エ⁉︎こういうの〜シリーズ るんたった、そんな効果音がしそうなほどに機嫌よく万次郎は歩き慣れた道を歩く。最近見つけた絶好のサボり場所は大層万次郎を楽しませてくれた。今日も今日とて温かく昼寝日和だというのにたたき起こしてくれた右腕から逃げ出して最近お気に入りの店へと足を運んだのだった。
「タケミっちいるかなー」
万次郎のお目当てである武道が今日勤務していることは知っている。(万次郎が武道から無理矢理シフトを強奪したともいう)武道が勤務の日を狙って訪れてはいるが、たまに休憩に入っていていなかったりするのだ。まぁそんな時はスマホを取りだして武道に連絡するだけなので、なんの問題もないのだが。
自動ドアをくぐってさして広くもない店内を見渡す。入口から正面に見えるレジにはお目当ての人物の姿は見えない。戻ってきたDVDを戻しているとか、休憩でいないとか、レジにいないことはままあるので万次郎はグルリと店内を歩き回る。
「ンー、いねぇな」
店内を一回りしたところでお目当て人物、──武道がいないことに首を傾げる。これは休憩の時間に当たってしまったか、と思い当たってポケットに入っているスマホに手を伸ばした。が右腕からの着信を告げて震えるスマホを手に取る前に一箇所だけ確認していないことを思い出してのれんのかけられた店の奥へと足を伸ばした。
もしかしてここか? マァ仕事なのだしここにいるのも不思議じゃない、と万次郎がのれんをめくる。ひょこっと顔を押し込めばそこには探していたふわふわの黒髪が見えて。
しかも、万次郎の存在にはまだ気がついていないらしい。中身とケースを見比べて、誰もいないというのに顔をほんのりと赤く染めている武道に万次郎の悪戯心がムクムクと顔を出す。タケミっち、童貞みたいな反応しておもしれー、なんて失礼極まりない感想を抱きながら万次郎がこそりと足音を殺しながらしゃがみ込む武道の背後に忍び寄る。
「タケミっち、そういうのが好きなんだ?」
「びえっ!」
「わはは! タケミっちおもしれー」
「まっ、マイキーくん⁉」
万次郎が真後ろにしゃがみ込んで、耳元でこそり、と囁いてようやくその存在に気がついた武道が奇妙な声を上げて飛び上がる。顔を真っ赤にして振り返った武道は驚きのあまり手に持っていたケースを落としていて、笑いながら万次郎がそれを拾い上げてやる。毎度毎度いい反応を見せてくれる武道に万次郎はご機嫌だった。
そもそも、バイトの頃からしている仕事だというのにAVを戻す作業を未だに恥ずかしがっているだなんてからかってくれと言っているようなものだ。マァ、それがタケミっちのいいとこなんだけど、と昔からの友人の変わらぬ姿に万次郎がにんまり、と目を細める。散々仕事を詰め込まれて溜まっていた鬱憤も一気に晴れたような心地だった。
武道が自分が立ち上げた会社に来るのを断ってきたことはそれはもう不満だったが、今となってはそのおかげでこうしていいサボり場を得られているのだから武道はやはり『佐野万次郎のお気に入り』だった。少しからかっただけでこうしていい反応を見せてくれるし、周囲から鈍感、鈍感と言われているくせに万次郎が弱っているときに限っていの一番に駆けつけてくれるし。喧嘩は弱いのに、なんでか肩の力を抜いて隣に立っていられるし。
「……マイキーくん、なんか失礼なこと考えてません?」
「ン? タケミっち、ケンカくっそ弱かったなーって」
ほら、急に鋭いことを言ったりするのだ、武道は。
なんでバレたんだろ、なんて思いながらも平然と返した万次郎に言い返せないのかじとり、と睨み付けてくる武道をモノともせずにニッコリと笑う。(実際、武道は仲間内でケンカの腕はクソほど弱かった)だって今の万次郎はご機嫌だ。未だにブーブーと震えて着信を告げているスマホが気にならないくらいには。
