Something Old「なんだよ、これ」
「何ってわけじゃないけどさ。ま、気軽に受け取ってよ。真希にあげるから」
学生時代の担任教師が差し出したのは古い小刀だった。
ただの刀ではなく呪具。色や模様は分からない。昼日中のカフェであからさまな武器を人目に晒すわけにはいかないからだ。悟が差し出したのはあくまで年季の入った巾着袋で、真希はそれが帯びた呪力の形からその中身を察した。
「高けぇヤツなんじゃねぇの?」
そう考えたのは、袋からビンビンに発せられている呪力の強さからだった。長い付き合い、今さら悟相手に恐縮するようなことはないのだが、安易に受け取る前に念のためその価値のほどを尋ねておく。
「知らなーい。五条の家の使ってない蔵から出てきたらしいんだよね。ちょうどいいから真希にあげる」
「ちょうどいいって何だよ」
要領を得ない返答にツッコミを返しつつ、目の前の小刀の価値を推し量る。由緒正しき五条家の蔵に、意味も価値もないガラクタが何十年も大切にしまい込まれていたとは考えにくい。
「等級は?」
慎重に尋ねた真希に、悟はパッと顔を上げて楽しげに言った。
「おっ、真希も興味出てきた?」
「いいから答えろよ」
テーブルにぐいっと身を乗り出した悟を雑にあしらう。悟は特に気を悪くする様子もなく、巾着袋の紐の先に付いた飾りを指先でいじりながら答えた。
「鑑定書とか付いてなくってさぁ。だから、はっきりとは分かんないんだよね」
「んな杜撰な管理してんなよ、当主」
「まぁまぁ」
悪びれる様子もない悟に呆れるが、真希の生家の蔵もきちんと管理されていたかというと大いに怪しい。幼い頃、嫌がらせで誰も使わない古くて汚い倉庫の片付けを命じられたことを思い出す。嫌な記憶を頭の片隅に追いやって、真希は改めて悟に向き直った。
「でもね、ここだけの話」
もったいぶって切り出した悟の口はにんまりと弧を描いている。
「結構な掘り出し物だと思うよ、これ。呪力強いのは真希も分かるでしょ? その上、刀の装飾もなかなか凝っててさぁ。ま、帰ったら見てみてよ」
「装飾ぅ? んなもん呪具の強さには関係ねぇだろ」
呪具の良し悪しはまず呪力、それから付与された術式に振りやすさだ。その装飾部とやらに特別な呪力でも練り込まれていれば話は別だが巾着袋越しに透かして見る限りでは呪力の分布は一様だ。意図が分からず首を傾げるが、悟はニコニコとタチの悪い笑みを浮かべるばかりで真希の疑問に一向に答えようとしない。
「分かんねぇな、悟。何が言いてぇんだよ」
悟はついに、クツクツと笑い出した。
「笑ってんじゃねぇよ」
今さら遠慮するような間柄でもない。不機嫌をストレートにぶつけると、悟は大きく口を開けて宣った。
「だからこそだよ!」
突然の大声に驚いて悟を見つめる。悟は息を吸い直して、少し抑えた声のトーンで訴えた。
「だからこそ、ぴったりだと思って。真希の結婚祝いに!」
「はぁ」
相変わらず解説が要領を得ない。こういうところは学生時代、教壇を境に向き合っていたあの頃からあまり変わらなかった。呆れに呆れ果てて、真希は一応は言うまいと思っていたその言葉をついに口に出した。
「大体なぁ」
その続きを予想するかのように、悟は形の整った眉をぐっと上げて悪戯っぽく笑った。
「結婚祝いに仕事道具贈るヤツがいるかよ」
「それがいるんだなぁ、ここに」
なぜか誇らしげに胸を張る悟をじっとりと見つめると、悟はひらひらと手を振りながら言い訳を並べた。
「いーじゃん、別に。真希だって使いもしないお洒落グッズもらったって持て余すでしょ? 実用的で無駄にならない! 最高のプレゼント! さっすがGTGだよね、教え子のことよぉく分かってる」
ふんぞり返って威張る悟に呆れながら、テーブルの中央に鎮座する巾着袋に手を伸ばす。ずっしりと重たいその呪具は、初めて触れたにも関わらず不思議と真希の手に馴染んだ。
悟はサングラスを少し上げて、悟は青い瞳でまっすぐに真希を見据えた。
「ついに結婚かぁ。あの真希と恵がね」
初めて恵と出会ったのはお互いまだほんの小さな頃だった。小さな真希より、さらに小さな恵はこの男に手を引かれて禪院の屋敷を訪れたのだ。
「恵のこと、よろしくね」
「ハッ、悟に言われるまでもねぇよ!」
はなから押し付けるつもりだった伝票は、お約束の押し問答にすら至らぬままに悟が自然に手に取った。
「……いいのか?」
拍子抜けして尋ねた真希に悟はさらりと言ってのける。
「いーよ。なぁに今さらそんな遠慮してんの?」
スタスタとレジに向かう長身を追いかける。
「その代わり、新婚旅行のお土産は期待してるから。甘いものね! 頼んだよ」
「期待すんなよ。行き先は宮古島、所詮は国内だ」
「いやいや沖縄甘く見ないでよ? ちんすこうに紅芋タルトにサーターアンダギー! 美味しいお菓子の宝庫でしょうが!」
力説する悟に思わず噴き出す。甘いもの好きは相変わらずのようだ。口ではそれらしく濁しておきながら、真希は家に着いたらすぐに沖縄の名産品を調べようと心に決めた。
長い付き合いの特級術師に恩義を感じているわけではない。これはあくまで、この結婚祝いと称した呪具のお礼に過ぎないのだ。