光を見た。
真昼の太陽すら届かないビルとビルの隙間、煤まみれの薄汚れた場所で、生まれて初めての、光を。
「君、とっても綺麗だね」
「……?」
「どこ向いてるの?君のことだよ!君!」
綺麗だなんて、はじめは何を言われているのか分からなかった。まさか自分のことだとは思わないカカワーシャは、後ろを振り向いて灰色の壁におでこをぶつける。危ないよ!突然現れた少女は躊躇なく少年の肩を掴み手前へと引き寄せた。その時にズレたフードの下から覗く宝石のような瞳が、暗闇に慣れきったカカワーシャの目を奪う。
「きれい……」
瞳だけではない。埃やコンクリートの白色とは比べ物にならないほど美しいシルバーブロンドの艶やかな髪も、清く健康的な玉肌も、小さな口から紡がれる鈴のような声も、その全てが、綺麗で。
「さ、触らないでっ」
「わっ」
こんなきれいなものを、けがしてはいけない。
細く弱々しい身体、所々破れた布と変わらない服。どこかしこも汚い自分に触れてなんか欲しくなくて、思わず少女の手を振り払ってしまったカカワーシャ。驚いて、少女は思い切りしりもちをついた。
「あっ、ごめ、ごめんなさい……!!」
どうしよう、きっと、お金持ちの家の子なのに。
目尻に涙をためながら何度も謝る少年に、少女は転んだ痛みなど微塵も感じさせず大丈夫だよと笑った。
「わあ、涙に反射してもっと綺麗になった」
「え……?」
「ねえその瞳、夜になったら光ったりするの?」
「ど、どうだろう?自分では見たことがないから分からないや……」
「ふうんそっか。じゃあまた夜に来るね!」
そう言って少女はフードをはためかせてカカワーシャに背を向けると、慌てた様子で走って去っていった。お忍びだったのだろうか。
……それにしても嵐のような子だった。でもきっと、こんなところ、もう来るわけがない。
――そう、思っていたのに。
「やっぱり光ってる!ほら見て!」
何故か、少女は夜も来た。明かり一つない、隣にいる人の顔すら見えない底辺層に。光り輝く少女の姿は、少年にとっては眩しくて痛いほどだった。
だっておかしいだろう。こんなところに明らか裕福層の子どもが紛れ込むなんて。これは何かの夢に違いない。だって、そうでなかったとしたら一体なんだというのだ。
「とっても綺麗。でしょ?」
少女は鏡を取り出して少年の前で開いて見せた。初めて見る自分の顔にも驚いたが、それよりも不思議に煌めく瞳が、本当に美しくて。
「…………貧富の差がひどい」
少女は不意に真剣な表情を見せたが、カカワーシャがそれに気づくことはなかった。鏡を食い入るようにみつめながら言葉を失っている少年を、少女は満足そうに眺め下ろす。
「全ての人に幸福が訪れますように」
少女の夢は空想のようであったが、カカワーシャはそれをバカにしようとは思わなかった。
「あなたにも、ね」
そう微笑んだ少女は、夜しか知らなかった少年の人生に射し込んだ、燦然と輝く太陽だった。