朝、着替えたラーハルトはテーブルに積まれた柑橘を一つ取り、懐から取り出した小刀で皮を剥く。
黄色味が濃くあまり見かけない種類だが、日持ちするという店主の言葉を信用して買ったものだ。色とりどりの店先の景色は流通の活性化によるもの。戦後復興の兆し。刃を入れた果皮から爽やかな香りが弾ける。目覚めには丁度いい。
数歩先のキッチンには料理道具としての包丁やペティナイフがあるのは知っているが、ついいつもの道具を使ってしまう。必要最低限で暮らしてきた長年の癖は抜けない。
いっとき共に旅をした女賢者に苦言を呈されたことを思い出す。あれはどこかの街で客人待遇で屋敷を提供され滞在したときだ。望めば使用人すら寄越しそうだったがさすがにそれは断った。各人毎の部屋に広めの風呂場。そしてキッチンにも様々な道具が揃っていたのに、大体の作業を持参の小刀で済ます自分に、ねえあなた、ここは野外じゃないのよ、と。
別に意地を張って備え付けを使わなかったわけじゃない、慣れと効率だった。いるのは女賢者ともう1人の連れだけ、傍目を気にする必要もないし普段通りに振る舞っているだけだ。そう答えたら、もう、男の人ってこういう、こだわってるくせにどこか大雑把なところがあるのよね、とか何とか言われたのだった。大きなお世話だ。
…と、そこまで回想が進んだところで寝室から寝起きのヒュンケルが現れた。この家の持ち主であり、先の3人旅でもう1人の連れだった男。ここは彼の小さな住まいで、ラーハルトも度々そこに滞在している。この珍しい果物は今回の訪いの手土産だった。
「おはよう…剥いてる、食え。思ったより美味い」
「ああ、香りがいいな。あとでもらう」
ぼんやりとしながらも言葉を交わし、家主は一旦水場へ消えた。顔でも洗っているのかしばしの水音。そして戻ってきた手に見慣れたものがあるのを見つけ、ラーハルトは思わず笑いを噛み殺す。
大分使用感のある金属のカップ。ヒュンケルのものだ。前述の旅のときから持ち歩いている、直火使用可、まさに野外用の。
「お前、まだそれを使っているのか。旅先でもないのに」
「これか?まあ、別に不自由しないからな、つい同じものを手に取ってしまう。…これが何か?」
「いや」
「?」
何か淹れよう、お前のカップはその辺から好きなのを取ってくれ。そう言ってポットを火にかける背中へ、ラーハルトは満足げに仲間意識の視線を投げかけながら立ち上がる。ここに大雑把な男の標本がもう1人。
記憶の中の女賢者がもう!という顔をする。しかし2対1では分が悪かろう。
ラー君は昨日来たのかなー?とか、もっと色々書き足そうとしたりしたけど、ネタの書きとめ以上の文は書けないなー