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    でぃる

    @d_i_l_l_

    オペラオムニアの世界で過ごすアーロンさんを書きたい小説置き場です。アップした順に読むのが良いと思います。ジェクアー要素ありはワンクッション。

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    でぃる

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    (2022/06/27)
    夜食にカレーを食べる親子をテーマに、ティーダの視点で書きました。

    夜食のカレー深夜と呼べる時間の食堂はがらんと静まり返っていた。自分が座るスペースだけの電気をつけると、部屋の中に闇を集めた一角ができるのが真っ暗よりもティーダにとって恐ろしく感じる。
    しかしながら今は恐怖よりも勝る感情に支配されていた。
    そう、それは空腹だ。
    ティーダは数時間前にたらふく食べたはずの夕食をとっくに消化して、寝台に着くと同時に一斉に大合唱を始めた腹の虫をどうにか黙らせるべく、ここ深夜の食堂へと足を運んでいた。
    大きな冷蔵庫を開けば、夕食の残りのカレーが冷やしてあった。よく煮詰まったそれを器によそり電子レンジで温める。米も温めれば、あっという間に豪華な夜食の完成であった。
    麦茶を注ぎ、いそいそと適当な席についてスプーンを握る。誰もいないけれど、養父の躾と長年の習慣により、いただきまーす、と声を上げたその瞬間であった。
    「おーい、誰かいんのか?」
    食堂の扉が開く音と同時に、聴き慣れた掠れ声が響き渡った。
    「ティーダか、いいもん食ってんな?お父様も腹減って腹減って仕方なくってよォ〜」
    甘えるような不気味な猫撫で声と共に、深夜の食堂に現れたジェクトが見つめてくる。自分の分も用意して欲しい、というおねだりらしい。
    「キッチンにあるから自分で作れよな」
    「へいへい…」
    ケチなお坊ちゃんだぜ、などという独り言は無視して邪魔された一口目のカレーを思い切り頬張った。
    夕食で食べた時よりも煮込まれたルーとトロトロに溶けた玉ねぎや肉が噛まなくても喉に滑り込んでくるようだ。育ち盛りの自分にはたまらない贅沢だ、と思いながらカレーを咀嚼していれば、目の前に自分よりも大盛りのカレー皿が出現した。
    向かいの席にジェクトが座る。
    「オヤジ、こんな時間にそんなに食うの?」
    「あー?おめぇだって食ってんじゃねーかよ」
    「オレはいいの、育ち盛りだから」
    「俺様も一生育ち盛りなんだよ」
    広い食堂の中、明かりの灯る机で二人きりなのがなんとも落ち着かない気がする。いつも大勢と共に父親と接していたからだ。
    「アーロンは?」
    「一応誘ってみたんだけどよ、こんな時間に飯など食えるか、って言われて振られたわ」
    「あっは、おっさんじゃん」
    「あいつはそうだな」
    「あんたもだろ?」
    ここには居ない養父の話をするだけで、父親との会話はいつもより上手くいくような気がした。
    「あーうめぇな。やっぱカレーは出来立てより寝かした方がうめぇわ」
    カレーを頬張りながらしみじみと呟く父親に、ティーダもうんうんと頷き返す。
    「あったかい飯が染み渡るわ。ちょ〜っと運動したら、すげー腹減っちまってよ」
    確かによく見るとシャワーを浴びた直後のように少し湿った髪をしていた。
    てっきり部屋でアーロンと酒でも飲んでいたのだろうと思っていたティーダは、カレーから視線を上げてジェクトの傷だらけの顔を見つめた。
    「筋トレ?部屋でできるやつ?」
    ジェクトのブリッツボーラーとしての腕は確かである事は、同じくエースとして活躍したティーダだからこそ悔しくとも理解していた。偉大なプレイヤーとして未だ人気のある父親から、吸収できるものはなんでもしたかった。
    「お?あ、ああ、そうそう」
    そんなティーダの質問にジェクトは一瞬素っ頓狂な顔をして、それから妙ににこやかに何度も頷いて見せた。その反応は些か不審であったが、どうせ碌なことではないだろうし、問い詰めるとこの話題から逸れてしまいそうで無視して話を続けた。
    「オヤジのトレーニングのメニュー教えてよ。オレももっと体作り込みたいし」
    「あー?百万年早いっつの」
    「茶化すなよ。オヤジにブリッツ習えるの、ここでしかねぇかも、だし…」
    咄嗟に口をついた言葉は、思いのほか気恥ずかしいものである。
    「かーわいいこと言うじゃねぇか」
