黄金の瑕疵(終)*ゴッドウィン×メスメル
*メスメルはよく右手に怪我をしているという話
この日、我らデミゴッドを集めた会議が開かれた。
主催は我らが母、永遠の女王マリカ。
子らを集めた会議とはいえ全員が参加したわけではなく、ライカードとラニは別件にて欠席。
ラダーンも魔術の修行のためにと欠席を表明していた。全く、カーリアの血族は自分に正直な者ばかりだ。
地下にいるモーグとモーゴットには、後で話し合いの結果が届けられる算段となっている。
さて。諸々の事情があり、集まったのはたったの四人だった。
退屈そうに書類を眺めるミケラ、彼の隣で俯くマレニア。
議長として話を纏めるのは私、ゴッドウィン。
そして……メスメル。
彼は私と並ぶ席に座ってはいたが、緊張しているらしいマレニア以上に体を縮こまらせていた。
無理もないことだ。此度の会議で発表されるのは、母の故郷……影の地への出兵の報せ。
長い戦いになるだろうこの任をを請け負うのは彼、おそらく既に母から命を受けたであろう我が弟……メスメルなのだ。
メスメルはまるでこれから極刑を与えられる罪人のように頭を垂れ、静かに始まりを待っていた。
メスメルの友たる蛇たちも彼の傍に頭を寄せ、沈黙を守っている。
私は……私は、正直に言えばこの会議を始めたくはなかった。
だけれどこれは神たる母の意思であり、代理人となった私は母の決定を伝えることしか、できはしないのだ。
それでは、と私は母の記した書物を開く。
「……我ら黄金の民は、影の地にて行われた悲劇を看過してはならない」
私は朗々と文言を読み上げる。会議とは名ばかりのこの場は、我らが母、マリカの命を伝えるだけのために存在している。
「影の地に、粛清を。罪深き角人たちに、死を。罰を」
私は自らの意思を殺し、母の命令を読みあげてゆく。
「メスメル、貴方に粛清の全てを任せる。彼の地に赴き、全てを焼き払い……掃討せよ」
メスメルが頭を伏せ、小さく体を震わせた。
小さな小さな囁きが、「わかりました」と全てを受け入れる。
ああ、可哀想なメスメル。お前は母の意思に従う以外の選択肢を持たず、自らの心痛を看過することしか、できはしない。
じっと彼を見つめる私の目に、彼の右手がうつる。
痩せ細った手の甲には包帯が巻かれ、布地には薄く血が滲んでいた。
「……メスメル」
私は思わず議長の立場を忘れ、彼の名を呼んでいた。
私は知っている、彼の傷付いた右手が炎を宿していることを。
私は知っている、彼がその身に宿す炎を厭い、それを消そうと幾度も幾度も自らを傷付けていることを。
彼に傷付いてほしくなどなかった。
けれど、現実は残酷だった。炎を宿す右手を地に叩き付けるたび、彼は傷付いてゆく。
消せぬ炎を嫌い、厭い、自らを傷付けてまで潰そうとした火を…… 母は、侵略のために使えとそう命じたのだ。
メスメルはひどく傷付き、迷ったのだろう。
だが彼は母の、マリカの命に従うことを選んだ。
その結果が、今。
何重にも巻かれた包帯と、微かに震え続ける彼の姿なのだと。
だが、メスメルは気丈にも私に向けて微笑んだのだ。
「……大丈夫です、兄様。私は必ずや影の地を制し、反逆者どもに報いを刻んで参ります」
彼の笑顔には、決意と絶望が浮かんでいた。
電流が走るように、私は理解した。
メスメルは……この優しく聡い神の子は、このためだけに生かされていたのだと。
母の意に沿うためだけに生かされ、育てられてきたのだと。
私はもはや、動揺をおさえきれなくなっていた。
マリカよ。母よ、我が母、永遠の女王よ。
貴方は本当に正しいのか。
このような純粋な魂をけしかけ、贄へと捧げる貴方は……本当に、世界を統べる存在なのか?
私には、わからなくなっていた。
誰かに教えを請いたいと、我が魂は震え続けていた。
……母の教えは、黄金律は、本当に世界を統べるに値するのか。
混乱に陥りながら、私は愛しい相手を、メスメルを見た。
彼は悲しそうに微笑みながら、全てを諦めるように黄金樹を見上げていた。