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    五夏ですがほとんど夏の独白です
    ふたりの朝のお話です

    プロローグ開けっぱなしにしていた窓から、まだすこしつめたい、朝の風が吹き込んできている。鼻をくすぐる心地良さが、傑の意識にふわりと光を差した。まだ陽が昇り切っていないのか、眠たい目に映る部屋のなかは薄い水色に染まっている。カーテンがゆるくはためいて、そのたびに見上げた天井が白むのを、ぼんやりと見つめた。もうすぐ夏が来る。あきらかに明るくなるのが早くなった窓の外がそのことを報せていた。でも、もうすこし眠れるんじゃないだろうか。そんなことを考えていたら、ふと、腕に重みを感じて。なぜかわかっていたから、動かさないように、慎重に身体をよじる。いつもなら互いに遠慮しないけれど、なんとなく、この時間を終わらせたくないと思ってしまったのだ。斜めになった視界のさきで、悟は子どもみたいにあどけない顔で、すうすうと寝息までたてていた。重みの原因は、傑の腕のうえに投げ出された悟の腕だ。半袖のTシャツに覆われずに、そのまま触れている肌が、しだいに体温を分け合っていく。悟の体温は、傑より、すこし高い。それも、子どもみたいだ。いつもこうならかわいいのに、と思うけれど、きっとそれだと、自分たちはこうはならなかっただろう、と、ふたりで寝ている狭いベッドを想う。きみがいつもこんなにおとなしかったら、それなりに楽しいけれど、きっと当たり障りの無い日々を過ごしていたんだろうね。心のなかでそんなことを思いながら、しろい睫毛を見つめた。

    傑の世界にとつぜん現れた、光の矢のようだった。それはまっすぐにやってきて、傑を一瞬で射通した。生きてきて、あんなに強い感情をぶつけられたことが無かったし、逆に、あんなに強い感情をぶつけ返すことも無かった。知らない自分が生まれたのを、戸惑いと怒りで占められた心の隅で、新鮮に眺めていたのを覚えている。高校生にもなって、殴り合いの喧嘩なんて、ふつうはしない。後からそんなことを言ったら、悟はまあそうだよな、と納得したように言っていた。俺もお前が初めてだったよ。そんなふうに、なんだか甘酸っぱい響きで言われて、ふたりしておかしくて笑ったりもした。出会ったあの日から、ずっとそうだ。互いを知っていくたびに、初めてを積み上げて、それが日常になっていく。その繰り返しで、今がある。慣れた寮の部屋のにおいは、いつしか傑のものだけではなくなっていた。

    時計の針が、かちかちと音を立てる。朝の時間ほど、はやく進むものは無い。こうしてまどろんでいれば、そのうち悟も目を覚ますだろう。なんだか、もったいないな。夜がずっと続けば良いとは思わないけれど、ふたりの朝をもっとだいじにしたい、なんて、ずいぶんロマンチックすぎるかもしれない。でも、そういうふうに思わせたのも、悟だった。目を覚ましてほしいような、まだしばらく眠っていてほしいような、あいまいな葛藤を、頭のなかでかき混ぜる。重ねられた腕は、まだすべてを傑にゆだねていて。ふいに、もっと触れたいような気がした。すこしだけ腕をのばして、シーツにゆびを手繰らせて。たどり着いたゆびに、そっと絡ませる。これだけで、とんでもなく満たされるって、知っているだろうか。悟によれば、自分は案外わかりやすいらしいから、もうとっくにわかってしまっているのかもしれない。そんなことを言われたのも、初めてだったけれど。

    ふと、ちか、と、目の前に光が瞬いたような気がした。んん、とちいさい声が上がって、薄く、青が覗く。この瞬間が、好きだ。

    「悟、おはよう」
    「……おはよ」

    すこし潜めた声でささやいてみると、ふだんより低い、寝起きの声が返ってくるのも、好きだった。呪術界で知らない者のいない、最強の術師の、だれも聞いたことのない声。悟がこんなにやさしい声を持っているって、みんな知っているだろうか。傍若無人なだけじゃない、心の奥底のやわらかさを、知ってほしいような、このまま、自分だけのものにしておきたいような、幼い感情。それを感じるとき、同時に、ひどく、いとおしいと思うのだ。

    「すぐる」

    いまだ舌足らずの声が、傑の名前を呼ぶ。このまま、もうちょっとだけ。そう、声に出そうとしたとき、瞳がすいと細まって。そこから生まれる、光が弾ける前のかすかな微熱が、心をそわそわと撫でる。身体のうちが、ほのかに熱くなって。やっぱり、きみにはわかっちゃうのかな。どこか得意げに笑う悟が、なにを言おうとしているか、知っていた。

    「もうちょっと寝てようぜ」

    特別な時間が、日常に変わっていく。これまでも、そしてきっと、これからも。
    絡めたゆびをそっと握って、ちいさく笑い合う。
    ふたりの一日は、まだ始まらない。
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    DONE五夏ですがほとんど夏の独白です
    ふたりの朝のお話です
    プロローグ開けっぱなしにしていた窓から、まだすこしつめたい、朝の風が吹き込んできている。鼻をくすぐる心地良さが、傑の意識にふわりと光を差した。まだ陽が昇り切っていないのか、眠たい目に映る部屋のなかは薄い水色に染まっている。カーテンがゆるくはためいて、そのたびに見上げた天井が白むのを、ぼんやりと見つめた。もうすぐ夏が来る。あきらかに明るくなるのが早くなった窓の外がそのことを報せていた。でも、もうすこし眠れるんじゃないだろうか。そんなことを考えていたら、ふと、腕に重みを感じて。なぜかわかっていたから、動かさないように、慎重に身体をよじる。いつもなら互いに遠慮しないけれど、なんとなく、この時間を終わらせたくないと思ってしまったのだ。斜めになった視界のさきで、悟は子どもみたいにあどけない顔で、すうすうと寝息までたてていた。重みの原因は、傑の腕のうえに投げ出された悟の腕だ。半袖のTシャツに覆われずに、そのまま触れている肌が、しだいに体温を分け合っていく。悟の体温は、傑より、すこし高い。それも、子どもみたいだ。いつもこうならかわいいのに、と思うけれど、きっとそれだと、自分たちはこうはならなかっただろう、と、ふたりで寝ている狭いベッドを想う。きみがいつもこんなにおとなしかったら、それなりに楽しいけれど、きっと当たり障りの無い日々を過ごしていたんだろうね。心のなかでそんなことを思いながら、しろい睫毛を見つめた。
    1911

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