武道が落としたケースを拾い上げてその手に乗せてやる。へぇ、タケミっち、これ見て顔赤くしてたんだ、なんて盗み見るのは忘れずに。
「タケミっち暇? 暇だろ?」
「いえ仕事中ですけど⁉」
どこからどう見たら暇に見えんすか!と声を上げる武道に万次郎が肩を組む。一気に近くなった距離と『暇だよなぁ?』と低くなった声に武道が引きつった声で、『もうすぐ休憩っす……』と告げるのはいつものこと。総長だったのはもう随分と前のことだが、万次郎から発せられる圧は変わらずであった。
武道の返答に満足そうに頷いた万次郎は武道を解放して『それ、続きやっちゃえば?』と指さす。
それ、とはもちろん武道が手にしているDVDのケースで。万次郎に声をかけられるまで武道はそれを元のケースへと戻す作業をしていたはずだ。外側のケースと中身を揃えなければならないから、タイトルやパッケージを確認することは必須。それゆえに武道は顔を赤くしていたのだ。
「へ」
「早く終わらせねーと飯食いに行けねーじゃん? 俺、腹減ったし早く行こーぜ」
「そ、そうっすね。じゃあマイキーくんは先に店に行っててもらっても、」
「ヤダ」
「えぇ」
「ヤダ。タケミっちと一緒に行く」
「や、俺、まだ時間かかりますよ」
「だから早くしろって言ってんの」
「……うぅ、マイキーくん、わざとっすよね」
「よくわかってんじゃん♡」
万次郎の意図を理解したらしい武道が赤い顔のままぐぐ、と眉間にしわを寄せる。学生の頃から変わらない顔で睨み付けられたところで、万次郎からしてみればチワワに吠えられたくらいの、『エ~♡ タケミっちかわいい~♡』という感想しか出てこないけれど。(もっとも、万次郎はドーベルマンレベルの龍宮寺に睨まれたところでこれっぽっちも気にしないが)
いくら言ったところで万次郎が折れないことは東卍のメンバーであれば誰でも知っている。それはもちろん武道もそうで。(むしろ、昔から万次郎に連れ回されていることの多い武道は誰よりも実感している)
いい加減慣れろよ、と武道自身も思っているのだけど、慣れないものは慣れないのだ。だって、あいにくと武道は自分の目で艶めかしい肌色を見たことがない。そして多分、これからもみることはない。イヤ、これは自虐とかそんなんではなくて。(もし自虐だったならきっと見慣れてしまうくらいには手の中にあるDVDにお世話になっているはずだ)悲しいかな、武道のいわゆる〝おかず〟はもう十年以上ずっと同じ人なのだ。
(俺、大分キモいよなー……)
本人を目の前に少しでも夜のことを頭によぎってしまって、武道は少しだけ気まずくなって目線を下へずらした。何を隠そう、十年にわたって武道のオカズにされているのは目の前にいる佐野万次郎である。
不思議なことに万次郎は武道を気に入って東卍という枠が無くなった今もこうして時折会いに来てくれるが(仕事をサボりに来ているとはわかっているが、他にも選択肢はあるだろうにわざわざここへ来てくれることを嬉しく思ってしまうのだ、武道は)きっと、いや間違いなく武道の恋心になんて気がついていないのだろう。というか、からかい甲斐のある後輩、おもちゃくらいにしか思われていないことは重々承知している。
この襲来に慣れてしまうほどには万次郎はこの店を訪れていて、こうやってからかわれるのも初めてではない。そうして、こういうのはさっさと終わらせてしまうのが吉、ということも武道は知っている。(万次郎は面白くなさそうな顔をするが)ぐぐぅ、と色んなものを飲み込んで武道は『わかりましたよぉ……』と情けない声で告げた。