    ジェクトはそんなティーダの気持ちを分かっているのか、ニヤニヤと笑って見つめてくる。ティーダには酷くそれが恥ずかしく感じられたが、それは恥というより照れに近い感情だった。
    「いいぜ。でも今日は腹減ってるし流石に疲れてるし、また今度な?」
    「うん…ありがと」
    途切れた会話に、かちゃかちゃと食器が立てる音だけが食堂内に響き渡る。ジェクトが口を開くと往々にしてくだらない事しか言わないと分かっているティーダだったが、さっきの会話のせいもあり静寂がどこか落ち着かない。
    ティーダはカレーの膜が貼り始めた表面を見つめながら、小さく呟いた。
    「異界でも、ブリッツってあんのかな」
    「異界ってのがなぁ、どうにも想像できねぇんだよな。ザナルカンドじゃ人は死んだらそれっきりだったからよ」
    「そうなんだよね」
    「まぁ、ここに居られる間は好き勝手やるさ。ブラスカにも会えたしな」
    ジェクトは一切悲しみなどを感じさせない様な、カラッとした表情でそう答えた。異界がなければ、この世界が終わったら、自分達はもう二度と会えなくなることを全く気にしていない様子に、ティーダは少しだけ寂しさを感じた。
    だけど本来別れを迎え、死別したはずの自分達が今、テーブルを囲んでいること自体が想定外のことなのである。これ以上共にいることを願う方が、自然の摂理に反していることは理屈では理解できた。
    「…母さんに、会いたい?」
    とはいえ、ティーダにとって理屈では理解できたとしても、心だとまだ理解しきれない部分があるのもまた真実だった。それがグアドサラムの異界で対面した、母の姿である。
    まだ『シン』の中に囚われていた父は現れず、亡くなった母はすんなり現れた。ティーダにはそれが異界の存在を証明している気がしてならなかった。
    「もし会ったとして…許してもらえっかねぇ…」
    ついさっきまでいつもの偉そうでどこか飄々とした表情だったのに、この瞬間はどこか違った。口角は上がっているけれど、それは自嘲気味に見える。
    父が未だに、母と自分を見捨てた罪を背負い続けるつもりなのはわかっていた。だけどそれは、ジェクトが犯した罪なんかじゃないとティーダは思っている。
    「あんたのせいじゃないだろ…」
    「へっ、ガキのくせに生意気なこと言ってんじゃねぇよ」
    物言いはぞんざいで、相変わらず馬鹿にされているような言い回しだった。しかし小さく、ありがとな、とも聞こえた気がしたからティーダは許そうと思った。
    「異界ってどんなところなんだろ」
    「そりゃおめぇ、死んでまで辛い思いしたくねぇからよ。毎日面白おかしく過ごせるようなとこなんじゃね?」
    「それってなんだか、ザナルカンドみてぇ」
    「確かにそうだな」
    二人は会話を続けつつ、残り少なくなったカレーをかき込んだ。
    「んじゃその時は、俺はザナルカンドに帰れるわけだ」
    ジェクトの何気ない言葉にティーダはスプーンを持つ手を止める。
    「…アーロンはどうするんだろう?」
    死後、異界と言う名の"帰る場所"に戻るとしたら自分達と養父は違う場所を求めるような気がしたからだ。
    「アーロンにとって帰る場所ってさ…やっぱりスピラなのかな」
    戻りたいと心から願う場所が"帰る場所"だと言うのなら、アーロンはどこに帰ることを願うのだろう。もともとアーロンはスピラの人間だ。ザナルカンドへはジェクトとの約束を守るために10年間いただけで、本人は自身を異邦人だと称していたぐらいである。
    スピラに帰る気がする、だけどティーダは両親よりも長い年月を共に過ごした養父と、同じ場所に帰れるものだといつの間にか思い込んでいたのだった。
    「でもよ、一回ザナルカンドに慣れちまったら、スピラで暮らすの面倒でしょうがねぇだろ」
    湿っぽい雰囲気を吹き飛ばすように、あっけらかんとジェクトが言った。
    「はは、言えてる!」
    思わず声を上げたティーダに、ジェクトが断言する。
    「だからアーロンもザナルカンドに連れて帰るぜ」
    「勝手に決めたら怒るんじゃねぇの?」
    嗜めるように呟いたティーダだったが、共犯めいた響きを隠しきれなかった。一緒に帰ってくるようにオネガイすれば良い、簡単なことだ。養父が自分に甘いことをティーダは本能的によく理解していた。そして、これはティーダにとってはあまり嬉しくない事だが、ジェクトにも殊更弱いことも知っている。
    だが、秘密の相談をするような気分のティーダとは裏腹に、返事をするために口を開いたジェクトの表情は、妙に真面目だった。
    「だって手の届くところに置いとかねぇと、ふらっと消えちまいそうじゃねぇか」
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