もういいかい かくれんぼは得意だった。
たとえそれが大人相手であっても。
昔から一人で高いところに登っていると、誰も自分のことを見つけることが出来なかったのである。
まあこっちは姿を隠している訳だし、見つからないことは好都合。
探されたいわけでもないのだ。
だから悟はいつも気が済めば自分から出てきて平然と屋敷の廊下を歩き、それを見た使用人に「探しましたよ坊ちゃん!」と白々しく言われるのが常だったのだ。
どんなに人がいる実家でも一人になりたい時は簡単に姿をくらますことができた。
それはどこに行ったとしても同じなんだと悟は、ぼんやりと高専の一番高い場所に座り込んでいたのである。
都会にしては空気が澄んでいるのか、結界を隔てているとはいえちかちかと瞬く星がよく見える。
とはいえそんなもの独り占めしてもうれしくとも何ともないなと星空に少しの感動を覚えることなくただただ空に目を向けるばかりだったのだ。
すると突然、がたがたっと近くで音が聞こえきたではないか。
え、猫?と思ったが、猫だってここまで高い場所にまでは登ってこないだろう。
悟がぱっと音のする方を見れば、そこからひょこっと出てきたのは傑の顔だったのである。
「あーいたいた」
ここだったんだね。と傑はよいしょと上へと登り、とんとんと軽い足取りで悟の隣にまで歩いてきた。
「なんだよこんなところで、何してんの?」
天体観測?とからかう様に首を傾げ、傑はすとんとその場に腰を下ろした。
「何って別に…いやお前こそ何してんの?」
「私は君を探しに来たんだよ」
「は?」
「帰ったらいないんだからさ」
そう言って傑はここまで登ってくるために乗ってきた呪霊をしゅるしゅると手の中に収めると、悟と肩が触れる場所まで距離を詰めながら、何か見える?とぱっとこちらを向いてきたのである。
悟は思わずそんな傑の顔を凝視する。
隠れた自分を探そうとして、こうして見つけ出したのは傑が初めてだったから。
実家の使用人たちはみな早々に悟の捜索をあきらめていたし、そもそも真剣になんて探していなかっただろう。
きっとそう遠くには行っていないだろうし、坊ちゃんなら特段一人でも大丈夫。
それは本当のことだったし、探されないことに何の不満も抱いていなかったが、いざこうして傑が自分を「探した」と言って、そしてここに辿りついてきてくれたことを思うと、なんだか胸の内にこみあげるものを感じてしまうのである。
「今日なんかお前と約束とかしてたっけ?」
「約束?いいや?」
「え、じゃあなんで?」
「なんでって…」
悟の問いに、傑はきょとんとした顔を見せて言った。
「悟に会いたかったからだよ」
任務から帰ると部屋にも風呂にも食堂にも、談話スペースにも悟の姿は見当たらなかった。
きっと高専内にはいるだろうけれども、こんな夜遅くにいったいどこに行ったのか?
そういえばこの前見つけた高専の敷地内で一番高い場所があったけれど、もしかしたら悟もそこを知っているのかもしれない。
見晴らしのよさは悟もきっと気に入るだろうし、今度その場所を教えようと思っていたが、なんとなく悟がそこにいる気がして呪霊に乗って飛んできたのだ。
その読みはもちろん大当たり。
悟はひとりでそこに座っていたのだ。
「俺に会いたかったから、俺のこと探してたってわけ?」
「そうだって言ってるだろ」
悟の驚いたような様子に意味が分からん。とも言いたげな顔を傑はするが、悟の方こそ意味が分からなかった。
でもそんなことよりもやっぱり悟は嬉しくて、がばりと両手を広げるとそのままのしかかる様に傑を抱きすくめたのである。
「うわっ、なに?」
「俺も…俺も傑に会いたかった」
「え、うん?ありがと」
覆いかぶさる悟を受け止めながら、もう遅いし部屋に戻ろう。と言いかけた口をつぐむ。
一体どうしたというのか?いやもうどうでもいいか。
ぎゅうぎゅうと抱き着いてくる悟の腕は苦しかったが、もう少しだけこのままで…と悟の背中をさすりながら傑は空を見上げて瞬く星に目を凝らすのだった。