物園もありますし……」
大きな植物園、という単語にぱぁっと顔を輝かせるフレッドに、ルイスは思わず目を瞬かせた。
本当に、植物が好きな人だと、肩をすくめる。
ガサガサと、再び写真を漁り出したフレッドの手元を、ルイスも一緒に覗き込んだ。
束の中から、目当ての写真を見つけ出したのか、フレッドが一枚を手に取る。
「ルイスさん、いました」
「えっ……」
フレッドの手に握られていた写真には、一人制服を着用したルイスと、兄二人が映っている。
「……ルイスさんだけ、服が違いますね」
「これは、僕が卒業した時の写真ですから」
ウィリアムが卒業してから、ルイスは一人で残りの学校生活を過ごした。
兄二人に、一人でさぞ寂しいだろうと、過剰に心配されたことを今でも鮮明に覚えている。
「ルイスさん、一人で学校にいたんですか?」
「ええ……」
「寂しく、なかったんですか?」
「……そう、ですね」
寂しい、なんて兄には言えなかったけれど。
フレッドに対して、しかも今更、偽る必要などないと、ルイスは眉尻を下げた。
「寂しかった、ですね。少し」